第5話 接近

 真剣にトキについて探し始めた颯斗と尊は、意外にもすぐに有力情報をゲットしていた。問題はこれらの情報に罠が含まれていては困るということだ。今日は情報を検討しようと尊の家に集まっていた。

「意外だよな。ちゃんとした情報を得ようと探し始めた途端に色々解るって」

 颯斗があちこちから得た情報をプリントアウトした紙を床に広げながら言う。メモを取るのが面倒で全部プリントアウトしていたら凄い量になっていた。それだけ、ネットには情報が乱立している。

「そうなんだよな。しかも妙なものがたまにあるものの、どれも有益と思われるものばかりだ。これは誰かが意図して操作しているのかもしれないな」

 颯斗と違ってちゃんとノートに情報を整理している尊はスタイリッシュだ。椅子に座ってゆっくりと検証している。

「あんた達って本当に対照的ね」

 その様子をじっと見ていた瑠衣は呆れていた。調べ方も整理の仕方も対照的なのだ。これでお互いに情報がちゃんと集まっていると認め合っているのが恐ろしい。大丈夫かと不安になってしまう。

「まあまあ。颯斗のやり方だって有用なんだよ。どういう情報があったか視覚的に解るからな。ただ、このままでは使い勝手が悪いというだけだ」

「ぐっ」

 尊はどう考えても褒めているようで貶している。颯斗は恥ずかしくなって唸っていた。いつもは尊に言われっ放しでも恥ずかしくないが、今日は瑠衣の前だ。ちょっとは言葉を選んでくれと思ってしまう。

「でもそうね。こんなにも情報があったなんて思わなかったわ。私が調べても出てこなかったというのに、どうやったの?」

 瑠衣はこれといって情報を集められなかったので、一応は颯斗の実力を認めていた。二人は何か工夫をしたということになる。

「ちょっとネットの検索条件を変えるだけだよ。ああいうのって、注目されるワードが上に来て、他は下に行くだろ?そこでトキを検索するにあたってテロリストというワードを抜いていくんだ。例えばこれ、遊びである検索を掛けてみたらこんなのが出たぜ」

 颯斗はプリントの山から目的の紙を探し当てると、そのまま瑠衣に渡した。

「うそっ、トキって女性なの?しかも奏斗の元恋人?」

 渡された瑠衣は驚いてしまう。これはガセネタではと思うものの、テロリスト以外のワードから探されたものだ。信憑性は高い。

「そう。驚くだろ?こっちはジョークで検索しているのにこんなのが出てきたんだぜ。しかもこっちはトキを男だと仮定ているのにさ」

 有力情報だと言いつつ残念そうな颯斗の頭を、尊は思わずノートで叩いていた。

「いたっ」

「まったく、颯斗が馬鹿で助かったな。女性というのは大きな情報だ。これで男となっている情報は削除できる」

 頭を擦る颯斗に、お前はそっちの趣味を疑って検索したのかと睨む尊だ。真面目にやっているのかと思えばこういうふざけたこともする。だから颯斗は優秀に見られないのだ。実際の能力は高いというのに損な奴である。

 しかしこうやって実像に近づけていくのはいい。それに奏斗についても色々と解ってくる。トキが恋人だったという情報も、今では支配者となっている奏斗がそれまでは普通に生活していた証拠なのだ。

「まあ、男好きかもって疑いたくなる気持ちは解るわね。ニュースで見る奏斗って作り物みたいな顔をしているでしょ?あの手の顔って、女嫌いっぽいもの」

 瑠衣が苦笑しながら颯斗の意見を擁護したものの、それはそれでどういう偏見だという話になってしまう。

「まあ、奏斗は無事に異性愛者だったというわけだ。それよりも瑠衣。その作り物みたいっていうのも大きなキーワードだ。案外、あのテレビに出ている奏斗は偽者かもしれないぞ」

 尊は馬鹿な話を打ち切ると、別の情報の話に移った。尊も以前から奏斗の顔の無表情さが気になっていたのだ。そこでトキを検索している間に見つけた奏斗の昔の写真と今の顔を解析していたのである。

「偽者って。まさかロボットとか?」

 颯斗が新たな面白い要素を見つけたと食いつく。あのテレビに出ているのがアンドロイドだとすれば、話はより複雑になるなと思ったのだ。そうなれば、オリジナルの奏斗は何をしているのかという話になってくる。

