第19話 支配の意味

 動揺したまま、朱鷺はアジトに戻ってきていた。尊もあそこまで完璧に動くアンドロイドに少なからずショックを受けていた。あれならば、奏斗本人でなくてもやっていけそうだ。

「でも、燈葉は奏斗に拘っている」

 そこが不思議だった。国民の知る奏斗はもうあのアンドロイドでしかない。それなのにどうして本物の奏斗を支配者に仕立てようとするのか。

「それにしても、向こうが罠を張っているとは気づきませんでした」

 朱鷺の報告を受けて海羽もむすっとしている。裏を掻かれたことに腹を立てているのだ。それだけ、自分の技術に自信があった。まさか情報管理課がここまで上回っているとはと、今後の対策に頭を悩ませることになる。

「それは仕方ないわよ。冬馬がスパイだったことを告白したばかりだったし。でも、私たちまで実験とやらに巻き込まれていることを、どうしてあんな形で明かしに来たのかしら」

 朱鷺はまだ奏斗に掴まれた感触が残っていて気持ちが落ち着かない。奏斗もこうやってどんどん逃げられなくなったのか。そんな気がしていた。

「そうですね。颯斗があっちに行った時点で、俺たちの行動が把握されていることは理解しています。あえて、煽っているとしか思えません」

 尊は実験が次の段階に入ったのだと強く理解していた。今までは国民の不安を煽るだけだった。それはその中から颯斗や朱鷺のように、不満だけでなく根本から正そうとする人材を探すためだったのではないか。

 それが今、必要な人材が揃ったのだ。燈葉はやりたかった何かに向けて動き出している。

「実験が本格化することは、どうしても避けないといけないわ。今までだって散々、多くの人の人生を弄んでいるんだから」

 朱鷺は首を振りながら手立てを考えなければと思考を切り替えようとする。今は、あんな偽物の奏斗に踊らされている場合ではない。本物の奏斗があれに近づいてしまうかもしれないのだ。それを阻止しなければならない。

「となると」

 尊は立てられる作戦はひとつしかないのではないかと思った。今や颯斗があちらにいる状況だ。動き出したことを止めることは出来ない。

「あいつの挑発に乗りましょう」

 そう言ったのは海羽だ。すでにパソコンを凄い勢いで操作している。

「でも」

「止めるにはもう、それしかないですね」

 まだ動揺が残るせいで躊躇う朱鷺に、尊も動こうと海羽に賛同した。もう他に選択肢はない。それを真広は示すためにあのアンドロイドを連れてきたのだ。

「――そうね。奏斗に会う。それは私たちの目標でもあるわ」

 覚悟を決め、朱鷺は頷いた。颯斗が言い続けた目標は当然、自分たちにも当てはまる。本人に会い、この歪んでしまった社会構造を正すしかないのだ。

「忙しくなるわ。尊君」

 気持ちを切り替えた朱鷺はすぐに行動を開始していた。






 冬馬は奏斗の部屋から連れ出され、特別管理室の中へと移っていた。そこには外から戻って来た真広が待ち構えている。

「ついに俺もあんたの実験体ってわけだな」

 何とか軽口を叩いた冬馬だが、顔が引き攣るのが解った。奏斗が散々な目に遭っているのを知っているだけに、どうしても恐怖が先行する。

「奏斗の場合だと出来ないことも、あなたにならば出来る。本当にいい実験体よ」

 その真広は表情一つ変えることなくそう言いってきた。これぞまさにマッドサイエンティストと、冬馬は笑うしかない。

「そこに座って」

 そんな冬馬の心情などお構いなしに、真広は部屋の中心に置かれていた椅子を示す。部屋の中はこの椅子とベッド、さらに様々な最新機器が揃っているのだ。

「はいはい」

 裏切った段階である程度の覚悟をしていた。だからここで逃げ出すつもりはない。冬馬は外套を脱いで椅子に座った。

「それはずっと必要になるわ」

 脱ぎ捨てられた外套を真広は拾い、相変わらずの無表情で差し出してくる。

「どうしてだ?」

 奏斗のアシスタントにするなんて、あの場での嘘ではないのか。冬馬は疑わしげに真広を見た。

「アンドロイド研究はあくまで奏斗のため。それも繋ぎだから。ロボットよりも人間の方が複雑で面白いわ。これから実験が本格化するのに、あなたはそれに参加しなくていいの?」

