第21話 情報管理課を作ったのは?

 尊は早速あの疑問を朱鷺にぶつけてみることにした。このままでは燈葉の思い通りに動くだけではないだろうか。そんな不安があったからだ。

「昔の燈葉と今の違いか。たしかに大きいわよね。というか、燈葉だけで情報管理課を作れないのは事実。いったい誰が作ったのかしら」

 疑問をぶつけられた朱鷺も腕を組んで悩む。昔の燈葉は、奏斗と付き合っていた頃に会ったことがあるが、真面目な理系大学生というイメージを超えるものはない。むしろ今のように人の上に立って何かをするとは思えないようなものだ。

「瑠衣ちゃんのことも知らなかったですしねえ」

 同じく悩むのは海羽だ。海羽も昔から奏斗と付き合いがあるため、燈葉のこともある程度は知っている。しかしこちらも、真面目なイメージを覆すものはなかった。しかも妹がいるなんて聞いたことがない。

「瑠衣の話では再婚相手の連れ子ってことでした。複雑な事情がありそうですし、あまり話したくない内容だったんでしょうね。俺たちだって情報管理課について調べるってなってから初めて燈葉のことを知らされましたし」

 これは微妙な問題だろうと尊は思う。しかも小学生だった瑠衣とは違い、燈葉は再婚当時高校生だったはずだ。きっと、再婚した父親に何か言いたいことや不満があったことだろうと想像できる。

「なるほど。再婚ねえ。そのあたりに燈葉の歪みがあるのかも。海羽。少し探ってくれる?」

 朱鷺がそう指示する前に、海羽はもうパソコンを勢いよく動かしていた。今の海羽は情報管理課の動きを気にしない分、すぐに行動を移してしまう。これはこれで大丈夫なのだろうかと朱鷺としては悩むところだ。

「歪みって。情報管理課を使って何かをするきっかけのことですか?」

 朱鷺の言い方が引っかかり尊は質問していた。思えば燈葉がやりたい実験とは何なのだろう。単に奏斗を支配者に仕立てたいだけではないはずだ。

「ああ。それは過去と今を比較して変わりすぎているからよ。何かが、燈葉の心に作用したからこそ、ああいうことを平気でやっているのではないか。そう思うのよね。特に労働と科学を絡めるなんて、研究ばかりやっていた燈葉が思いつくとは思えない。誰かの入れ知恵のはずなのよ。その変化をもたらしたもの。アドバイスをしている誰か。これはずっと疑問に思っていたけど尻尾を掴めないままだったの」

 さすがは頭の回転が速いと朱鷺は感心していた。それと同時に奏斗の元に送り込むのが尊ではなくて正解とも思う。尊相手だったら奏斗はへそを曲げていたに違いない。あの猫のような性格の男は、こういう理論立てて話してくる奴が嫌いなのだ。自分が理論的であるだけに余計に嫌という感じがある。

「なるほど。俺の疑問はとっくの昔に検討されていたんですね。しかしまだ解らないことばかり、か」

 尊はあの写真の燈葉を思い出して、何だか怖さを覚えていた。真面目な仮面のまま、それでいて情報管理課にいることを示す写真。あれを撮って瑠衣に送った意図は何か。なんだか嫌な予感がする。瑠衣が自分たちと一緒に動くと同時に情報管理課に連れ去られたことと関係している気がした。

「まあ、向こうの用意が終わったらしいから、これからはっきりすることも増えるでしょう。それより尊君。次の行動に移るわ」

 調べ物は海羽に任せ、自分たちは実働部隊として動く。奏斗のアンドロイドに出会ってからの朱鷺は今まで以上に攻撃的だ。

「解りました」

 一方の尊も颯斗にばかり活躍されては面目が立たないと頷く。

「次の一手はこの偽装IDカードを使うわ。行きましょう」

 朱鷺はとあるカードを示すと、にこっと笑っていた。その笑みに、張り切っていた尊は何だかヤバいと思って少し尻込みしてしまうのだった。




 颯斗にベッドを譲り、奏斗は椅子に座って過去のことを考えていた。自分の運命が変わったのは、あの日だ。しかしそれ以前から燈葉は自分に目をつけていただろう。燈葉はどうして自分をここに閉じ込めて使おうと思ったのか。