「いや、さすがにあんな高度なロボットはまだ登場していないよ。あれは特殊メイクかもしれないってことさ」

 尊はそう言うとパソコンの画面を操作した。颯斗と瑠衣は急いでパソコンに近づく。そこにはよくテレビで見ている奏斗の顔と、今より少し若い感じのする奏斗の写真が並んでいた。そして、それは解析するまでもなく違いが判る。若い感じのする奏斗の顔は整っているものの、普通に男前と表現できる顔立ちだった。作り物のような印象はない。

「見ても解るけど、こうやって数値を出すとさ。大幅なずれがあることが解る」

 尊がエンターキーを押すと、解析結果の数値が現れた。それは確かに同じ人物がただ年を取っただけでは説明の出来ないずれを示している。

「本当に偽者かよ」

 颯斗は驚いて呆然と呟いていた。奏斗を個人的な理由で嫌っている瑠衣も驚いて何も言えなくなる。

「案外、俺たちは奏斗以外のものに支配されているのかもしれないぞ」

 ただ奏斗に反旗を翻せばいいだけではない。尊の言葉に、その場はしんと静まり返ってしまった。






 その頃、颯斗と尊の動きはしっかりと朱鷺たちにチェックされていた。検索条件を変えると正しい情報が現れるというのは、海羽が仕掛けたものだ。それを始めた相手は自然とピックアップされることになっている。

「ふふっ、高校生かあ。面白いですねえ」

 海羽は颯斗と尊の個人情報を入手してにんまりと笑ってしまう。今まで一番下だったので、仲間に年下が入るのは嬉しい。それに年の差は三つだ。仲良くできるのではと期待してしまう。何より男子二人というのがいい。ここの男手は冬馬しかおらず、いつも苦労しているのだ。海羽の腕っぷしは残念ながら力仕事には発揮されない。

「他にもお仲間がいるんでしょうかねえ」

 検索をしているのはこの二人というだけで、別に仲間がいるかもしれない。そうなると、情報をもっと集めなけれなならかった。海羽は二人の情報の解析を始める。

 コンピュータの得意な海羽は自然とパソコンの前で過ごすことが多い。今も朱鷺と冬馬が別の作業で外に出ているというのに、一人部屋の中でパソコン作業中だった。

「あら、楽しそうね」

 そこに外での作業を終えた朱鷺が帰ってきた。まだ世間に面は割れていないので変装はしていない。そこは海羽が抜かりなくやっているのだ。朱鷺の今の格好はTシャツにジーンズとラフなものである。

「楽しいですよ。だって、ようやく待ちに待ったちゃんとしたお仲間です」

 海羽はにこにこと笑って答えた。しかし朱鷺は悩むような顔になってしまう。

「二人とも高校生なのよね。未成年を巻き込んでいいのか。ここが悩みどころだわ」

 朱鷺がそう呟くと、海羽は呆れ返った顔になる。

「何よ?」

 見た目からして子どもっぽい海羽に呆れられるとむっとしてしまう。朱鷺は負けると解っていても睨み返していた。

「朱鷺さん。他に選択肢はないですよ。この五年、まともな輩は現れませんでした。大人の方が時と場合によっては馬鹿なんです。ちょっとは柔軟に考えてくださいよ。それに奏斗さんを取り戻して元に戻せば、彼らの行いは正しいものとなります。リスクはないですよ」

 ずばっと正論を述べられ、朱鷺は何の反論も出来なかった。たしかにこの五年間、仲間は一人も増えなかった。海羽も冬馬も昔から一緒にいる仲間だ。奏斗とも面識がある。

 これまで海羽のトラップを潜り抜けて会う段階まで行った人物は何人かいた。しかし、最終的に会ってみると革命家気取りの変な奴ばかり。しかも奏斗が支配者ではないことを理解していない有様だった。

「――どうなの?二人は」

 朱鷺だって仲間は欲しいのだ。三人では何かと限界がある。ここはもう高校生ということに目をつぶるしかなかった。

「実力は申し分ないですね。それに奏斗への疑いもちゃんと持っています。それに二人とも理系というのが助かりますね。基礎から教える必要はなさそうです。成績も優秀です。ちょっと大久保颯斗君におちょこちょいと思われる点があるくらいですねえ」

 くすくすと笑う海羽は楽しそうだ。それにしても颯斗は今頃くしゃみをしているだろう。ちょっとした悪口を言われている。

「接触するわ。もう少し情報を詰めて頂戴」

「はあい」

 朱鷺の了承が得られ、海羽は満足そうだ。朱鷺としても、海羽はほとんど欠点を挙げなかった時点で実力を認めることにした。これまで何人か会った面子の誰に対しても容赦ない批判をしていたというのに、おちょこちょいだけで済むとは快挙である。

