第12話 奏斗の素の部分

 二回目の朱鷺との会合は、意外にもアジトではなくファミレスで行われた。面が割れていないというのは便利なものだと、颯斗は変なところで感心していた。しかし、堂々と現れた朱鷺に尊は気づいたことがあった。

「あの、昼間は普通に働いているんですか?」

 尊の指摘に、朱鷺はにっこりと笑って頷いた。この社会で疑われないためにまずすべきことは労働だ。あの総国民活躍法があるせいで、無職というのは非常に疑われやすい。様々な面で制約となってしまう。

「もちろんよ。ちゃんと大学での研究は続けているの」

 朱鷺が笑顔で答えるので、颯斗は少しむっとしてしまった。何だか尊だけが優秀だと思われたような気がする。

「他の二人は?」

 そんな横で妙な嫉妬をしている颯斗に気づかず、尊は今日来なかった海羽と冬馬についても確認した。

「冬馬は同じ大学で研究者をやっているわよ。まあ、向こうは工学でこっちは化学だから、大学で出くわすことは稀ね。海羽もコンピュータ関係の研究を、私たちとは違う研究所で行っているわ。なんせ、天才として有名になったことのある子だから。十九歳で博士号を取っているのよ」

 海羽についての説明に、二人は唖然となっていた。あのかわいい子が天才だったとはと驚きを隠せない。それにしても頭脳レベルの高いテロリスト集団である。これは面が割れなくて当然だなと、二人は妙に納得してしまう。

「ん?でもさ、天才として有名だったんなら、あの海羽って人はマークされてないのか?情報管理課って奏斗を利用するくらいだろ?」

 ふと疑問に思い、颯斗は訊いていた。それにコンピュータをメインで使っているのが海羽ならば、こちらの動きは筒抜けになりそうだ。

「当然、マークはされているでしょうね。だから海羽は最大限の注意を払って行っているわ。情報管理課に尻尾を掴まれていない。それは確かだから安心して」

 実際にはどうか。それは確認しようがないことだが朱鷺は言い切っていた。ここで二人に不安を持たれると、その後の行動がし難くなることが解っているせいだ。

「まあ、天才のやることだからな」

 どういう方法があるのか思いつかない颯斗はそこで引いていた。突っ込んだ質問ができるほどの知識はない。

「それで、昔の奏斗についてでしたよね?」

 今日の会合のメインを、尊は確認していた。あの時は映像の衝撃が大きすぎて質問できなかったことだ。しかし、助けていくにあたって奏斗の実態を知らないままというのは怖い。いざ助け出してみたら本当に支配者になっていたでは困るのだ。

「ええ。まずは大学時代の奏斗の様子を見てもらいましょうか」

 朱鷺はプリントアウトしておいた何枚かの写真を二人に渡した。その中には朱鷺と付き合っていた時の、非常にプライベートなものまで含まれている。下手な隠し立てはしないという誠意を見せるためだ。

「なんか、凄い普通」

 どの姿も飾り気のない姿で写る奏斗に、颯斗は思わずそんな感想を漏らしていた。もっと格好をつけていたりするのかと思いきや、イケメンにあるまじき適当さが漂っている。どこにもニュースで見かけるような偉そうな姿はない。

「普通というよりずぼらなのよ。そもそも大それたことなんて考えもしない、研究が第一の物理馬鹿なんだから。少しでも本を読んでいるのを邪魔されると不機嫌になるくらいのね」

 朱鷺は苦笑しながら奏斗のことを説明していた。付き合っていたせいで評価に差し引きがあるとはいえ、燈葉はどうして奏斗を支配者にしようと思ったのか不思議になるほど適当な奴だ。それに頭の中は自分の研究のことで一杯で、何か大きなことをしてやろうと思うこともない。

「そういう面倒な奴なんだ」

 本を読むのを邪魔しただけで不機嫌になられては困る、と颯斗も苦笑する。

「でも、それだけ物理に関しては秀でていたってことですよね?その気になれば、国民を一手に管理できるくらいの能力は持ち合わせている」

 冷静な尊の指摘に、朱鷺はそうだと頷いた。その点がなければ、燈葉だって利用しようがない。本人にやる気がなくても、周りはそれが出来ると評価している。これはとても大切な事実だろう。

「目立つ存在だった。これは否定しようのない事実だわ」

 朱鷺はそう同意していた。この点を追及していくと、本当に奏斗は何もしていないのかという疑問を生んでしまう。しかし、下手に否定するのは間違っていると考えてのことだ。

「ここで悩んでも仕方ないだろ。奏斗に会ってみないと、何をやっているのかなんて実際に知りようがないんだ」

 過去の写真を見たことで、颯斗はより一層奏斗に直接会うことの大切さを感じていた。その言葉に、二人はそのとおりだったと頷くしかなかった。






 夜中になると、奏斗はこそっとベッドを抜け出した。そして燈葉が近くにいないか、ドアに耳を付けて確認する。足音はしないので見張りしかいないらしい。それが解ると、今度は机に向かった。

