第6話 二重構造

 何とか支配者になることを承諾せずに真広の実験を乗り切ることとなった奏斗だが、ぐったりとベッドに寝ているしかない状態だった。もう心身ともにボロボロである。

「いい加減に支配者になると言って貰いたいね。こっちだって傷つけるのは趣味じゃない」

 奏斗を部屋まで運んでベッドに寝かせた燈葉はお決まりの小言を漏らす。しかし、その言葉は奏斗の態度をますます硬化させるだけだ。傷つけるのは趣味じゃない。そんなものが信じられるわけないのだ。奏斗は燈葉に背を向けたまま無視を決め込む。

「――真広が次の実験を思いつくまでに、よく考えるんだ」

 燈葉は溜め息を吐いてその場を後にすることになる。まったく、奏斗に一切の権力欲がないというのも計算外だ。これだけ強大な権限を用意しても靡かない。

 しかし支配者に仕立てるのを止めることはない。むしろ他の動きが活発になっている今、さっさと支配者にしたいところだ。これは実験としての要素が大きいものだ。それなのに前提となる条件を覆すわけにはいかない。

「相変わらず王子様に手を焼いていますね」

 廊下に出ると、そう声を掛けてくる情報管理課の職員がいた。

「冬馬か」

 燈葉はその姿を確認して顔を引き締めた。朱鷺の元にスパイとして送り込んでいるのだ。冬馬からの報告は大きい。冬馬は報告に現れるだけでもちゃんと情報管理課の制服を着ている。もちろん、あの白衣を模した外套も着用していた。

「課長が唯一思いのままに動かせない相手だ。本当に王子様と呼ぶに相応しいですね」

 冬馬は廊下の壁に凭れたまま愉快そうに笑う。その言葉に、さすがの燈葉もむっとなる。

「そのとおりだな。その点、そっちの方が順調だろう」

 にやにや笑う冬馬に向けて、燈葉は素気ない調子で言う。この時だけは奏斗の気持ちが理解できる燈葉だ。虫の好かないことに対しては態度が悪くなるものだ。冬馬はスパイ行為を請け負い動いてくれる有り難い存在だが、どうにも信用出来ない。本当はこちらの動きを見張っている二重スパイではとの疑いも持っていた。

「順調ですよ。朗報です。ついに海羽のお眼鏡に適う連中が現れました。これで奴らは本気で情報管理課を潰しにかかります。どうします?」

 冬馬は燈葉の警戒に気づいているだろうに、そんな重大な情報をさらっと言ってくる。信頼を勝ち取るなんて気は毛頭ないのだ。それどころか、この先どうするんだといった笑みを浮かべている。

「あの天才少女か。あいつのせいで事態はさらに悪化したようなものだ。しかし敵として本格的に動いてくれるのはいい。どうなっている?」

 燈葉は報告の続きを求めながら海羽を思い出して苦い顔となる。朱鷺だけをテロリストとして動かすつもりが海羽まで向こうにつくとは予想していなかった。以前に奏斗と会って意気投合していたというのが、海羽が朱鷺に加担する理由となっている。それは奏斗の天才性を示すものとしていいのだが、一方で本当の奏斗しか認めないという態度も表れていた。要するに、支配者として振る舞う奏斗が虚像だと知り過ぎている。

 海羽のコンピュータに関する才能は本物だ。こちらが纏まって必死にプログラムを組み立ててもあっさり隙を見つけられる。テロ行為は海羽のおかげで高度なものと化しているのだ。

「海羽が目を付けたのは、課長が待ち望んだ一般市民ですよ。残念ながら文系ではないですけどね。ただ高校生なので知識は未熟です。現在二名を捕捉中」

「ほう」

 該当したのが高校生とは意外だなと、燈葉はそう思った。知識は未熟と冬馬は言うが嘘だろう。何か違うと感じ取っているに違いない。

「どうしますか?このまま泳がせますか?」

 冬馬は以前にも現れた協力者候補たちに行った事前工作は必要かと問いかける。この五年、まともな協力者が現れなかった原因は冬馬にあるのだ。

「ああ。泳がせておけ。高校生となればこちらの使い勝手もいいからな。それと、どちらか奏斗に宛がえないか検証してくれ」

 燈葉が指示を出すと、冬馬はにやりと笑って請け負った。そして何事もなかったかのように去って行く。

「ただ優秀なだけか、食わせ者か」

 冬馬の背中を見ながら、燈葉もようやく気分が上向いていた。呟きは歌うような軽やかさとなっていたが、眼光は鋭さを増していた。








 その頃。海羽はどんどん高校生たちに情報を流し始めていた。接触に向けて、相手がどう動くか見極めるためだ。仲間にするにしても行動力がなければ意味がない。それを試すためのテストに移るため、情報を持ってもらう必要があった。テストは簡単。普段は冬馬がやっている奏斗のメッセージ回収を彼らに行ってもらうというものだ。

「次にセンサーが反応した時にテストします」

 海羽は仕掛けを終えてにんまりと笑った。その報告に、窓際で双眼鏡を覗いていた朱鷺は頷く。

「オッケー。こちらの作業に移って」

 高校生たちを仲間にすることにまだ躊躇いのある朱鷺だが、もう選んでいられないとの思いがあった。だから次の計画を進行すると同時に高校生に接触することにした。奏斗は確実に疲弊している。本人はまだまだ意地を張れると思っているだろうが、周りは時間の問題と思っているだろう。完全に情報管理課の仕立てる支配者になってしまったら、奏斗は戻ってこれなくなる。

