第14話 夜明け前に

 体力の回復は、奏斗に大きな変化をもたらしていた。今までは自分で対抗できないと諦めていたが、何か出来るのではと考えられるようになったのだ。この変化は燈葉の予想していないところだ。だからこそ、燈葉に感づかれるわけにはいかない。

「問題はあいつがどうしてこんなことを思いつき、今も続けているのかだな」

 燈葉が来ない時間帯である明け方、奏斗は机に向かって腕を組み悩んでいた。いきなりここに閉じ込められ、この生活が始まったのだ。それも反論すれば燈葉の容赦ない制裁がある状態だった。冷静に分析する暇はなかったのである。

 燈葉は真面目な奴。それが奏斗の印象だ。大学時代からよく議論したのを覚えている。そんな奴がどうして情報管理課を仕切っているのか。

「情報管理課。あくまで管理なんだよな」

 国民を支配的に管理するという意味か。その象徴として自分が必要だというのは、当初の燈葉の説明と合致する。しかし、どうして燈葉なのだろうか。

「俺に目を付けた奴は別にいるということか。いや、それならば燈葉が総てをやるはずはない。どうやって情報を管理しているのか。そこから問題だな」

 問題があやふやで手のつけようがない。奏斗は頭の後で手を組むと天井を見上げた。外に出ていない五年間に何があったのだろう。知ることは全くできない。

「世界は、変わってしまったのだろうか」

 奏斗が支配者として受け入れられている。それが今のこの国の在り方だという。その実感がないだけに、理解が追いつかないままだ。

「何とか外の情報を得なければならないな。インターネットはすぐにばれる。あのメッセージだって、誰かに拾われることなく燈葉の手に渡っている可能性だってあるんだ。どうする?」

 もし自分が燈葉の思い描くほどの天才だとしたら、あっさりと解決策も見つかっているだろうに。

 奏斗の口に思わず自嘲的な笑みが浮かんでいた。






 明け方の静かな時間を利用しているのは奏斗だけではなかった。

「大丈夫か?緊張で震えているぞ」

 ビルの物陰に身を潜める冬馬は、屈んで待機している颯斗を揶揄った。

「震えてない。でも、緊張しているのは確かだ」

 むっとなった颯斗だが、これが武者震いというやつだろう。これから人生初のテロ活動なのだ。一気に自分が犯罪者になった気になる。

 朱鷺の説明によるとテロは政治的イデオロギーをはっきりさせるためのものだという。言論の自由があればそんなことは必要ないが、今の管理された状態ではそれは不可能だ。だからこその行動であるという。

「ううん。難しい」

 爆破スイッチを前に、颯斗は唸ってしまった。今まで自分が単純だと揶揄われていた理由が身に染みてくる。ただ奏斗を取り戻せば何とかなるという話ではないのだ。

「どうした?押すだけだぞ」

 しっかり颯斗の呟きを聞いていた冬馬がまた揶揄ってくる。まったく、完全にこのメンバーの中でマスコット扱いになっていた。颯斗は今までは尊だけだったのにと悔しくなる。

「それより、どうしてここなんだ?いくら国民総活躍法があるとはいえ、失業者問題は解決していないんだ。職業安定所は必要だろう」

 こうなったら質問攻めにしてやろうと、颯斗はまだ時間があることを確認して訊いた。すると鋭いねと冬馬が笑う。

「そう。失業問題が解決しないから職安がいるってのは当然だ。しかし何で解決しないんだと思う?国民全員が活躍しなければならないんだろ?わざわざ法律まで作って言ってんだし」

 少し勉強の時間だなと冬馬が訊き返した。予想外の質問に颯斗はうっと唸ることになる。

「それはまあ、働けと言われて働くのには不満があるからかな。自分のやりたくない仕事でもやれって言われて、働いている。それって本当に活躍していることになるのか?つまり一般的に労働と言われているものが総てだって言われるのは納得できない。だろ?」

 高校の屋上でも考えていたことを颯斗は繰り返した。馬鹿にされるだろうかと思ったが、これ以外に考え付かない。

「そう。そのとおりなんだよ。活躍イコール労働。この図式が成り立つと思っているところに問題がある。そこに燈葉は付け込んだんだな。活躍って何だ?そんな疑問を抱かせないための管理課なんだよ。そして、真っ当な考えのはずの人間がはみ出し、仕方なく職安に来ている部分がある。無職でぷらぷらしているのは危険だからな」

