第60話

 いきなりの事でした。

 ここにレナードが現れるとは思っていませんでした。

 私達が集めた情報では、ドルイガ殿に勝つための修行をしていたはずです。

 厳しい実戦訓練を自分に課すために、単騎で大魔境に向かっていたはずです。

 とてもこんな短期間で戻って来れるはずがないのです。


 ですが、現実として魔道具の映像にはレナードとドルイガ殿が映っています。

 映せる範囲が限られていますので、屋敷の周囲全ての映像を映せる魔道具がある、執務の間に移動することにしました。

 ですが油断した訳ではありません。

 まだ見つかっていない隠れ家に、家族が一度に安全に転移できる魔道具を用意しています。


「凄まじい努力をしたようだな」


「はい、レナードには頭が下がります」


 映像の魔道具を通じてみているので、とても限られた映像です。

 ですがその映像に映し出されるレナードとドルイガ殿の戦闘は、ほぼ互角です。

 私達が集めた情報では、レナードの方が明らかに弱かったはずです。

 こんな短期間に縮められる実力差ではなかったはずです。

 それが、互角に打ち合っているのです!


「ここでレナードが勝つようなら、皇国との工作は隠蔽しなければいけないな」


「その方が苦労のし甲斐がありますよ、貴男」


「ですが父上、母上。

 互角の方が困ります。

 レナードでもドルイガでも構いません。

 確実に勝ってくれた方が、安全に全てを賭ける事ができます」


 父上も母上も方針転換を口にしています。

 デリラもそうなんですが、口にする事が情け容赦ありません。

 私の安全を最優先にした考え方なのでしょうが、レナードの努力が台無しです。


「ねえデリラ。

 少しはレナードの努力を認めてあげたら」


「それは無理です、御姉様。

 レナードが本当に御姉様の事を愛しているのなら、一旦ドルイガに奪われても、確実に勝てるようになるまで待つべきでした。

 それを中途半端な状態で戦うなんて、最低最悪です。

 ここでドルイガを斃せなかったら、ドルイガも命懸けで修行するでしょう。

 そうなったら、レナードがどれほど努力しても、二人の戦いは互角のまま平行線です。

 そんな事になったら、ハント男爵家は方針が定まらず、御姉様が危険な目に会う事になってしまいます」


 私の事を最優先に考えるデリラらしい結論です。

 父上も母上も同じ考えのようです。

 ですが私は、レナードの短慮を少し嬉しく思っています。

 私をドルイガ殿の手に渡したくないという執着が嫌なら、デリラの想いも嫌になっていたでしょう。

 私は妹としてデリラを心から愛していますし、レナードも幼馴染として貴族の結婚相手として好ましく思っています。

 出来る事ならレナードに勝ってもらいたいのです。

 

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