第17話 燈葉と対面す

 颯斗は手錠を掛けられ、初めて情報管理課の中に入ることとなった。廊下を進み、燈葉の待つ取調室へと向かっていた。

「へえ」

 きょろきょろと建物の中を見渡していると、横にいる冬馬が咳払いしてきた。

「何だよ」

「ちょっとは神妙な顔をしてろよ。いくら燈葉がお前のことを把握しているとはいえ、色々と拙い」

 こそこそと注意され、颯斗は改めて自分の状況を思い出した。自分は今、社会科見学に来ているのではなかった。

 手錠をされていることで判るとおり、颯斗は情報管理課に捕まったことになっている。理由はハッカー行為による情報管理課への攻撃。実際には何もやっていない颯斗がこの理由で捕まるには不自然なのだが、燈葉の思惑と朱鷺たちの思惑が重なったおかげで、何の疑問もなくこの罪状となった。

「本当にみんな、あの制服を着ているんだな」

 廊下をすれ違う誰もが、あの黒色の白衣のような外套を着ている。そこに、強烈な違和感があると同時に怖さがあった。当然ながら、横にいる冬馬もそれを着ている。

「ああ。これは情報管理課が発足した当初からあるものだからな。どういうわけか、警察とは異なる制服を作ることに拘りがあったらしい」

 それは状況の特殊性を強調するためであり、これが政府公認で行われていることを示すものでもある。冬馬としては年中こんな暑い外套を着ることに腹が立つが、この制服の威力は嫌というほど解っていた。それは自分たちが管理する側だという意識が芽生えることにある。

「へえ。それも燈葉の考えなのか」

 拘りと聞き、ひょっとしてデザインも燈葉なのだろうかと思った。しかし違うらしいと冬馬に否定される。

「制服そのものの案は燈葉ではない。ただ、これの着用を徹底させたのは燈葉だ。まったく、俺も裏側がどうなっているか知らないに等しいよ」

 二重スパイをやっていたのに情けない、と冬馬は苦虫を噛み潰したような顔になった。はっきり言って、冬馬に出来ていたことは奏斗への接触がメインなのだ。他の管理課の職員には許されていないことであり、それはそれで特別な権限なのだが、他に何が起こっているのかは断片的にしか解らないのだ。

「で、その燈葉に会うわけか」

 意外と役に立たないなと、颯斗はこれからの自分の命運が少し不安になっていた。奏斗と会えても場所は情報管理課。ここから脱出することは可能なのか。それとも、自分はこのまま奏斗と同じようにここに監禁されてしまうのか。

「燈葉は明らかに奏斗を使って何か実験したいらしい。それは奏斗が脱出しようとすることで始まるようだ。つまり」

「反撃のチャンスはあると」

 冬馬が颯斗の不安を感じ取って説明したので、颯斗にもまた自身が戻ってきた。相手が仕掛けてきたものを利用し、そこから反撃に転じる。それが自分に与えられた役目なのだ。

「ああ。ここだ。取り敢えずは従順にしてろよ」

 そんな話をしている間に取調室へと着いた。冬馬にとっても命運の決まる瞬間だ。自然と緊張してしまう。

「あんたはいつもどおりにへらへらしてろよ」

 颯斗はそう冬馬を揶揄い、二人で揃って取調室の中に入った。そこはドラマで見るような取調室と同じく、机と椅子があるだけの簡素なものだ。書記を取る人はなく、中には燈葉だけがいた。

「初めまして。大久保颯斗君」

 初めて対峙する燈葉は、あの瑠衣に見せてもらった写真から感じた真面目な好青年という印象から変わらない。

「は、初めまして」

 取り調べなのに呑気な挨拶から始まるんだなと、颯斗は燈葉の前の席に座りながら出鼻を挫かれた気分だ。もっと威圧してくるのかと思っていたせいである。

「俺は席を外しますか?」

 颯斗の手錠を外し、冬馬はこれは自分に掛けるべきかと笑う。ちゃっかりこういう場面ではいつもどおりなのだからと、颯斗はその変わり身の早さに呆れていた。尤も、それが出来なければ二重スパイなんて無理だろう。

