第10話 何を考えている?

 朱鷺との話し合いが無事に終わり、家に戻って来た尊は部屋に瑠衣がいないので驚いてしまった。帰るまで何があっても待っていると言っていたのにと、置手紙でもないだろうかと机の上を探すもない。

「ん?」

 その机の横に何やら紙が落ちているのを発見して尊は拾い上げた。すると、それは燈葉が瑠衣に宛てて書いた手紙の一部だった。慌てていたのか、これだけ忘れて行ってしまったらしい。

「見ちゃダメだよな」

 さすがに本人がいない場で手紙を勝手に読むなんてマナー違反をする勇気はない。それに瑠衣の話していることと今日聞いた燈葉の話では大きな食い違いがある。それだけに、ちゃんと許可を取って見せてもらいたかった。

「明日の朝、学校で返すか。それにしてもどうして帰ったんだろう?今日はうちの両親は帰ってこないから泊っても大丈夫だって言ったのにな」

 颯斗とは現地で別れてしまったのにと、尊はこの興奮を誰にも伝えられないことが残念だった。しかし時間はもう夜の十時。瑠衣の両親が心配して呼び戻した可能性もあるので責められない。

「取り敢えず、内容を忘れないうちにメモを取るか」

 尊は机に向かうと瑠衣の手紙を机に仕舞い、奏斗について書き綴っているノートを取り出していた。





 その瑠衣はベッドで眠っていた。いや、正確には眠らされていた。場所は情報管理課の入るビルにある医務室だ。

「どうだ?」

 再会してすぐ、燈葉は瑠衣に睡眠薬入りの飲み物を飲ませたのだ。瑠衣はまさか燈葉がそんなことをするとは思っていないので、疑わずに飲み干した。おかげで難なくここまで連れてこれたというわけだ。

「健康に問題はなさそうですね。それに、課長への信頼も揺らいでいない」

 体調のチェックを終えた真広は瑠衣の掛布団を戻しながら報告した。それにしてもぐっすりと眠っているものだ。いくら睡眠薬とはいえ、即効性のあるような危険なものは使っていない。それを考えると、燈葉を信じているからこそ眠ったのだ。

「それはそうだろうな。しかし奏斗の時のように最初に失敗があっては後が面倒だ。今後も慎重にいかないとな」

 燈葉は報告にほっとしつつも気を引き締めていた。それにもう、いくつか情報管理課についての噂を知っているだろう。今までのように全面的にこちらを信用しているのか。そこは疑わなければならない。

「これは処分しますか?」

 カバンを勝手に改めていた真広が手紙の束を発見して訊く。この文章の大半はコンピュータが作り上げたものだ。それを燈葉が不自然な表現を手直しして書いていたに過ぎない。どうすれば燈葉が正しいと信じ込むか、それだけに重点が置かれたものなのだ。

「いや、貰っておこう」

 捨ててしまっては瑠衣の疑惑を深めるのでは。そう判断した燈葉は手紙の束を受け取った。どうやら今までのもの総てを持ち歩いていたらしい。これが他人に見られては一大事だった。それも自分たちを疑っている颯斗や尊に見られれば厄介だった。まさに危機一髪だったらしい。

「他は高校の持ち物ばかりですね。こちらに反逆するような物はありません」

 燈葉の妹とはいえしっかり疑って掛かる。さすがは感情では動かない真広らしい。その報告に燈葉は苦笑するしかなかった。

「瑠衣の制服は出来上がっているか?」

 それよりもこれからのことだ。燈葉はカバンを枕元に置く真広に訊いた。

「すでに出来上がっています。明日には幹部候補生が迎えに来ます」

 真広は振り向くと無表情のままに言う。これでいいのか、そう問うことすらしない。

「――解った」

 幹部候補生の一人としての勉強が始まればまた会うことはない。そう思うと妙に寂しさを感じるが、燈葉の実験への気持ちを揺るがすものではない。頷くと真広はさっさと医務室から出て行ってしまった。

「はあ」

 二人きりになると急に肩の力が抜けた。燈葉は瑠衣の眠るベッドの横にある椅子に腰かけた。瑠衣はまだまだ目を覚まさないだろう。規則的な寝息が聞こえるだけだ。

「お前に、期待している」

 瑠衣に掛けられる言葉はこれくらいだった。優しい兄としての気持ちが無くなったわけではない。しかし、燈葉はもう昔に戻りたくないのだ。ここで感傷に浸っている場合ではないなと、燈葉は座ったばかりだというのに立ち上がると、そのまま振り返ることなく医務室を後にしていた。







