第32話

 本領地の本城に転移出来て、ようやく少し安心出来ました。

 王都屋敷にいる間は、何時襲撃されるのかと、常に恐怖感がありました。

 こんな感覚は、ブリーレに狙われていた時にも感じませんでした。

 本能がドルイガを恐れているのかもしれません。


「貴男、御無事の御帰還、お慶び申し上げます。

 ヴィヴィアンもデリラもよく無事に戻りましたね。

 もう何も心配しなくて大丈夫ですよ」


 本城の隠しの間に転移すると、直ぐに母上がやって来てくれました。

 本城であろうと、何があるか分かりません。

 味方が本城を確保している保証がない限り、隠しの間から出ることはないのです。


「留守の間よく領地を守ってくれた。

 礼を言うぞ、アリアナ」


 父上が母上をねぎらっています。

 アイコンタクトのなのでしょうか?

 確かな愛情の交流が、見つめ合う二人の視線に流れている気がします。

 私とレナードではこうはいきません。


 恥ずかしくなるほどの熱い視線を交わされる父上と母上の邪魔をするのは心苦しいのですが、私もお礼を言わねばなりません。

 そして何よりも先に、度重なる心配をかけている事を詫びねばなりません。

 私が悪い事をした訳ではありませんが、尋常一様ではない心配をおかけしているのは確かなのですから。


「母上、今戻りました。

 御心配をおかけして申し訳ありません」


「戻りました、母上。

 ドルイガは強敵です。

 レナードでも斃せなかったようです。

 転移魔法陣を複数用意してください」


 私に続いてデリラが挨拶とお願いをします。

 ハント男爵家の知恵袋、参謀とも言えるデリラですが、父上には強く意見出来ても、母上には強く出られません。

 世間では政商とも辣腕商人とも言われる父上ですが、本当は母上の掌で丸め込まれています。


 いえ、正確にはそうではないですね。

 相思相愛の夫婦。

 獣人の番いのように、強い方の言いなりになる呪いではなく、互いを助け高め合う最高のパートナー。


 最初は他者を傷つけ潰してでも利益を上げるだけだった父上が、母上をパートナーに得て、商売相手にも利益を与える一段上の存在となり、単なる悪徳商人から政商、遂には貴族に叙せられるまでの漢に成長されたです。

 世間的には、父上が金の力で母上を強引に妻にしたと思われていますが、そんなことはないのです。


 母上は父上を利用する事で、今まで発揮する事の出来なかった商才と社交の才能を、思う存分使えるようになったのです。

 没落寸前の子爵令嬢では出来なかった事も、莫大な富を持つ商人の婚約者、男爵夫人なら思う存分発揮できたのです。

 でもそれが裏目に出てしまい、ハント男爵家を躍進させるはずのオースティン侯爵家との縁組が、国を巻き込む大騒動となってしまったのです。


「分かっていますよ、デリラ。

 こちらで用意できたことを話しておきましょう」


 さて、母上はどのような準備をしてくださったのでしょう?

 

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