第3話 現実と実態の乖離

 しばらく粘っていた尊だが、本当に正しい情報が現れずに音を上げた。

「なるほどね。国家に関する情報まで操作されていたとは、さすがは奏斗だな。何を真実と信じていいかさえ解らないというわけだ。今までも調べていて解らないことだらけだったが、これには困ったな」

 高校生だけで進めていくことの限界というヤツだろう。尊も今まで情報の選別には気を配っていたが、警察庁の情報にまで嘘が紛れ込んでいるとは考えてしなかった。そもそも、こういう情報は比較対象がないせいで余計に正確性が解らない。

 つまり、ネットから得られる警察庁情報管理課の燈葉のデータと、瑠衣の知る燈葉の情報はほぼ一致しなかった。というより、合ったのは性別くらいだ。二つしかないものまで偽っても仕方ないということだろう。これで解ったことは、今の国は必要とあれば個人情報すら操作するということである。

「私もお兄ちゃんに関することがなければ、これほど奏斗に不快感を持つことはなかったわ。だって、今までもビッグデータという形で情報は集約される傾向にあったのよ。個人情報は入っていないなんて、どこまで信じられるか解らないものだったし。だからIDの導入もついにそういう時代が来たかくらいで済ませたわ。でも、あいつは人一人の存在を平然と消している。お兄ちゃんは消えたわけではないけど、情報は全くの赤の他人。こんなのおかしいよ」

 瑠衣は一気に話すと大きく息を吐いた。ずっと抱いていた疑問を誰かに話したのだ。どっと疲れが押し寄せる。二人が奏斗に対していい感情を持っていないという安心感がなければ、ここまで言うことは出来なかっただろう。

「なあ、生きているって確証はあるのか?」

 ここまで情報を改竄されているとなると、情報管理課に勤めたということも嘘かもしれない。颯斗はそう思ったのだ。

「生きているわ。年に何度か、ここ二年はあまり来なくなったけど、手紙を書いてくれるのよ。メールは管理されているし自由に書けないからって。そこに写真も入っていて、生きているのは確かだわ。筆跡もお兄ちゃんのもので間違いない」

 瑠衣はそう言うと、ノートに挟んでいた写真を取り出して二人に見せた。持ち歩いているのは今年に入ってから来た、最新の写真だ。

「へえ。頭良さそうな人だな。情報管理課に入れるくらいだから当然か」

 写真を受け取った颯斗は思わずそんな感想を漏らしてしまう。いかにも真面目な顔立ちに、正義感の溢れる印象。制服を着ているせいか余計にその印象が際立っている。

「馬鹿。情報がないかちゃんと写真を見ろ。制服は情報管理課のもので間違いないな」

 顔の感想を言ってどうすると尊は颯斗の頭を叩いた。せめて情報管理課に関する何かが写っていないかと見つめる。

「この制服ねえ。ニュースで奏斗と一緒にいる連中もちゃんと着てるもんな。にしても白衣みたいな黒いコートって変だよな。制服も警察のものと違って黒に近いし」

 颯斗は頭を擦りつつもまだ見た目の方が気になっていた。こういう風に制服が違うとなると、特殊な存在という感じが強くなるものだ。

 写真から何か読み取ろうというのは無理だった。後ろには観葉植物が写っているものの、窓際にいるせいで他にヒントはない。どこか高い建物の一室で撮ったということだ。窓の外に建物の影もない。

「それにしても職員情報までデタラメか。やはり、自分たちだけで何とかするというのは無謀だな」

 尊は写真を瑠衣に返して悩む。

「止めておくのが賢明よ」

 瑠衣はこうなるだろうと予想していた。いくら尊が優秀でも国に太刀打ち出来るわけがない。思わず燈葉のことを話してしまったが、望みがないことは解っていた。

「いや。俺たちは奏斗を止めるよ。このままじゃあ悲しい未来しかないだろ?それに、今解ったことは正攻法は無理ということだけだ。ならば別の手段に頼るしかない」

 再び寝転んでいた颯斗がにやりと笑う。

「トキか。まあ、他に当てはないな。しかし、接触するならば生半可な覚悟では駄目だ。解っているのか?」

 尊は渋い顔をしながら颯斗に訊いた。それはある意味で最終手段だ。

「トキ?」

 一体何の話だと、瑠衣は疑いの目を二人に向けた。トキが何を指すのか解らないが、怪しいものであるのは間違いない。

「ああ。真面目な瑠衣が知るはずないか。超有名なテロリストだよ」

 けろっと言ってのける颯斗に、瑠衣は思わず眉間を指で押さえていた。





 奏斗が運び込まれたのは、七階という中途半端な位置に設けられた研究室だった。これも奏斗が逃げ出さないための工夫というヤツだ。上からも下からも追い駆けることが可能。逃げ道は防火扉を閉じれば防げてしまう。何とも嫌な場所だった。

