第15話 反逆への道筋

 奏斗は動くにあたり、ある人物から話を聞くことにした。

 今までは、誰かが助けてくれると思っていた。それは自分の置かれた状況から考えてのことだったし、無駄な抵抗は余計に燈葉を刺激するだけだったからだ。しかし、しっかりと考えるとそれは甘えた考えに思えたのだ。それに抵抗の為に食事を拒否することも、今の燈葉は許さない。

「なんか、変わったな」

 その人物は待ち構えていれば来ると解っていた。いくら遠ざけてくれと言っても、燈葉が奏斗の傍にまで近づけさせる手駒が多くないことは知っている。奏斗が机から顔を上げると、待ち構えていた冬馬は驚いたような顔をしている。

「変わったというのは正しいだろう。俺はここから逃げることにした」

「――」

 真っ直ぐに冬馬を見つめて奏斗が告げると、冬馬は一瞬理解できないという顔をした。しかしすぐに笑い始める。

「ははっ。そうこないとな。こっちもそのくらいのことをやってもらわないと張り合いがない」

 一通り笑い、冬馬はそれをどうして自分に言うのかと訊いた。奏斗の予想したとおり、すぐに燈葉に告げ口をする気はないらしい。

「あんたならば情報を漏らしてくれると思ってね。自分だって、燈葉がスパイではと疑っていることに気づいているんだろ?一体誰と動いているかは知らないが」

 奏斗が指摘すると、ようやく天才科学者らしくなったなと冬馬は笑う。相変わらず人を食ったような奴だ。

「天才というのは語弊がある。それは燈葉が勝手に喧伝したことだ」

 むっとして奏斗が言うと、いや、それに見合うだけの実力はあると返される。

「だから俺は、ずっと二重スパイをやっているんだよ。お前を慕う奴とお前を利用しようとする奴。どっちの言い分も解るからな」

 冬馬はそう言って笑みを引っ込めた。ここからが、冬馬にとっても正念場だ。

「俺を慕う?誰だ?」

 まったく解らないという顔をする奏斗に、冬馬はマジかよと驚く。自分の付き合った女を忘れるとは、さすがは猫と評されるだけのことはある。

「朱鷺だ。あいつ、お前のためにずっと無茶をやってるんだぞ」

 冬馬が告げると、奏斗は嘘だろという顔をする。そんなに意外だろうか。別れ方が手酷かったのかもしれない。

「――そうか。それでお前は」

「朱鷺のところにここの情報を流している。それと、あんたが送り続けていたメッセージを朱鷺に届けていた。燈葉はあれを見逃すことで、多くの不穏分子を炙り出そうと考えたんだな。残念ながら、それはこちらで阻止させてもらっているってわけだ」

 助けが来ない絡繰りが解ったかと冬馬は言う。種明かしをして奏斗がどういう反応するか、それに興味があった。しかし奏斗はなるほどと頷くだけで、怒ることも嘆くこともない。決意はそれくらいで揺るがないというわけだ。

「国民は、俺が総てやっていると」

「思っているよ。多くの奴らが、マッドサイエンティストだと思っていることだろうな。IDカードや労働、当たり前にあるものと科学力を組み合わせるだけで、あっさりと国を掌握したんだから」

 冬馬が状況を説明すると、さすがにこれは堪えたらしい。奏斗の肩が僅かに下がる。

「逃げるとすれば、この国からも脱出しないといけないってことか」

 弱気に言う奏斗に、それでは面白くないと冬馬は笑った。

「面白くないって」

「元に戻せるのは、残念だがあんたしかいない。あんたが本当にやっていたのはこの情報管理課で、しかも燈葉という男だったと示さなければならない。あんたが逃げたって、燈葉は支配を諦めないだろう。それに、逃げられると思ってるのか?」

 国外へ。そんなことが可能なわけがない。まず空港にすら辿り着けないだろう。それにパスポートを取得すことも叶わない。

「俺が」

 何をするにも俺なのか。奏斗はぎゅっと拳を握る。

「やり様はある。燈葉はお前が反逆することは織り込み済みだ。そこで、今の社会に不満のある高校生をお前に宛がうつもりなんだよ。そいつは今、朱鷺と一緒にテロ活動中だ。そいつとやればいい」

 こうやって橋渡しをすることも燈葉は読んでいるだろうか。そんな疑念も湧くが、奏斗を本気にさせないことには何も進まない。この実験と称されるものの鍵はどこまで行っても奏斗だ。

