第7話 接触

「本当に大丈夫かな」

 薄暗い下水道を進みながら颯斗はぼやいた。ここまで来ておいてなんだが、胡散臭い話だったと片付けることもできる。

「さあな。ただこの情報だけ妙に明確だった。これはもう、向こうが接触する気になったと思うしかない」

 今更文句を言うなよと、普段は慎重派の尊が諌めた。

 二人は現在、トキが流してきた情報を基に下水道を流れてくるという奏斗のメッセージを回収するために動いていた。しかもそのメッセージを持ってアジトに来てほしいとまで伝えてきている。これはチャンスなのか罠なのか。今まで慎重に情報を分析してきた結果から出した結論はチャンスだった。

「瑠衣を置いて来て正解だな。こんなに臭いとは思わなかった」

 下水道という密閉された空間に立ち込める悪臭に、颯斗はマスクをしている上から鼻を摘まんでいた。こんなに臭うならば普通のマスクではなく、もっと性能のいいものにすればよかったと思ってしまう。

 ちなみに二人は制服のままここにやって来ていた。何かあった時に助かりやすいようにとの思惑がある。しかし手にはゴム手袋、足元は長靴でマスクをしているとなれば怪しいと思われて仕方ない。しかし相手がテロリストであることを考えれば、何かあった時に救援を求められる格好である方がいいと思えたのだ。

「瑠衣には後方支援をしてもらっているしな。何かあれば緊急連絡をしてくれることになっている。それにしても、この辺か?」

 尊は防水用の袋に入れたタブレットを真剣に見つめていた。そこにはメッセージがこの辺りを通過したことを示すアイコンが表示されているのだ。この追跡システムもトキが送り付けてきたもののひとつなのだ。しかし大雑把な位置しか解らない。

 さらに言えば、薄暗くてどこなのか確認するのも手間取ってしまう。頼りになるのは持っている懐中電灯だけだから尚更だ。さらにはメッセージが流れてくるのは足元にある濁った水の中だ。そこに手を突っ込んで探すとしても、闇雲にやっていては見つからない。

「よお。君たちが大久保颯斗と中野尊だな。待ってたぜ」

 水面をじっと見つめていた二人に、不意に後ろから声が掛かった。あまりに突然だったので二人は肩をびくっと震わせる。そして怯えた様子のまま振り返ることとなった。

「そんなビビるなよ。俺は朱鷺とともに動いている長谷川冬馬だ。よろしくな」

 今日はもちろんテロリストとして活動している冬馬がそこにいた。そもそもメッセージの回収は冬馬の役目である。二人きりで任せていては駄目だろうと応援にやって来たのだ。

「トキの仲間ですか?何か証拠はありますか?」

 すぐに信じられるわけがないと尊が訊ねる。その隙に颯斗が他に仲間がいるのかと周囲を確認する。取り敢えず冬馬一人しかこの場にいないというのは解った。

「そう言うと思ったよ。お前ら、朱鷺が女だっていうのは知っているな」

 冬馬はにっと笑うと持っていたタブレット端末を二人の前に掲げた。二人が知っていると頷いたところで映像をスタートさせる。

「初めまして。私がリーダーの秋葉朱鷺です」

 映し出されたのは長い髪をした朱鷺の姿だ。格好はテロリストとは無縁のようなラフな服装である。

「へえ、美人だな」

 颯斗は思わずそう感想を漏らしていた。そして朱鷺が奏斗と付き合っていたというのも納得してしまう。美男美女の目立つカップルだが、お似合いだろうとは思えた。そして二人は目立つからこそ、今でも噂話が色々と残っていたのだ。

「お二人にはこれから冬馬とともにアジトに来てもらいます。その際、回収した奏斗のメッセージを一緒に確認してもらいます。その先の話ももちろんしましょう。お待ちしていますよ」

 優しい笑みを残し、そこで映像は終了した。

「どうだ?信じてくれたか?」

 にかっと笑って冬馬は訊いた。一方的な情報だが、二人は信じるしかないだろうと頷く。今のメッセージには冬馬の名前も奏斗のメッセージのことも出てきたのだ。

「解りました。取り敢えずは奏斗のメッセージを探すところからですね」

 尊が確認すると冬馬もそれでいいと頷いた。そして足元に置いてあったバッグから機械を取り出して組み立てる。

「今日みたいに見つかり難いこともあるんだ。そういう時にはこの金属探知機だぜ」

 軽い調子で説明する冬馬だが、頭の中には燈葉からの依頼が浮かんでいた。どちらが奏斗と気が合うか。その観察をスタートさせたのである。






 その頃、海羽は接触の模様を気にしつつもあることを調べていた。それは二人と伴に行動している瑠衣のことだ。調べてみると燈葉と腹違いの兄妹だという。これは興味深い事実であると同時に接触には慎重を期す必要があることを示していた。

「へえ」

 瑠衣の情報が集まるにつれ海羽は感心していた。成績は優秀で真面目、さらに学級委員長を務めている。こういうところは、兄の燈葉にそっくりと言えた。燈葉も高校生の頃は真面目だけが取り柄という感じだったのだ。今のように奏斗を利用してこの国を動かそうと企むような人間ではなかった。

