第22話 新たな仲間

 情報が出揃ったところで、次にすべきことはここからの脱出だ。

「そうは言うけどさ、あいつって素直に逃がす気はないんだろ?今のところ何を考えているのか解らないし」

 しかし脱出が燈葉の意図に適うことであっても、その燈葉が素直に逃がしてくれないのは目に見えている。颯斗はどうするんだと奏斗を見た。

「そうだよな。俺はこの五年、燈葉の付き添いなしにこの部屋を出たことすらない。まあ、張りぼての支配者を、いくら自分の実験のためとはいえ簡単に逃がすはずはないんだよ。おそらく、燈葉はあまり外に出ないうちにもう一度捕まえるはずだ。俺が絶対に二度と歯向かわないほどの絶望を味合わせたうえでね」

 奏斗もどうしたものかと、まったく思いつかないので困っているところだ。颯斗を連れてくる直前まで脅しをかけていたほどだ。この逃げるということも管理下にあるものでしかない。

「絶望ね。ここにいる間、あんたはすでにずっと味わっているんじゃないのか?」

 今は元気な奏斗だが、ほんの数週間前までは別人のようにやつれていた。それは自分は無実だと訴え続ける冤罪者にそっくりな状態だった。実際に奏斗は自分は何もやっていないと、あのSDカードを使って外に何とか発信しようとしていた。まさに無実だと主張しているのである。

「そうだな。でも、俺はまだ燈葉の望むどおりには動いていないんだ。それを、今度こそ挫きたい。それがこの脱出という実験なんだろう。何が目的なのか、一切解らないけどね」

 奏斗は颯斗の指摘に苦笑いをするしかない。そして自分が何を望まれてここにるのか、やはり知らないままだなと思う。それほどに、燈葉が何をさせたいのか、何をしたいのかは見えてこない。

「はあ。そうなると冬馬が来ないことには何もできないってことじゃないか。あいつ、何だか大変な場所にいるんだろ?あれから来ないし」

 どうするんだよと、奏斗と同じ部屋に放り込まれてしまった颯斗は心が折れそうになる。このままでは一生、この変人と同じ部屋で生活だ。それだけは絶対に避けたい。

「大変な場所。たしかに」

 口では歯向かいながらも、奏斗がここから脱出できなかった大きな理由となった場所でもある。あそこに比べたら、手首に付けられたこの装置から電流を流されて苦しめられるなんて何でもないように思えるほどだ。

 まさに八方塞がりだと解り、二人揃って黙り込んでしまう。そこに部屋のドアをノックして誰かが入って来た。

 燈葉かと、二人は緊張したが違った。しかし、入ってきたのは情報管理課の制服を着た、見知らぬ男である。新たな職員だろうか。冬馬が外された今、新たな人材が必要なことは解る。

「何?」

 黙ったまま近づいてきた男に、奏斗は表情を強張らせて訊く。その反応に、颯斗は本当に管理され支配されているのは奏斗だなとつくづく実感させられる。

「これをどうぞ」

 男は無表情のまま、一冊のファイルを奏斗に手渡す。一体なんだと思いつつも受け取った奏斗は、それがこの情報管理課の入るビルに関するもので驚いた。

「君は」

「まさか、尊?」

 そのファイルを見た颯斗も驚き、そしてこの見知らぬ男の正体に気づいた。こちらに有利な情報を流せるのは、朱鷺を中心とするメンバーだけだ。

「今は早川だ。これから俺が情報の運び役になります」

 尊は颯斗の指摘を窘め、そして特殊メイクのせいで笑い難い顔で何とか笑顔を作った。

「マジかよ」

 自分だけでなく尊までここに乗り込んできた。その作戦を立てたであろう朱鷺を思い浮かべ、颯斗はのけぞってしまう。

「まあ、これで次の段階には進めそうだな」

 同じく朱鷺を思い浮かべた奏斗は、無茶をするなと呆れながらも脱出について考えるのだった。




 二人が話題にしていた冬馬は、奏斗が絶望を味わった特別管理室で真広の実験を受けている最中だった。

「このサディストめ」

 ついつい非難するが、自分をベッドに縛り付けて実験を進める真広の耳に届いたとは思えない。むしろ勝手な発言をするなとより一層指先に電流を流される。

「――」

 その強烈さに意識が飛んだ。冬馬が気づいて目を覚ました時には、真広が取れたデータを満足そうに見ているところだった。

「奏斗よりは耐性があるようね」

「嬉しくねえよ」

 まだベッドに縛られたままだと気付き、冬馬はそう悪態を吐く。奏斗より耐性があるということは、あいつより残酷な実験をしても大丈夫だと思ったということ以外にない。

「情報管理課を裏切った時に覚悟は出来ていたでしょ?これだけ内情を知っているあなたを、綾瀬課長が逃すはずがない。あのまま素直に二重スパイを続けていればいいのに、変に奏斗に同情したあなたの負け。これからは、その身も心も情報管理課のためだけに使う。それだけよ」