「何をさせる気だ?」

 まだ薬が抜けていないこともあり、ソファに寝転んでいる奏斗は力なく訊ねた。社会の実態を知らされていない奏斗だが、どういうことが起こっているか薄々と解っている。それに導入されたシステムや発明品を無理やり作らされているのだ。何がしたいかなんてすぐに読み取れる。それが社会に悪影響を与えると解るからこそ、奏斗は支配者にならないと言い張っているのだ。

「安心しろ。今日は苦手なプログラム作りではない。お前の研究分野だよ。これを進めてもらう」

 ソファに寝転ぶ奏斗に、燈葉は持っていたタブレットで研究内容を見せた。さらには研究計画まで見せる。

「それは――」

 自分が連れ去られる前まで見ていたデータや懐かしい単語や数式に、奏斗の目が大きく見開かれる。

「どうだ。この続きが出来るんだぞ?これならお前も率先してやれるだろう」

 燈葉は懐柔するように笑った。しかし、そこに裏があると解っている奏斗はぷいっとそっぽを向いてしまった。燈葉が次に何か思いついたのは確実だ。それがたまたま以前の研究と被っただけである。自主的にやりたいとは思えない。

「お前に拒否権はない。さっさと進めろ」

 燈葉は奏斗の髪を掴んで自分の方を向かせる。まったく、支配者として最適な人材だが、手が掛かって仕方がない。どれだけ痛い目に遭っても学習しないのだ。

「嫌だ。お前、これを実用化するつもりなのか?」

 掴まれた髪を押さえながら奏斗は睨みつける。

「そうだよ。これは支配者穂積奏斗の新たな戦略となるんだ。管理社会に引き続き、今まで解決できなかった労働問題の解決の糸口を示す。新たな産業を興し、そこに人員がいるという名目で失業者を集める。どうだ?」

 燈葉は意地悪く笑うと、もう動けるということが確認できたので奏斗を引っ張り起こした。とことん嫌われてもらわなければ、実験として成り立たない。ここはもう一段階進める必要があるのだ。

「嫌だ!俺は支配者じゃない。それに、ここは資本主義の国だ。国家が勝手に労働を制限していいはずがない!」

 奏斗はまだ緩慢にしか動かない身体を必死に動かして逃げようとする。しかし、燈葉の腕を振り解くことも出来なかった。

「ふん。お前が正論を言うとはな。真広」

 面倒だと、燈葉は奏斗を床に突き飛ばした。そして薬を使わずに電流だけ流すよう指示する。

「ぐっ」

 電流だけの時は本当に容赦がない。奏斗は床をのたうち回ることとなる。しかし、何度これを経験しても素直になろうとは思わなかった。何もかも間違っているのだ。いつか、自分が正しいと証明しなければならない。電流が途絶えた隙に、立ち上がろうともがいた。

「逃がすわけないだろ」

 そんな奏斗を、燈葉は悠々と持ち上げる。そして無理やりパソコンの前にある椅子に座らせた。

「おい」

 燈葉がそう言うと、慣れた調子で真広はロープを差し出す。そして暴れる奏斗を二人がかりで椅子に縛りつけてしまった。

「何で俺なんだよ?この研究だって、他の奴もやっていることだろ?俺は何一つ特殊じゃない」

 奏斗は右腕だけロープから外れていることを利用して燈葉の制服を掴んだ。今から研究をさせるというのに利き腕まで結んでしまっては意味がないと言うわけだ。

「お前は十分特殊だよ。無自覚とは、本当に天才はこれだから困る。いいか、これをやっている間は真広の研究に付き合う時間が減るぞ。駄々をこねれば、今日から一週間、みっちり真広の実験の被験者となってもらう。どっちがいい?」

 燈葉は奏斗の手を捕えてぐっと力を入れた。細くなった腕はこれでも折れてしまいそうだ。

「――っつ」

 最悪の選択が二つ並んだ状況に、奏斗は唇を噛むしかない。痛みよりも、自分の自由がない事実が大きく圧し掛かってくる。

「奏斗。答えてもらおう」

 もう抵抗はないと解った燈葉は手を離して改めて問いかける。

「――研究をするよ」

 いつもいつも、最終的にはこうやって飲まさせられる。奏斗はどんなに嫌がっても支配者として仕立てられていく現実が悔しかった。

 真広の研究を正確に知らない間は、もっと意地を張れていた。しかし内容を知ってしまうともうダメだ。あんな猟奇じみた実験の犠牲になるくらいなら、ここで無理やりでも研究に従事していた方がマシだと思えてしまう。

「よろしい。三時間はこのままでいろ。真広、監視を頼む」

 燈葉は奏斗に関してはこれでいいと頷いた。真広も無表情に敬礼するだけで無駄口は叩かない。

「――」

 大人しくパソコンを起動した奏斗だが、燈葉の後ろ姿を見てまだ何かやる気なのだと解った。それはきっと、自分も大きく関わることだろう。結局、燈葉は奏斗が誰かに殺されるのを望んでいるのだ。

「はあ」

 溜め息を一つだけ吐くと、奏斗は真広の睨む目が気になってすぐに研究を始めていた。

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