「燈葉自身も入れ替わっているとか。それはないかあ」

 何度か考えたことのある可能性が、この時も浮かんでいた。

 しかし、燈葉を別人が演じていると考えるのは無理がある。そもそも彼が情報管理課の課長だと知っている人物が少ない。さらに言えば奏斗に目を付けるというのも燈葉でなければ無理だろう。いくら若手で注目された研究者だったとはいえ、奏斗は支配者に仕立てられるまでメディアに出たことはない。同じ研究分野にいるからこそ優秀で有名であることを知っていたのだ。

「人間は変わるものよ。いくら昔が真面目でも根拠にならないわ」

 また入れ替わりの可能性を持ち出した海羽に、朱鷺は呆れた調子でそう言っていた。奏斗のことを考えると過去と違う行動をしている燈葉も疑ってしまうところだが、この実験の首謀者が別人というのは考えられない。総てを燈葉が企てたとはいわないものの、大部分は燈葉の考えだろう。

「そうですかあ。奏斗さんも付き合っている時に変わりましたか?」

 海羽は納得したものの、奏斗のことは全く疑わなかった朱鷺の発言であるせいでそう訊いていた。

「そうねえ。あいつは特に変わらなかったわね。そもそも気まぐれなのよ。何をするにも自己中だし。そういう点から考えて、支配者には向かない性格よね」

 むっとした朱鷺だったが、奏斗のことを思い浮かべてそう答えていた。昔から奏斗は猫のような男なのだ。気まぐれで自分以外にあまり興味がない。好きになればそれなりにデートはするものの、べったりなんてあり得ないタイプだ。気ままに、自分の思う道を生きる。それが本来の奏斗である。

「そうですねえ。奏斗さんが全国民を管理しようなんて企むとは思えませんよ。それに人が変わるっていうなら、酒浸りになるとか身代を潰すとか解りやすいものでないと変ですよねえ」

 納得した海羽が放った古臭い言葉に、朱鷺は呆れていた。今時の子が身代を潰すなんて言うだろうか。コンピュータに関しては最新の知識を持っている海羽だが、時々言葉のチョイスが古い。

「それより瑠衣について何か解ったの?あなたからすれば今接触している男子二人より気になるでしょ?」

 何だか話題が迷走していると、朱鷺は注意していた。これから高校生二人がここにやって来るというのに不安要素を残したままにしたくない。瑠衣についてどうするか。ある程度の判断が必要なのだ。

「それは気になりますよ。写真を見ると可愛い感じだし、久々に女子トークが出来そうです。朱鷺さんは男勝りなので物足りないんですよ」

 海羽はずばずばと言いたいことを言う。朱鷺は科学者なんてやっていたら男勝りになるのと言い返したかったが堪えた。また話題が逸れてしまう。

「もう少し待ってください。今、面白い情報がヒットしましたから」

 もう元の作業に戻った海羽はそう告げた。しかし目は面白いとの言葉とは違い真剣そのものだった。






 奏斗のメッセージを無事に回収できた颯斗と尊だが、疲れて水路の横にある床にへたり込んでいた。

「下がヘドロになっているなんて」

 足腰が痛くなった颯斗が恨めしそうに水面を見つめた。水の流れは普通だというのに、下にはヘドロがわんさか溜まっていたのだ。おかげで思ったような身動きが出来ず、余計に疲れることとなった。

「いやあ、普段はあんなに深く埋もれていることはないんだけどなあ」

 冬馬は疲れ切った二人に申し訳なさそうに言った。実際にヘドロの中にメッセージを隠したのは冬馬だから、非常に申し訳なく思う気持ちはあった。しかし、実力を測るにはこれくらいしないと意味がない。

「それで、中身は?」

 疲れていても気になるのはメッセージだ。尊は冬馬が手に持つ回収した袋を見つめて訊く。

「そうだな。この場で少し見てみるか。まあ、いつものように泣き言だと思うけどさ」

 冬馬はそう言ってビニール袋を破いた。中にはSDカードと奏斗が手書きしたメッセージカードの二つが入っている。

「これが奏斗の字か。意外と汚いな」

 メッセージカードを渡された颯斗は笑ってしまった。字は小学生と変わらないとは親近感が湧く。どこまでも完璧とのイメージはどんどん崩れていってしまうものらしい。

「このSDカードに映る自分こそ本物ですか。内容も何だか」

 小学生みたいだなと尊も呆れてしまった。これで信じてもらえると本気で思っているのだろうか。しかしただSDカードを流しても興味を持ってもらえないのは確かだろう。作戦としては正しい。

「じゃあ、最初の部分だけな」

 朱鷺たちと確認することになっているからと、冬馬はタブレットにSDカードを差し込むと、流れ始めた映像の最初の場面で停止した。そしてそれを二人に見せる。

「――これが、今の奏斗」

 画面に現れた奏斗の顔に颯斗も尊も絶句していた。痩せてこけた頬。妙にぎょろついた目。支配者としての奏斗はそこには一切ない。そして、入手した写真よりも明らかに変わっていた。その追い詰められた姿に、二人は事態が切迫していることを感じ取っていた。

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