 冬馬はふんと鼻を鳴らし不快感を示した。その表情に、この人物でもちゃんと批判的な意見を持っているんだなと、颯斗は感心してしまった。今までは女子二人の補助としか思っていなかった。

「で、職安がテロの標的の理由は?」

 話がずれているぞと、颯斗はもう一度質問する。今からここを爆破する。その理由が示されていない。

「だからさ。ここに来ている人たちってのは、政府のやり方に不満のある人たちもいるってことだろ?それに目を付けた奴がいるわけだよ。そこで、そんな不満のある奴らにここが職業訓練だという名目で学校や職場を紹介するんだが、それが嘘っぱちで強制労働に従事させられるんだ」

「えっ?」

 今、とんでもない話を聞いたぞと颯斗は目を丸くする。また知らないことだ。そして、今度は今までと違って身近な危機を覚えるものだ。

「前から強制労働が行われていることを掴んでいた。しかしどうやって失業者を集めているのかが疑問だったんだよ。その答えがここだったんだ」

 冬馬は鋭い目を職業安定所の入る建物に向ける。ここは今や困った人を救うための機関ではないのだ。搾取する側に立っている。

「そんな」

 驚いている颯斗だが、時間が迫っていることに気づいた。警備員が建物から一度離れる時間だ。出来るだけ犠牲者を出さないのが朱鷺たちのやり方である。

「押せ!」

 冬馬の鋭い声に反応し、颯斗は今の話に押されてボタンを押していた。しばらく間があり、どんっと大きな音が響き渡る。

「伏せろ!」

 爆風が飛んでくると、冬馬は颯斗の頭を抱えて伏せた。埃っぽい風が、伏せる颯斗の頬を撫でていく。

 この国は、まったく知らないものに変わってしまったんだ。

 伏せて爆風をやり過ごす中、颯斗は新たな決意を胸に抱いていた。総てを知り、奏斗を助けるだけでない。何かを変えなければならないのだとの思いが強くなっていた。






 テロの情報はすぐに情報管理課に入った。燈葉は朱鷺の活動に満足すると同時に、なかなか進まない実験に苛々していた。

「まだまだだな。それにあいつら以外に動きがない。他のテロリストというのは、どうにも考えが足りない。器物損壊止まりのような奴らだ。ついでにあいつらの動きも、まだ甘いままだ」

 課長室で燈葉が不満を漏らすと、真広は無表情なまま頷いた。管理が上手く行っているだけでは実験にならない。それは理解しているのだ。

「瑠衣はどうなっている?何か報告は受けているか?」

 そろそろ冬馬に連絡を取って、二人のうちのどちらかを奏斗へと送り込んでもらいたいが、その前に瑠衣に関してちゃんとしておかなければならない。実験が進まないままで放置するのではなく、進めていくしかないのだ。

「授業を真面目にこなしています。まだ本格的なものではありませんが、基礎に関しては問題ないとのことです」

 幹部候補生の管理は真広の仕事の一つだ。すぐに報告できる。

「なるほど。高校の成績から考えても大丈夫だと判断していたが安心した」

 あの颯斗や尊に感化され使い物にならないのではと疑問だったが、授業を受けているうちに変わるだろう。燈葉はこちらは問題ないなと判断した。

「会われないのですか?」

 珍しく、真広はそう訊いていた。瑠衣の感情的な部分について夏実から報告を受けている。燈葉に会いたい。その気持ちが日増しに強くなっているようだというのだ。

「必要はない。もう、兄妹ごっこをする必要もないからな」

 燈葉は冷たく答えた。過去の自分を忌む燈葉からすれば、本当は瑠衣を引き込みたくないとの思いもあった。しかし適任者がいない。仕方なくなのだ。だからこそ、接触は最小限にしたかった。

「解りました。その辺りについてもフォローするよう伝えておきます」

 真広もそれ以上言うつもりはないので、夏実に問題の解決を任せることにした。それに幹部候補生の授業はどんどん難しくなり、高度化していく。いずれ、燈葉のことを考えている暇はなくなるだろうとの思いもあった。

「奏斗は元気になったことで昔の感覚を取り戻しつつある。はっきり言って厄介だ。早急に次に移るぞ」

 テロの処理と同時に動かしていきたい。燈葉はそう気持ちを固めた。動かせば嫌でも自分が支配者になるしかないと理解するだろう。反発も自然となくなるに違いない。

「逃がさないからな。奏斗」

 どんな犠牲を払ってもやり遂げる。そのためには奏斗が必要。これはずっと変わらない。燈葉の目に、狂気めいた光が点っていた。

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