 その頃。また点滴を受けることになった奏斗は、自分を見張る冬馬にむすっとなっていた。たまにやって来ては自分を揶揄う冬馬を、奏斗はいつも嫌っている。燈葉とは違う得体の知れなさを持っているというのも、気に食わない理由だった。

「大分、顔色が良くなったな。やっぱり王子様は健康的でないとな」

 にやっと笑う冬馬に、奏斗はさらにむすっとなった。しかし燈葉の時のようにそっぽを向くことはない。本能的に背を向けてはならない気がするせいだ。

「何で、お前は俺を王子と呼ぶんだ?」

 が、黙っていて一方的に揶揄われるのも腹が立つだけなので、奏斗はそう質問した。すると冬馬はくすくすと笑い始める。

「そういう世間知らずっぽいところだよ。実際はどうか知らないけどさ」

 急に目つきを鋭くした冬馬は、奏斗を値踏みするように見てくる。

「世間知らずね。たしかに知らないな。この五年間、俺はここから出られない」

 奏斗はそんな目線をものともせず、そう切り返した。すると冬馬はますます目を鋭くする。

「なあ、穂積奏斗博士。お前は本当は何が起こっているかを正確に知っているんじゃないのか?それなのに、反発して燈葉の実験を遅らせるような素振りをしている。本当に実験を握っているのは、奏斗博士じゃないのかな?」

 顔を近づけ睨む冬馬に、奏斗は何のことだと平然とした様子だ。いつもの、怯えるような素振りもない。

「当たりか?本当はもう支配者なんだろ?」

「――いいや」

 確信を掴んだと笑う冬馬に、奏斗は真剣な顔で首を振る。支配者ではない。それは確かだ。

「へえ。でも、何か役割を果たしている。そういうことか?」

 しかしせっかく掴めそうな真相を前に冬馬は引かない。念を押すようにそう確認した。

「役割は果たしているだろ?あんたの言う、王子様としてね」

 ふんっと鼻を鳴らす奏斗はいつもと違って余裕綽々だ。こいつは今まで演技をしていた。そしてこれからも、燈葉を困らせる演技をし続ける気だ。それに気づいた冬馬は苦々しい気持ちになった。

「やはり天才は違うね。そうやって、愚鈍な奴らを嘲笑っているわけだ」

 そう吐き捨て、冬馬は奏斗のベッドの傍から離れた。しかし部屋から出て行くことはない。見張っていなければ燈葉に疑われることになる。

 それにしても、今のは奏斗の揶揄いだろうかと疑問になった。しかし、考えているより曲者だという思いが強かった。冬馬は自分も実験の被験者なのだろうかと、急に不安になっていた。





 颯斗たちが帰って一息ついてから、朱鷺は改めて奏斗の映像を分析していた。

 目につくのは痩せたその顔だが、他に何かヒントはないか、それを探し始める。燈葉が何かをしようとしていると言うが、それが何なのか未だ掴めないままだ。

「奏斗。燈葉は何を企んでいるの?」

 映像を静止させ、朱鷺は思わず問いかけていた。急いで吹き込まれているせいで具体的な内容のないメッセージ。それに何度困らされただろう。いくつも手遅れになってしまったことがある。

 助け出したい、その一心で動いている朱鷺にすれば、いつも何かを伝えようとするだけのメッセージに苛々することもある。無事であることは確認できるが、誰かが助けようと動いているなんて考えてもいない感じだ。

「まったく、最低猫男」

 朱鷺はビシッと奏斗の顔を叩いていた。画面越しにしか会えない。それが余計にちゃんと会いたい気持ちを高めてしまう。奏斗の口から直接話を聞きたい。そう思ってしまうのだ。

「あの、朱鷺さん?」

 そんな様子を見てしまった海羽は躊躇いがちに声を掛けた。口では悪く言っていても、やっぱりまだ奏斗が好きなんだなと思ってしまう。

「あ、ああ。何?」

 見られて恥ずかしい朱鷺は、思わず奏斗の映っていたモニターをオフにして訊く。その慌て様に、いつもの海羽ならば揶揄うが今日は違った。

「あの、瑠衣ちゃんのことです」

 調べていた瑠衣について、海羽はとんでもない情報を掴んだと朱鷺に書類を差し出した。

「何、これ」

 受け取った朱鷺も困惑してしまう。情報管理課はこんなことまでしていたのかと、恐ろしくなった。

「どうやら瑠衣ちゃんは燈葉の後継者のようですね。そして、そのために洗脳されている」

 きっぱりと言い切った海羽の言葉が、部屋の中に不気味に響いていた。

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