第18話 アンドロイド

 ついに奏斗に会える。それだけで颯斗の気分は高揚していた。しかし部屋への道のりで不安も大きくなっていく。

「これって絶対に脱出できないよな?」

 前を歩く燈葉に聴こえないよう、こそっと颯斗は冬馬に訊いた。

「まあな。だがこれは序の口。今から問題の廊下に出るぞ」

 廊下を進んで特別なエレベーターに乗せられる。それを降りて階段を上った。そしてその先に、薄暗い窓もない廊下が続く。

「うげっ」

 颯斗は正直すぎる反応をしてしまった。これは完全に牢獄だ。

「まだまだ」

 これで驚いていては駄目だと冬馬は笑う。そんな二人を、燈葉は僅かに振り向いて見るだけだった。

「この廊下の先、あの階段を上らないと奏斗の部屋には行けない。つまりここまでの道のりを知っているだけでなく、あの先の階段の存在を知っていなければならないんだ」

 冬馬がそう説明するが、その問題の階段を颯斗の目はまだ捉えていない。というより、ただ廊下が続いているようにしか見えなかった。

「このスイッチを押さないと階段には行けない」

 燈葉がようやく口を開き、そして廊下の壁の一部に触れた。すると重い音を立てて壁がスライドする。

「はあ」

 そこまでやるかと、颯斗は驚きよりも呆れが勝っていた。奏斗が支配者ではないとは知っていても、どこかでふんぞり返っているのではとの思いもあったのだ。それが完全に覆された感じである。

「行くぞ」

 照明のほとんどない階段を、しかも急勾配の階段を黙々と上る。すると突然、頭上が明るくなった。

「すげっ」

 またしても颯斗は正直な感想を言っていた。先ほどまでとは違い豪奢な廊下が広がっている。その先に、重々しい扉があった。前には二人の警官が立っている。

「お待ちかねの奏斗の部屋だ」

 冬馬は奏斗がどんな反応をするのだろうと、そちらに興味があった。燈葉が送り込んでくるような奴だから、もっと知的な奴を想像していることだろう。その差に驚くに決まっていた。

「入るぞ」

 燈葉は中に向けてそう声を掛け、二人に入室を促した。二人が中に入ると、机に向かってノートパソコンを操作する奏斗の姿があった。目はどことなく虚ろで、こちらを見ようとはしない。