「よっと」

 机の引き出しの奥底に隠しているノート。それを取り出すと奏斗はほっと息を吐き出していた。

 このノートだけが、奏斗の心の支えだ。といっても、中身はびっちり数式が掛かれているだけの代物である。

「俺は、これがしたい」

 ノートを捲ると、奏斗は思わず呟いていた。そこに書かれていることの多くは基礎物理と呼ばれる分野に関わるものだ。奏斗はこういう地味な研究をしたくて大学に入った。しかし、実際にはそういった基礎をベースに考えたエネルギーにまつわる研究で注目を浴びることになり、そのまま助教になっていた。

 どこかで違う環境に行きたい。そんな思いを持ったまま大学にいたのは事実だ。しかし、こんなとんでもない場所に来たかったのではない。

「はあ」

 溜め息を吐くと、この間の冬馬とのことが思い出される。何もかも知っているのでは。そう問われて知っているかのような態度を取って冬馬を追い払ったが、実際に知ることは少ない。この実験の主体はあくまで燈葉だ。あの場でそれを冬馬に言ったところで信じてもらえないから、適当に話を合わせただけだ。おかげで、彼に警戒されたのは間違いないだろう。が、別にどうだっていい。

 奏斗の被る仮面は、ただひたすら普通に研究したい。その思いをずっと隠しているということにある。

「こうして、じっくり計算できるのはいいんだけどな」

 この環境になって考える時間が持てた。そのことに奏斗は苦笑してしまう。多くの辛さがある中で、こういうことに安らぎを覚えている。それが良い事ではないと解っているが、本気で逃げ出さない口実を与えているのも確かだ。時々、奏斗はどうすればいいのか本当に解らなくなる。

 今日もちょっとだけやるかとペンを握ったところで、ドアの開く音がした。タイミングの悪いと、奏斗は舌打ちすると燈葉が置いていった資料でノートを隠した。

「やはり起きていたか。さっさと寝ろ」

 本格的に奏斗の体調を管理する気になった燈葉は、入って来るなりそう言った。ベッドに寝ていろと腕を引っ張る。

「ちょっと気になることがあるだけだ。すぐに寝る」

 そう急かすなよと奏斗は睨んだ。すると、珍しく燈葉は手を離した。

「何だよ?」

 急に気持ち悪いなと奏斗は訝しむ。しかし、燈葉にすればそう普通に振る舞う奏斗を久々に見たのだ。驚きと同時に安心してしまった。

「いや。一時間後にまた来る。それまでに寝ていろよ」

 燈葉はそんな自分が嫌になると、さっさと奏斗の部屋から出ていた。一方、残された奏斗は不可解だと首を捻るしかない。

「あいつは、本当にこの実験を望んでいるのだろうか?」

 元気になったことで考える余裕の出来た奏斗は、そんな疑問を持っていた。







 同じ頃。情報管理課の隣にある幹部候補生用の寮で、瑠衣は眠れずに何度も寝返りを打っていた。そもそも二段ベッドで寝るのが初めてだ。それに下は夏実である。どうにも緊張してしまい、寝るどころではなかった。

「寝れないの?」

 ごそごそという音に気づいた夏実がくすりと笑ってそう訊いてきた。

「は、はい」

 起きていることがばれているので、瑠衣は素直に返事するしかなかった。何だか修学旅行の夜のようだ。

「私も、ここに来たばかりの頃は寝れなかった」

 いきなり夏実がそう告白した。おかげで瑠衣はうそと驚いてしまった。あの毅然としていて情報管理課に誇りを持っている夏実がと疑問に思ってしまう。

「ここって、やっぱり特殊だもの。突然出来て、この国のシステムそのものを握るようになった。でも幹部候補生とはいえ実態の総てを知って志願している人はいないほど、様々なことが秘匿されている。そう考えると、不安なこともあるの」

 まさかの夏実による疑念の吐露に、瑠衣はそんなと驚きを隠せない。そして、誰もがおかしいと思いながら受け入れている実態を知ってしまった。

「慣れるしかないのよ、きっと。ここにいれば、いずれ真実を知ることが出来る。でも、多くの国民は何も知らない。そういう状況が、いつか当たり前になる」

 夏実はそれだけ言うと、もう何かを言おうとはしなかった。きっと喋り過ぎたと思ったのだろう。

「真実、か」

 ひょっとして颯斗や尊が知りたかったものの傍にいるのだろうか。瑠衣はそう思うと、少し頑張ってみようと考えていた。

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