「年齢がねえ」

 朱鷺はそこを問題視しなくていいのかと、再び悩んでしまう。これは人生を根底から変えるかもしれない選択なのだ。間違わせてはいけないという思いは消えなかった。





 一方、奏斗はいつものように最上階の部屋に軟禁されていた。そこでいつものように机に向かって頭を抱えている。

 研究が進むというのは、それだけ自分の首を絞める行為なのだ。本当ならばやりたくない。けれども毎日、燈葉の監視の元に研究を進めるしかない。なぜなら真広の実験が怖いからだった。

 真広は何もサディストだから奏斗を苦しめているのではない。真広はロボット工学の研究者であり、最先端の研究を進めている。しかし人間に近いアンドロイドを生み出したいと願うようになってから、人間への飽くなき興味が生まれてしまったのである。

 あらゆる人体の機能を調べ、それがどうして機械では再現できないのかを検証する。そのことに執着していた。その格好の実験材料として選ばれたのが奏斗というわけだ。奏斗の監視に協力すれば、殺さない程度において実験を許可する。そうやって引き抜かれている。

 奏斗としてはそれが拷問でしかないのだ。睡眠と脳の関係に真広が注目すれば、何十時間もの不眠を強いられる。痛覚に関して興味を持った時は最悪だった。危うく去勢されそうになるほどだったのだ。そこは燈葉が止めてくれたものの、真広は奏斗に対して一切容赦しない。

 支配者になれば苦痛から逃れられる。燈葉が用意した逃げ道は破滅に繋がるものでしかない。しかし、現実に逃げ道はそれしかない。

「もう嫌だ。俺は、ただの研究者だぞ」

 何一つ自分の意思では決められない。勝手に外堀を埋められ、逃げられないようにされてしまう。奏斗は嫌で嫌で仕方がなかった。頭を抱えて、少しでも現実を見ないようにするしかない。

「おい、奏斗」

「――」

 呼び掛けられ、奏斗は身を固くした。悩んでいる間に燈葉が部屋に入っていたのだ。また研究を進めろというのか。奏斗はやりたくないと目をつぶる。

「怯えているところを悪いがな、真広の実験に協力してもらうぞ」

「――」

 予想と違って真広の研究に協力しろと言われ、奏斗は思わず縋るような目を燈葉に向けていた。それに自分の研究中は真広の実験に協力しなくていいのではなかったか。

「何だ?その目は。支配者に相応しくないぞ。それに、お前がちゃんと支配者として振る舞えば他の検体を用意するんだ。どうする?」

 意地悪く燈葉は奏斗を追い詰める質問をする。しかし奏斗はどちらも嫌だとそっぽを向いた。だが、意思に反して身体は震えてしまう。やはり真広の実験は怖い。何も知らなかった時のように意地を張れない。

「ほら。そんなに震えているんだ。せめて身体は楽になるよう、支配者としての己を受け入れたらどうだ?ロボットでの代用というのは上手くいかない。お前には、いずれちゃんと国民の前に姿を曝してもらわなければ困るんだよ。今のお前はもう内閣総理大臣より権限を持っている。いいか?お前の実験が法律を生み出しているんだよ」

 震える奏斗の肩に手を置き、燈葉は悪魔のような優しい囁き声で言う。

「そんなの、間違っている。もう止めてくれ」

 しかし奏斗は思い直してくれと首を振るだけだ。燈葉が宥めようとしても聞き入れることはない。

「奏斗。電流のスイッチを真広だけが持っていると思っているなら間違いだ」

「――」

 しまったと奏斗が顔を上げた時には遅かった。燈葉が隠し持っていた電流のスイッチを押し、右腕から強烈な電流が全身を駆け巡る。

「ぐっ」

 痛みに耐えきれず、奏斗は椅子から転げ落ちた。しかし、燈葉はそれでもスイッチをオフにしない。そのまましばらく痛みが全身を駆け巡った。

「素直になれよ。どうせお前はここにいるしかない」

 電流が消えてもまだ痺れる身体に呆然とする奏斗に、燈葉は無情な言葉を浴びせる。

「お前」

 どうあっても支配者として振る舞わせる気かと奏斗は睨んだが、身体はまったく動かなかった。

「行くぞ」

 そんな奏斗を、燈葉はいつものように担ぎ上げる。そして奏斗が素直になるまで続く拷問へと連れて行くのだった。

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