「久々の大掛かりなテロですねえ」

 海羽はコンピュータ画面を切り替えて楽しそうに笑う。テロ活動について大きな役割を担っている海羽だが、実働的な面では朱鷺の動きが重要なのだ。被害をもたらす爆薬にしても、彼女の知識がなければ意味がない。

 大学で化学を専攻して研究していた朱鷺の手に掛かれば、威力や被害範囲を調整することが出来る。これが無差別にテロを起こしている連中との差だ。ピンポイントに政府側を攻撃しているからこそ、ネットで騒がれる存在となっている。不法行為であれ、国民の支持を得なければ成り立たないのがこの活動だ。

「間違った労働が行われている実態を知らしめないとね。今後、奏斗を使って何かやるつもりだもの」

 朱鷺は爆弾を仕掛けた方角をじっと見つめる。もうすぐ時間だ。そう思ってすぐ、どんっという響きとともに轟音が鳴り響いた。

「時間ぴったりですねえ。これでICチップを埋め込まれて無理やり働かされていた人たちは逃げられます。生活保護ではなく労働を斡旋するという名のもとに行われていた悪事ですからねえ」

 海羽はそのICチップのデータが攻撃した建物の外でバックアップされるのを防いでいく。

「国民総活躍法の悪用実態。まったく、拡大解釈が過ぎるというものよ」

 朱鷺は無事に終わったことにほっとしながら言う。あの法律が出来た段階ではまだ奏斗の身に何も起こっていなかった。まさかあれがこの実験と称される社会になる前触れだと誰が思っただろう。

 管理される社会は確実に、そして国民の目の届かないところで行われている。朱鷺は奏斗を救うだけでなく、こちらの阻止にも動いているのだ。何もかも正さなければ、情報管理課を潰すことは出来ない。

「さて、どう動くか」

 朱鷺は燈葉を思い浮かべ、試すように呟いていた。





 翌日。夏休み前の高校生は呑気なものだった。相変わらず行われる労働についてのホームルームをサボる颯斗と尊は、暑さを我慢しつつ屋上にいた。

「なあ、昨日トキによるテロがあったな」

 暑いと文句を言いつつも床に寝転ぶ颯斗は尊を見た。あれから情報の精度が上がり、今ではちゃんとトキのことを把握している。それだけに、テロがあったという情報のすり合わせをしたかった。

「そうだな。トキの行動力と正確さも解る」

 タブレット端末を操作する尊は頷きつつも難しい顔をしていた。情報が急に正確に入るようになったのだ。トキにこちらの行動が筒抜けになっていると考えていい。問題はどういう意図をもってこちらに情報を流しているのか。それを見極めなければならないことだ。

「あの国民総活躍法。強制労働までさせるようになっていたとはな」

 一方の颯斗の興味は労働に関することだ。やはり働き方というものを考えて動いているだけに気になる。今まではなされていないと思っていた失業者対策が、実証実験段階とはいえとんでもないものとなっていた。これには驚くと同時に腹が立つ。

「まだ序の口だと思うね。支配者とされている奏斗。彼の能力を利用すればもっと強制労働は拡大されるだろう。あいつ、穂積奏斗の研究は新エネルギーを生み出す可能性のあるものだった。これを進めればもっと労働先を確保できる」

 尊は昨日入手していた奏斗の論文を颯斗に向けて投げた。ばさっと腹の上に乗っかった論文を拾い上げ、颯斗はうげっとなる。英語で書かれているのだ。尊はあっさりとこれを読んで理解したらしい。相変わらずの秀才ぶりだ。

「新エネルギーって。奏斗は情報系の研究者じゃないのか?」

 颯斗は嫌々ながらも論文を読みつつ訊く。今までコンピュータ関連の研究者だと思い込んでいた。なにせIDカードや情報端末を利用して支配しているのだ。

「俺もそれを見るまでそう思っていたよ。ところが奏斗は理学博士であって工学博士ではない。さらに専門は物理学。本当の穂積奏斗はこんな計画を立てることすらしない奴なんだよ。俺たちは、何も知らずに奏斗を恨んでたんだ」

 尊は英語に苦戦する颯斗を見ながら溜め息を吐いた。自分たちが確実に集めていると思っていた情報は嘘で塗り固められていた。これだけでも衝撃だというのに、何がどうなっているのか、トキからもたらされる情報を知る度に解らなくなる。

「じゃあ、本物の奏斗はどこに?」

 今まで知る奏斗が虚像とするならば本人はどこにいるのか。颯斗の疑問は当然だった。

「どこかに隔離されているようだな。それについてもトキから流れてきている。支配者として振る舞うよう、強要されているってわけだ」

 尊の説明に、颯斗の顔が曇った。

「あいつまで、強制的にやらされているのか」

「ああ」

 社会を変えるために奏斗を倒せばいい。そんな単純な図式すら成り立たないのだ。颯斗の呟きに尊は重く頷く。

「本物の穂積奏斗か。会ってみたいな」

 しかし颯斗はすぐに気持ちを切り替えた。奏斗を倒すのではなく会いに行く。これはこれで面白い。今まで勝手に嫌っていた相手に興味を抱いた瞬間だった。

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