「いや。君の今後の仕事にも関わることだ。しっかりと話を聞いてくれ」

 燈葉は真面目な面持ちを崩さないままにそう言ってくる。仕方なく、冬馬は颯斗の後に立ったままとなった。

「さて。そこの冬馬からある程度のことは聞いているだろう。逮捕というのは建前だ。君には、実験を進める手伝いをしてもらいたい」

 急に真面目な青年から情報管理課の課長の顔になった燈葉は、そう言ってじっと颯斗を見る。その鋭い視線に、こいつは何だと颯斗は緊張した。

「手伝いって」

「奏斗と一緒にいればいい。あいつの動きを手助けする。どうせ君は、もう彼がこの社会を支配していないことを知っているんだろ?だったら、奏斗がやろうとすることも解るな?」

 狡猾な顔をする燈葉に、颯斗はかなり拙い状況なのではと思った。完全に燈葉はこれから起こることを見透かしている。それに、これは暗に逃亡を手伝えと言っているのだ。その先はどうなるのか。

「手伝う」

 その部分だけ繰り返すのがやっとだ。下手なことを言えばそれだけで燈葉の策略に落ちてしまいそうな不安がある。

「そうだ。ただ、手伝えばいい」

 燈葉は聡い颯斗の受け答えに満足し、それ以上のことは言わなかった。

「それで俺の役目は?」

 この場では詳しい説明がないと解った冬馬は、自分のやるべきことを訊く。この先の動きが決まらなければ、監視が付くのかどうかも解らないからだ。

「君は颯斗君の生活の管理だ。解っているな。君の生活もまた、情報管理課の中に移してもらう」

 燈葉はそう言い、これが生活空間となる場所の鍵だと投げてきた。冬馬はキャッチすると、そこがどういう場所か理解した。

「解りましたよ」

 そうむすっと返しておくより他はない。これは監視が付くよりも面倒なことになった。

「では、奏斗の元へ行こうか」

 燈葉はそう言うと、二人を奏斗の部屋へと案内するために立ち上がった。





 尊は朱鷺とともに行動していた。冬馬から得た情報を基に動いているのだ。目指しているのは情報管理課の中枢部。メインコンピュータが置かれている建物だ。

「あの情報管理課の建物とは別だったんですね」

 地図を確認しながら尊は溜め息を吐いていた。知らないことが次々に現れる状況は疲れてくる。今まで信じていたものが変化するせいだ。

「そうね。一緒にはしていないだろうと思ってたけど、まさかここだったとは」

 朱鷺は見えてきた建物に呆れてしまっていた。メインコンピュータが置かれているのは何と、奏斗が捕まった大学だったのだ。その一角に、新たな建物を建てるわけでもなく設置されていたのだ。

「これは気づかないわ。ここに私は、奏斗が捕まった後の二年ほどはいたというのに」

 もとは理学部の使っていた建物を前に朱鷺は笑ってしまう。まるでマジックのようだ。知りたいものは堂々と提示してある方が気づかれない。

「行きましょう」

 いくら大学に堂々とあるとはいえ、この建物に入るところを見られるのは拙いのでは。そう思って尊は中へと促す。

「そうね」

 颯斗が新たな役目についたことで尊にも責任感が出てきたのだろう。そう気づくと朱鷺は嬉しくなる。

 建物の中は薄暗く、冷房の音とコンピュータの稼働する音だけが響いている。建物はそのままだが、中の様子は様変わりしていた。

「まるでスパコンですね」

 尊の感想が総てを物語っている。中は平然とサーバーが並んでいるのだ。二人が中をゆっくりと進んでいると、サーバーの影から人が出てきた。

「ちっ」

 朱鷺は思わず舌打ちしてしまう。出てきた人物はあの外套を着用していたからだ。

「秋葉朱鷺。あなたへの役割はもっと別にある」

 目の前に現れた真広は、真っ直ぐに朱鷺を見据えていた。

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