「象徴として丁度いい。ううん、何か違うな」

 自分の性格は自分がよく解っている。誰かに何かを指示されて素直に聞くタイプではない。そう考えると、この長期戦は初めから予定されていたはずだ。

 散々自分を痛めつけ、さらに思い通りに動かそうと社会に別の自分のイメージを植え付ける。そんなことをさせる何かが、果たしてあっただろうか。

 自由を奪われて五年。こうして考えることも疲れて止めてしまっていたことに、奏斗は改めて気づく。気力も体力も十分に奪い、そのうえで回復させて颯斗を送り込んできた。これも、よく解らない行動だ。ただし、ここからが燈葉のやりたい何かであることは間違いないのだ。

「どういう奴だったかな。別に一緒に何かやったわけでもないし」

 机に頬杖を突き、奏斗は思い出そうとするも思い出がない事実に気づく。本当に一方的な話だ。だからこそ、どうしての部分がいつまでも埋まらない。

「俺に目を付けたのは燈葉ではないのか?でも誰が」

 身近に恨みを買うような相手はいただろうか。そう思うとなぜか朱鷺の顔が浮かんだ。別に恨まれているとは思っていないが、何だか複雑な相手であるのは間違いない。

「昔は俺と付き合い、今はテロリスト。まったくナンセンスだよな」

 自分のことを棚に上げてそう思う。朱鷺ならばもっとふさわしい相手が山のようにいただろうし、今も自分に関わる必要なんてないはずだ。やはり奏斗は朱鷺の恋心なんて何一つ理解できない。

「なんで付き合い始めたんだっけ?」

 いつの間にか思考が燈葉から朱鷺に移っている。今、本当の自分を信じてくれているのは朱鷺が集めたメンバーだけなのだ。今ベッドで眠る颯斗もそう。そう思うと、大事な人物だと気付く。しかし、大学生の時に付き合ったきっかけすら思い出せなかった。

「ああ。俺って本当に周囲を見ていないな」

 いまさら反省しても仕方がないし、ここから脱出できたとして変わるつもりはない。しかし、周囲が自分に対して思うことが様々なのだと、改めて認識できる。

「俺は何なのだろう」

 自分とは何か。これすら不確かだなと奏斗は苦笑いを浮かべていた。




 課長室で仕事をしていた燈葉は、物事が進み始めたことに満足しつつも気を引き締めていた。ここまでのし上がるのにどれだけ大変だったか。そしてそのために捨てた多くのものを考えると気を抜くことが出来ない。

「ふう」

 知らず溜め息を吐くと、そこに電話が鳴った。机の上の電話を取ると、珍しい人物からであった。

「おや。珍しいですね。表には出ないのがポリシーのはずですが」

 相手に向かってそう燈葉が悪態を吐くと、電話の相手はさも愉快とばかりに笑う。

「こちらだって必要があれば電話する。大体君は報告が遅いからね。どう?実験は順調かな?」

 燈葉の不機嫌など気にも留めず、電話の相手はそう問いかけてくる。

「何とか軌道に乗りましたよ。次の指示ですか?」

 溜め息を堪らえ、燈葉は答えた。ここまで来れたのはこの人物のおかげだ。あまり文句は言えない。

「そうね。政治家どもは今の体制に満足してしまって丸投げだから困る。情報管理課の職務はあくまで国民のビッグデータを集めて解析する。そして正しく管理することだというのに。それを忘れて支配されることが当たり前とは、おめでたくて困るんだよ」

 電話相手はそう言って笑う。愚痴を零しているがきっと腹の底から笑っていることだろう。この人はそういう人だ。

「そうですね。それで、何をすればいいんですか?お継母さん」

 そろそろ無駄な時間は終わらせたい。いや、この人の声から逃れたい。そう思った燈葉はお継母さんと呼びかける。そう、電話の相手は父親の再婚相手にして瑠衣の母なのだ。

「そうそう。私の意向をちゃんと体現してくれるのは燈葉だけだものね。あるデータについてやっておいてほしいことがある。次の臨時国会までに頼むよ。詳しくはメールしておく」

 あっさりした性格の継母はそれだけ言って電話を切ってしまった。相変わらず一方的だ。しかしこの押しの強さに父は負けたのだろうとも思う。

「そして、科学者による支配の根源はあの人だ」

 燈葉は奏斗があの継母に対抗できる人間になることを望んでいる。これは絶対に誰にも悟られてはならないことだ。だからこそ、奏斗に課したこの実験が重要となる。

「負けない」

 燈葉は継母である綾瀬遥香の顔を思い出しながら、そう誓っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます