第20話 天才科学者のイメージ

 燈葉が望むとおりに動いてやろう。そう決めた朱鷺たちは早速行動を開始していた。まずは海羽が動き始める。

「ふふん。今までがどれだけ容赦してあげていたか、解らせてあげましょう」

 パソコンを高速で操作しながら海羽は笑う。情報工学において、情報管理課に負けるとは思っていない。

「ここからかな」

 海羽はセキュリティの甘い部分を見つけると、早速攻撃を開始した。一先ず情報管理課の業務を乱すところからだ。

「こっちも」

 今まで抑えて行動していた分、海羽の攻撃は容赦なしだった。次々とサーバーダウンを起こし、ウイルスの蔓延が始まる。

「これ用に開発してたんですよね。すぐには対処できないですよ」

 にまっと笑ってサイバーテロをやっている海羽に、朱鷺は呆れながらも頼もしく思っていた。

 結局、朱鷺のやっていることはほんの少しなのだ。今までのテロも海羽の能力があって初めて成り立っている。

「私は、あなたに釣り合っているかしら」

 机に置いていた奏斗の写真に向け、朱鷺は溜め息交じりに訊いてしまう。付き合っていた頃からの謎だ。どうして奏斗が自分と付き合おうと思ったのか。気まぐれだったのか、たまたま暇だったのか。色々と考えてしまう。

「朱鷺さん。乙女モードになってないで手伝ってくださいよ」

 朱鷺がぼんやりと物思いに耽っているのに気づき、海羽が揶揄ってくる。

「乙女って。まったく」

 そんな顔をしていたのか。朱鷺は赤くなってしまった。そして気づく。自分はまだ、奏斗のことが好きなのだと。

「個人的な感情が絡む方が怖いってことを、燈葉に思い知らせますか」

 世の中で本当に怖いのは人間の感情だと、朱鷺は反撃に向けて気分を入れ替えていた。





 一方、そんなにも朱鷺に思われているなんて気づきもしていない奏斗は、颯斗とともに検証を続けていた。

「世間向けに俺のアンドロイドが開発されているのは知っていた。しかし、そのイメージは酷くないか」

 自分が世間からどう思われているか。それを知る度に奏斗は不満の声を上げる。が、別に颯斗が捻じ曲げて教えているわけではない。

「そこは燈葉の悪意なんじゃねえの。完璧で冷たくて無表情。それがテレビで流れるお前だよ」

 天才科学者のイメージを誇張しているんだなと颯斗は思う。そうしなければ反発を生むことがないからだ。一方で、整った顔というビジュアルのおかげで男女ともにファンも多い。つまり国民の間で認識の対立が生まれるようになっている。

「うわぁ。最悪。そこを崩すだけでも何が起こるか解ったものではない」

 燈葉の望むとおりに動くしかないとはいえ、奏斗はすでに嫌になってきていた。これならば本当に支配者になってしまった方が楽なのではないか。しかしそれもまた燈葉の望むとおりであり、自分で判断する余地はないのだと気づく。

「あのアンドロイドの無表情からは想像できない本物だもんな」

 面倒臭いと椅子に凭れる奏斗の姿は、どう考えてもテレビのイメージからかけ離れている。ある程度の予備知識と、あの必死に訴える奏斗の姿を見ている颯斗でさえ、何だか変だなと思ってしまうほどだ。それだけ、奏斗のイメージは人々にしっかりと刷り込まれている。

「悪かったね。そもそも俺は天才ですらない。研究がたまたま世間の目に留まった。そのくらいの存在だったんだ。それに、その研究をずっとやる気はなかったし。ああ、好き勝手に生きたい」

 奏斗は嫌だ嫌だと手を振って面倒だと主張する。その砕けた姿に、颯斗は燈葉も大変だろうなと思ってしまった。

 こんなにもころころと印象の変わる人物、まず支配者に向くはずがない。それに自分のことを正しく評価しているかも不明だ。奏斗のあの英語の論文を読む限り相当な先見の明があるはずで、たまたまではない。

