結末
そうして男は、老人の語る亡国の歴史の物語を聴いたのだった。
夕暮れの気配がひたひたと近づいてきている。
「しかし旅人よ。あなたはいずこで、我が国のことを」
「旅を、もう長くしておりましてね。石碑を壊して回っているんですよ」
「ほう。石碑を壊す、とは」
「簡単です。街や街道や名もなき地の、気に入らない石碑を、片っ端から打ち砕く……」
老人は、困惑したようだった。
「……そのようなことをしたら歴史が正しく伝わらぬ。石碑というのは歴史を残すためにあろうよ」
「このあたりには石碑はないんですね。……歴史、残さなくっていいんですか。あなたがたの家族みたいな王国。美しかった水の都じゅうが炎に狂った、凄惨な戦いのことを――」
「なぜ、そのことを。おまえ。もしかしたら。――何者」
老人は叫んで立ち上がり、草の上に置いてあった古びた槍を、男に向けた。だが槍の存在なぞに気づいていない男でもない。すぐに自身の剣を抜き、老人の首もとに突きつける。
音もなく。老人は、唯一の武器を取り落とした。
「我が皇帝は善良ではなく、戦に強く」
男は、切っ先を老人の喉に当てたまま静かに言う。
「皇子時代に、先王に手柄を立てたいがために。手っ取り早くあなたがたの王国を滅ぼしたことなど、もう皇帝にとってはどうでもいい過去だ。……時が経った。王の治世は安泰だ。善政とばかり民は思っている。我が王は平和をこよなく愛するふりさえされているのだ。ゆえに、そのためには」
「歴史が、邪魔だと、いうわけか。私たちの国を故郷をそんな理由で滅ぼしておいて今度は――」
「御名答」
男は小さくつぶやくと、犬歯を見せた。
我が忠誠を誓った偉大なる皇帝のため。それが石なら、打ち砕き。それが人なら、殺すのみ。
断末魔と血しぶきが、暮れなずむ草原に響きわたった。
石碑 柳なつき @natsuki0710
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
帰りの電車で書く日記/柳なつき
★39 エッセイ・ノンフィクション 完結済 45話
ただの、ただならない、創作日記。 ~総集編~/柳なつき
★63 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1,167話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます