第49話 願い事
流星群が降り続いている。
尾張さんの手を握る。その手は暖かかった。
「尾張さんの手って暖かいんですね」
「幽霊なのにとか言わないわよね」
言葉狩りはよくないと思います。
先に言われてしまったので、お茶を濁す。
「もう一回、願い事しませんか?」
「願い事?」
尾張さんは不思議そうに首を傾げる。
その顔に笑みを返して、僕は空を見上げる。
「今度は、ずっと一緒にいられますようにって」
その言葉を聞いた尾張さんは、頬を赤く染めながら、
「よくそんな恥ずかしい台詞を真顔で言えるわね。紀美丹君」
と、茶化してくる。
僕にも僅かばかりの羞恥心はあるので、ついつい、
「尾張さんのさっきの告白の台詞もなかなかだと思いますけど」
と、売り言葉に買い言葉で言ってしまう。
「これは、戦争の始まりかしらね?」
「えぇ。その宣戦布告受けましょう」
僕は空を見上げながら、尾張さんに言う。
「そもそも、尾張さんは酷いです。あんなことまでしておいて僕のことを記憶から消去するなんて」
「あんなことって何よ。別に好きで記憶なくしたわけじゃないわよ!」
尾張さんが握る手に力を込める。
「あんなことって言ったら例えばあれとかあれとか、口に出すのも憚られるようなあれとか」
「口に出すのも憚られるようなことをした記憶なんかないんだけど! 勝手に記憶を捏造するのは辞めなさい!」
尾張さんの手に更に力が込められる。ちょっと痛い。
「大体、紀美丹君。人に好きだとか、結婚してとか言っておきながら、結局一度も手を出したりしなかったじゃない!」
「え? 手を出して欲しかったんですか?」
尾張さんの顔に目線を移す。尾張さんは、顔全体が真っ赤になっていた。
「違うわよ! 揚げ足を取るのはやめなさい!」
「尾張さんってムッツリだったんですね」
尾張さんの手の力が過去最高に強くなっている。というかこの人いつのまにか両手使って、僕の手を潰そうとしている。
「ちょっ痛たた。尾張さん! 照れ隠しに僕の手を握り潰そうとするのはやめて下さい!」
「照れ隠しじゃないわよ! 遺憾の意の表明よ! 私がムッツリとかいう紀美丹君に全ての責はあるわ!」
尾張さんは頬を膨らませながら、握力にものを言わせて僕の手のひらをゴリゴリいわせるのを辞めない。
「痛たたた。砕ける! 砕けます! 僕の左手が! 別に気にすることないですよ! 人間誰しも性欲という名の呪いに縛られて生きていかなければならないってエロい人が言ってました!」
「誰よエロい人って! そんなのの言うことを鵜呑みにするのは辞めなさい! その人がただの性欲魔人なだけじゃない!」
ごもっとも。どうやら、痛みでまともな思考から離れていたようだ。
尾張さんは、一度ため息をつくと両手の力を抜く。
「一度休戦しましょうか。戦争は何も生まないわ」
「えぇ、そうですね。どうやら犠牲は僕の左手と尾張さんのムッツリ疑惑だけで済んだようですし」
尾張さんの手にまた力が込められる。
「私の尊厳をやすやすと踏み潰すのはやめなさい」
「ごめんなさい。僕の左手を握り潰すのもやめてください」
左手の感覚がなくなってきている気がする。気のせいだと良いなぁ。
「まったく。それで、願い事するんだったかしら?」
口元を尖らせて拗ねたように言う尾張さん。それに笑いながら返す。
「はい。しませんか?」
その言葉に相貌を崩す尾張さん。
流星が降る闇夜の中、僕達は同じ願いを星に祈る。
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