「まあ、魅力的ではあるか」

 燈葉のあの真面目な印象から考えれば、対極にいるような奏斗はそれはもうカリスマ性を備えているように見えるだろう。だから拘るのか。

「解らないな。そもそも燈葉と奏斗の関係ってどうだったわけ?」

 あまりに違う二人に接点はあったのか。そこからして不明だ。

「ああ。大学院までは一緒に研究していたよ。といっても共同研究とかではなく、一緒の研究室に所属していたってだけ。まあ、周りからはライバルだろうと見られていたらしいね。俺はそういうのに興味ないから、どうなのかよく知らないけど」

 適当なのは昔からだと奏斗は笑う。その様子に、燈葉の恨みもあるのかと颯斗は先ほどの考えに付け加えた。ライバル関係にあると周囲からのプレッシャー。しかし相手は気にもしない。それはもうストレスの溜まることだったろう。

「大体さ。情報管理課というものの構想が何時あったのか。それすら知らないんだよ。大学で助教の仕事をしていたら、急にあの制服を着た燈葉が現れたんだ。本当に、一瞬で何もかも変わってしまった」

 しょんぼりとした調子になった奏斗に、颯斗は意味不明のまま五年間生きてきたんだもんなと同情してしまう。

「五年前なんて俺は小学生だぜ。さすがにその頃のことは覚えていないな。でも、お前を調べる時に昔のニュースを辿っていたが、相当綿密に準備されていたって感じだぜ。法整備とか社会システムに無理のないように調整したりとか」

 大人なんだからそういうのに気づかなかったのかと颯斗は奏斗を見る。

「新聞、読むように見える?」

 すると開き直った回答がやって来る。

「見えないね!」

 颯斗は徐々に奏斗の調子に慣れてきていた。だからばっさりとそう返していたのだった。





 その頃。尊は肉体労働に勤しんでいた。

「はあ。冬馬さんの苦労が身に染みるな」

 唯一の男子。この期待は大きい。しかし尊は肉体労働なんて向いていないのだ。筋肉は少ないし体育の成績もよくない。ここが唯一、颯斗に負けるところだと思う。

「ここだな」

 しかし嘆いても颯斗は奏斗のところにいるのだ。よって仕事を進めるしかない。

 尊は今、初めて冬馬と出会ったあの下水道にいた。その理由は簡単。情報管理課のあるビルを下から調査するためだった。

「奏斗の流していたSDカードは必ずここを通っていた。つまり、情報管理課に直結している」

 タブレット端末で地図を確認しながら地上とこの下水道の位置関係を確認する。

「まずはここだな」

 尊は背負っていたリュックから小さな機械を一つ取り出し、目ぼしい位置に置いて行く。これは単なる発信機だ。これが役に立つかどうかは、今後の動き次第となる。

「まあ、使わずに済ませたいよな。いくら燈葉公認のテロリストとはいえ」

 できれば颯斗が奏斗を連れ出してくれれば楽だ。こちらが侵入するのは、やはり色々と骨が折れる。

「海羽さんが情報を攪乱できるとしてもねえ」

 次々と機械をし掛けながらも尊はぼやいてしまう。もっとスマートな解決方法はないものだろうか。

「そう言えば、この通路に気づかせるためにわざと奏斗のSDカードを見逃していたんだよな」

 どこまでも計画的に進めている燈葉に、尊は薄ら寒い思いがした。この行動もひょっとして読まれているのか。

「何だか、燈葉に管理されている気分だ」

 実際に情報管理課に君臨し、国民を管理している。しかしそれだけでなく、奏斗に関わろうとする総ての人間の行動を意のままに操っているような錯覚に陥るのだ。

「綾瀬燈葉。瑠衣とは異母兄弟ってわけだけど」

 実態が見えないのはこちらだと、尊は最後機械を仕掛けてから悩んでしまう。燈葉は果たして自分たちが思っている燈葉と同じなのか。こちらを疑ったことは、今の今までなかった。

「海羽さんに頼んでみるか」

 ちょっと調べたほうがいいかもしれない。尊はそう思うと、急いで下水道を後にしていたのだった。

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