「――」

 また奏斗に対して何かやったな。冬馬は燈葉を見るも、何の説明もない。

「奏斗。前に話していた助手だ。ついでに長谷川もお前の専属とする」

 燈葉がそう声を掛けると、奏斗はようやくこちらに目を向けた。その目に一瞬だけ強い光が点ったが、すぐに消えてしまう。

「どうも」

 颯斗がぺこっと頭を下げるも、奏斗はふいっと違う方を見てしまった。どうやらご機嫌斜めの様子だ。さすがは猫と言われる男。挨拶すら気分次第らしい。

「数値計算は終わったのか?」

 こうなったら燈葉がいる限り何もしない。燈葉はそれをよく解っているのでパソコンでの作業について訊く。

「ああ」

 奏斗はまだそっぽを向いたまま答えた。燈葉は仕方ないという調子で溜め息を吐くと、さっさと奏斗の目の前のパソコンを持ち上げた。

「後はお前に任せる。いいな」

 燈葉は冬馬に向けて指示した。

「こっちへ先に行かなくていいのか?」

 冬馬はからかうように鍵を見せる。すると燈葉は後で迎えに来るから大人しくしていろとだけ言い残して去って行った。

 ばたんとドアが閉まり、鍵のかかる音が響く。これで三人とも、ここから出られなくなった。

「奏斗」

 冬馬が声を掛けると、お前はどっちの味方なんだとすぐに訊かれてしまう。

「もちろんお前さ。でなければこいつを連れてくることはない」

 冬馬はそう言って緊張している颯斗の背中を押した。高校の制服を着た颯斗に、奏斗は僅かに眉を吊り上げる。

「こいつは?」

「朱鷺のお気に入りさ。もう一人の方が頭がいいんだが、こいつは色々と面白いぜ」

 冬馬がそんな紹介をするので、颯斗はむすっとしてしまう。奏斗の前でまで尊と比較しないでもらいたい。

「ふうん。ということは、燈葉が読み切れない可能性も」

「十分にある。俺も特別管理室行となったなったんでね。何とか反撃してもらわないと困るんだよ」

 奏斗がようやく興味を示したので冬馬はそう言って笑った。こっちの命運も掛かっていることを示しておかなければならない。

「特別管理室?」

 何のことだと颯斗は訊いた。何やらヤバいらしいことは解っていたが、その名称だけ訊くと罰を与えられる感じはしない。が、不穏な気配むんむんだ。

「アンドロイド開発のためのデータを取る部屋だ。二十四時間、人間の動きをデータ化してアンドロイドに組み込むってわけ。つまり、体のいい牢屋だな」

 これでは深刻さが解らないだろうなと冬馬は笑う。しかし予想外に奏斗が大変だなと反応してくれた。

「あれ?ああ、そうか。あんたは経験済みだったな」

「ああ。俺の入ったことがある。鍵を渡されているってことは、自分の意思でやっているとの体裁のためか」

 普段、国民の前に姿をさらしているのは奏斗のアンドロイドなのだ。それを冬馬は思い出した。

「なあ。それってやっぱ、逃げるのは無理ってことか?」

 二人で盛り上がるなよと颯斗はむすっとしたまま訊く。まだまだ山のように解らないことがあるのだ。説明してもらいたい。

「それを言ったら終わりだろ。不可能を可能にしてもらわないとね。取り敢えず、朱鷺にある程度の情報は渡してある。それにお前の行動力だったら、奏斗のケツを叩いて逃げ道を探させられるだろ?」

 冬馬がそう笑うと、どういう意味だと二人から同時にツッコまれてしまった。そして同時にツッコんだ二人はお互いの顔を見てしまう。

「意外と似た者同士なんじゃないか。良かったな」

「良くない。それに逃げるにしても、ここにお前たちを連れてきた燈葉の真意を読み解かなければどうしようもない。単に、利用されて終わる可能性だってあるんだからな」

 気楽に言うなと奏斗は警告する。その真剣な顔に、先ほどの奏斗の虚ろな目が思い出された。これはすでに釘を刺された後ということか。

「何があった?」

「追い追い話す。それより、颯斗といったか。君のことを聞かせてくれ。それと、朱鷺が何をしているのか」

 奏斗はようやく颯斗にちゃんと目を向けた。その目はあの虚ろな目とは違い、写真で見た科学者としての奏斗の目だった。

「解った」

 颯斗は用意されていた椅子に座り、社会で起こっていることや朱鷺のことを話し始めた。







「あなたは?」

 メインコンピュータ室で真広と出会ってしまった朱鷺は、一先ず時間を稼ごうとする。相手が情報管理課の葉月真広であることは、冬馬から教えてもらっていたのですぐに気づいていた。

「無駄な時間を使うつもりはありません。さっさとここから出て行かないなら」

 真広はそう言ってサーバーの影に向けて手招きした。するとそこから新たな人影が現れる。

「奏斗?」

 白衣を着た人物に、尊はそう呟いていた。しかしすぐに朱鷺が違うと否定する。

「あれは、テレビなんかで見るアンドロイド」

 そう解っているが、目の前に奏斗の姿かたちをしたアンドロイドが現れると気持ちが乱れてしまった。

「早く逃げないと」

 真広はそう言って僅かに唇を持ち上げる。それが笑顔だと解るのは、燈葉くらいだろう。

「逃げましょう」

 しかしヤバさは十分に伝わった。尊は固まってしまった朱鷺の腕を引く。

 それと同時に奏斗を模したアンドロイドが動き出した。その動きはロボットとは思えないくらいに早い。そして素早く、尊とは逆の腕を引っ張った。

「――っつ」

 アンドロイドに腕を掴まれた朱鷺は、真正面からその顔を見ることになった。僅かに違う、しかしほとんど奏斗と変わらない顔がそこにある。

「奏斗」

 だから、思わず呼びかけてしまった。

「朱鷺。お前は大事な実験体だ。早く俺のところに来いよ」

 奏斗と全く同じ声でそう言われ、朱鷺は目を大きく見開いていた。

「朱鷺さん。そいつは偽物だ」

 尊は怒鳴って朱鷺を奏斗から引き離す。そして真広をぎっと睨みつけていた。これは完全に嵌められた。朱鷺の頑張って保っている気持ちを、大きく揺るがされたのは間違いない。

「いいデータが取れたわ。奏斗、帰るわよ」

 真広は満足と頷くと、アンドロイドに向けてそう言った。すると奏斗はさっさと引き上げていく。朱鷺は思わず腰を抜かしてしまった。

「あんな素直なわけないか。私ったら」

 二人が去ってから、朱鷺はそう呟いて笑った。そしてここはメインコンピュータではなく、自分を嵌めるために用意された部屋だと理解する。

「朱鷺さん」

「大丈夫よ。自分が実験の一部に含まれているなんて、前から気づいていた。でも、誰かが、間違っていることを示さないと」

 朱鷺は悲しげに笑うと、帰りましょうと尊を促していた。

「颯斗は大丈夫だろうか」

 颯斗が情報管理課に行ってすぐにこんなことが起こった。尊は急速に不安が心に広がるのを感じていた。

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