 しかし真広は答えになっていない答えを言ってくる。そのはぐらかしに、冬馬はまだ何かあるのかとうんざりした。

「まだ情報管理課の一員でいなければならないってことだな。そうでなければゲームに参加できない」

 冬馬は実験をあえてゲームと言い換えてから受け取っていた。こんな追試の出来ないもの、実験であるはずがない。そんな反発心からだった。

「どっちでもいいわ。これはある意味、人間と科学の対立でもある。科学の発展が人々の行動の監視に向いた時どうなるか。この情報管理課はその中間に過ぎない」

 真広はそう言って僅かに笑う。

「へえ。それはそれは」

 そういう考え方なのかと、冬馬はようやく何が起こっているのかを知った気分だった。急に奏斗を支配者に仕立てたのも、対立構造を見やすくするためだったという。

 思えばなぜ支配なのか。それはずっと疑問だった。単に政府の都合のいいように動いているかと言えばそうではないくせにと、理解できない部分だったのだ。

 それがまさか、科学で人々を支配すればどうなるか、そういう実験ではなく、支配に対して人間の示す反応を見ていたとは驚きだった。

 たしかに朱鷺にだけ重点を置いていたことからも、それは窺い知れていた。そして決定的なのが颯斗をここに招き入れたことだろう。

「すべて理解できたようだから、実験を始めるわ。まずは脳波の測定からよ」

 情報管理課に難なく入っているだけに、冬馬はやはりただへらへらしているだけではない。それが解った真広は実験に移っていた。







 冬馬が連れ出され二人きりになった奏斗と颯斗は、互いにどうしたものかと悩んでいた。

「ねえ、君はどうしてこんな危険なことをやろうと思ったんだい?」

 しかし黙っていても仕方ないと奏斗は質問する。手には颯斗のIDカードがあった。これが支配の象徴だというのだから、世の中は簡単に動いてしまうのだなと怖くなる。だから早く色々なことが知りたかった。

「危険って。このまま社会の流れに乗る方が危険だろ?何だかよく解らない状態になりつつあるってのに」

 一方の颯斗は本当に社会から隔絶されて生きている奏斗に驚いていた。支配者としての自分を何一つ知ることなくここで五年も生きていた。それが互いの感覚のギャップを生んでいる。

「よく解らないねえ。動きの総てをこのIDカードで監視するわけか。まあ、前からインターネット網を使って人々の動きを可視化するってあったわけだが、それを行き過ぎた形にしているのか」

 奏斗は颯斗の言葉から必死に今を知ろうとしていた。しかし実際に見ていないと怖さは伝わってこない。やはりこのカードそのものに不気味さを覚える。

「行き過ぎも行き過ぎさ。それに労働を結び付けて人の動きをより制限しているんだぜ」

 これは徹底して話し合わなければ駄目なのかと、颯斗は奏斗の顔をじっと見る。

 あの衝撃を受けた映像の頃より肉付きはよくなっているが、それでもやつれた様子は消えていない。しかし生気は戻っていた。朱鷺が語っていたような、天才科学者の一面と猫のように気分が変わる一面が戻りつつあるらしいことは解る。

「労働か。なるほどね。燈葉も上手いところに目を付けたな。誰だってそれは逃れられない問題だからな」

 奏斗は感心したように頷く。この労働とは無縁そうな奏斗が感心することに颯斗は首を捻りたくなる。

「君ってさ。鋭いのか鈍感なのか不明だね」

 本質を解っているようでそうではない。この捉えどころのなさが颯斗の持ち味のようだ。それに気づき奏斗は笑ってしまう。

「何だと」

 一方の颯斗は馬鹿にされたと怒る。まさか奏斗まで自分をそう見るとは思っていなかったのだ。

「まあまあ。どんな職業を選択しようと、それは労働なんだってことさ。科学者だって、成果を出せなければ生きる場所がないようにね。つまり働いている場所っていうのはイコールで生きている場所そのものなんだ」

 奏斗はそう言って宥めると、またIDカードを見つめた。これの意味を、しっかり捉えるべきだ。そして燈葉がこれから何をしたいのかも――

「こちらの意向通りに動かないようならば、これ以上のことをするぞ」

 最後に脅しとばかりに受けた真広の実験が頭を過る。そしてその時に言い放たれた燈葉の言葉も。

「意向通りか」

 どこに真意があるのか。読み間違うわけにはいかなかった。奏斗は逃げるにしても実験に参加する形しかないことを、身をもって知っていた。

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