「テロ活動中?それは随分と威勢のいい」

 あの女は何をやっているんだと奏斗の顔が呆れ顔になった。表情も、元気だったら猫のように変わるんだなと冬馬は新たな発見をしてしまった。

「どうする?そいつを連れてくる手筈は、すぐに出来る。まずここから逃げ、そして朱鷺と組んで反逆する。やるか?」

 冬馬がこれが最終判断だぞと訊くと、奏斗は頷いた。

「やろう。それ以外、残された道はない」

 こうして、奏斗の行動が始まった。それが実験を加速させる行動だと知らないままに――






 その頃。朱鷺は颯斗と尊を連れて情報管理課の入るビルを眺めていた。向かいのビルから堂々と見ているわけだが、そこが情報管理課だと知る者が少ないために警戒されていない。

「こんな、普通のところでやっているのか?ここに奏斗はいるんだよな?」

 一般的なビルだというのに、奏斗はそこから脱出できない。それに颯斗は疑問を持った。

「外観はね。何度か海羽が設計図を探そうとしているんだけど実態は掴めないわ。でも、逃げられないだけの罠があるでしょうね」

 朱鷺も何度も、自力で逃げられないものかと悩んだ。しかし何年経っても、奏斗は出てこない。そして事態は悪化する一方だった。

「国民を管理するメインコンピュータもここに?」

 尊が訊くと、朱鷺は頷く。それはすぐに解った。内部構造が解らないのとは対照的にあっさりと。普通、解らないように細工するのはこちらであるはずなのにだ。まったく燈葉がやろうとしていることが読めない。

「じゃあ、このビルを破壊すれば」

「そう簡単に行けば、誰だってやっているわ。このビルの正体に気づいたのは、何も私たちだけではない。それにIDカードが曲者よ。どこに行くにも、今ではそれが必要。何か不審なことをすれば、すぐにIDカードで照会され、そしてその後は何も出来ない。下手すれば裁判すらなく、強制労働場所に送られて終わりね。情報を把握されているというのは、至極簡単なことすら出来なくなるってことなの」

 朱鷺は言いながら、いつ自分もそうなるかとの不安と闘っている。もちろん、海羽がある程度の監視を無効化しているからばれない。それは解っているが、人間はいつミスするか解ったものではない。

「瑠衣も、ここにいるんだろうな」

 連絡が取れなくなってしまった瑠衣を思い出し、颯斗は寂しげに呟く。兄である燈葉を取り戻したい。その一心でいた瑠衣にとって、奏斗ではなく燈葉が真の支配者と知るのは辛かったはずだ。だからこそ、ついて行ってしまったのだろうか。

「瑠衣ちゃんは、どうやら幹部候補生としてここにいるようね。昨日、海羽がその情報を掴んだわ」

 ここから先、瑠衣を信じられるか。それは颯斗と尊の判断に任せるしかない。しかし、出来れば自分が奏斗を信じたように信じてほしいとも思う。

「幹部候補生?そんな制度があるですね」

 尊は初耳だと確認する。

「ええ。これは秘匿されている情報の一つ。公務員試験の上級職を受かった人の中から何人かがなるものなの。当然、情報管理課に配属されるまで知らされないけれどね。ここに入ってあの制服を着たら最後、情報管理課の権限の大きさに魅了されるだけよ」

 朱鷺は何の感情もなく言った。権力に魅入られたのは、おそらく燈葉だ。その燈葉は、奏斗を隠れ蓑にしてやりたい放題やっている。しかし、そんなことをする男でなかったのも事実だ。いつもこの齟齬に苦しむ。

「すげえよな。情報管理課。そこは素直に思うよ」

 知れば知るほど、情報管理課の薄気味悪さは強まる。颯斗はその巧みさに感心する部分もあった。

「感心している場合か。ここを潰せなかったら、俺たちはどうなるか解らないんだぞ?」

 ここまでどっぷりと反乱者となっているんだからなと尊は睨む。

「解ってるよ。でも、その象徴となっている奏斗への興味の方が強いんだよね」

 今までは、尊のように思っていたはずだ。そしてこの窮屈な社会を変えるんだとしか思わなかっただろう。しかし今、早く奏斗に会いたいと思うようになっているのだ。キーマンというだけでなく、何かがある気がする。

「それは助かるわ。丁度よく、情報管理課が新たな動きをしているのよ」

 すでに冬馬から、情報管理課が活きのいい高校生を探しているとの情報を得ている朱鷺は笑う。謀らずして同じタイミングで二人の出会いが作られようとしていた。

「へ?」

 奏斗のところに送り込まれる。その展開に、さすがの颯斗も口を開けてぽかんとしてしまった。

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