 真広は少し休憩だとばかりにそう話し始めた。冬馬は少しほっとするものの、色々と違和感のある言葉である。

「まだ、あの外套を捨てさせないと?」

 ここに入ったばかりの時も、脱ぎ捨てた外套を受け取るように促してきた。それはつまり、どういう状況になろうと冬馬は情報管理課の職員として扱うことの表れだ。

「もちろんよ。奏斗のことを知る数少ない職員を、そう簡単に捨てるわけがない。裏切るのは想定していたわ。そしてその先、この実験でどういう役割を演じてもらうかもね」

 すべては予定通りだと、真広は僅かに口の端を吊り上げる。真広がそれ以上の笑みを浮かべることはないのだ。

「この実験は、本当に俺のデータを取るためなんだな。入れ替わりや、脱走を企ててもすぐに解るようにするために」

 奏斗とは違ってアンドロイドを作るわけではない。それなのに続けられる実験の意図が解り、冬馬は顔を顰めた。

「そうよ。今のであなたが気を失う強さが解った。これでもう、あなたは不用意な行動は出来ない」

 そう言って首輪を取り出した真広に、冬馬は顔から血の気が引くのが解った。あれは、奏斗が手首に付けられているものと同じ構造だ。

「実験はもう少し続けるわ。あとは、さっさと諦めてね」

「止めろっ!」

 思わず叫んだが、それが届く相手ではなかった。冬馬の首に、絶対に裏切れない印が付けられてしまった。





 昼過ぎになると、朱鷺は自分の勤める大学を出て、近くの喫茶店に向かった。ここである人物と会う約束をしているのである。

「やはりこういうのはデータでは解らないのよね」

 朱鷺は腕時計で約束の時間より早く着いたことを確認し、喫茶店の中に入った。店内は昼食を取る人々で賑わっている。これならば少し不穏な話題をしていてもばれないだろう。夜の居酒屋にしなかったのは、そちらの方が聞き耳を立てられる可能性が高いからだ。

「おおい、こっちだ」

 約束の時間より早く着いたはずなのに、相手はもう来ていたらしい。朱鷺の姿を見つけ、こっちだと手招きしてくる。

「稲葉先生。相変わらず早いですね」

 朱鷺は苦笑し、待ち合わせの相手である稲葉光輝の座る席に近づいた。すでにランチセットを頼み、食べ始めているから困ったものだ。

「悪い。腹減ってしまってな」

 光輝はにやっと笑い、座れと促した。この人物は奏斗と燈葉が大学院で籍を置いていた研究室の主、つまり教授である。現在45歳と若く、それだけこの人も天才なのだということを示していた。

「今日はわざわざ」

「いいんだ。お前が来た理由は解っている。二人が以前はどうだったか。それだけだろ?」

 朱鷺が挨拶をしようとすると、光輝はいいと手を振って止める。何かと話が早くて助かるが、せっかちな性格は治らないものらしい。

「そうです。燈葉が情報管理課の課長になる予兆のようなものはありましたか?」

 自らもランチセットを頼んで、店員が店の奥に引っ込んだところで時は訊く。すると光輝は、それがあったら全力で止めていると肩を竦めた。

「まずは科学者を骨抜きにするあたり、あの堅物の綾瀬だけで出来るはずがないんだよ。敵はもっとでかいぞ」

 光輝は朱鷺が闘っているのを知っている。だから本気で心配しているのだ。今日の呼び出しに応じたのも、出来れば止めたいとの思いがあるからだ。

「やはり政府内に燈葉の協力者がいるんですね。まあ、それは解っていたことですが」

「見捨てられないのか?この五年で、穂積には帰る場所が一切なくなったんだ。それは国民に向けてやっている印象操作だけではない。もともと家族のいない奴だったがな。それでも少しは戻る場所があった。そんなところは、総て情報管理課が潰した。お前に至ってはテロリストに仕立てられた。それでも」

 真剣に政府を相手取ろうとしている朱鷺に、光輝は窘めようと言う。しかし朱鷺は見捨てられないと首を横に振るだけだ。

「家族がいないというのは、初耳です」

「――余計なことを言ったか」

 より奏斗に同情する要素を与えてしまったなと、光輝は自らの発言を悔いる。

「先生。私は純粋に彼を」

「だから危険なんだよ。政治的な意図を持つだけならば、まだ大丈夫だろうと任せられるけどな」

 最後まで聞かずに、光輝はそう言って溜め息だ。しかし、政治的な意図があれば任せられるとはどういうことか。

「先生?」

「何のために来たと思っている。必要な人数すらいないんだろ。ちょっとは頼れ」

 光輝はにやっと笑い、もっと戦力はいるぞと後方を指差した。そこには見知った科学者が何人か点在している。

「まさか」

「俺たちも反旗を翻すのみだ。穂積のガキばかりに背負わせるわけにはいかないだろ」

 こうして、朱鷺は新たな仲間を得ることになったのだった。

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