第43話 私服

 マンションのエントランスで下を向いて尾張さんを待つ。

 先程の、彼女の母親とのやりとりが思い出される。

 何が正解で、どこを間違ってしまったのか。溢れてくる後悔を何度潰しても、どう行動すれば良かったのかいくら考えても答えは出なかった。


 しばらく考え事をしていると、いつのまにか尾張さんが後ろに立っていた。


「おまたせ」


「いえ。えっ⁉︎」


 悩みが一瞬で消え去るほどの衝撃だった。

 

「尾張さん私服持ってたんですか⁉︎」


 尾張さんの姿は、桃色のアウターにスカートを合わせた私服だった。


「あなたが私をどう見ていたのか、なんとなくわかった気がするわ」


 私服を持ってないわけがないでしょう。そう言いながら、尾張さんはくるりと僕に背を向けると、外へ歩いていく。


「いや、そもそも制服以外着れたんですか?」


「よく分からないわね。うちにあった服を触ったら、自然とこの格好になっていたわ」


 なにその便利機能。ちょっと羨ましい。


「もしかして、僕の制服に触っても変化とかするんですか?」


「やらないわよ?」


 にべもない。


 尾張さんは、白い息を吐きながら、駐輪場から自転車を持ち出してくる。


「ほら、さっさと行くわよ?」


 尾張さんが自転車に跨り、先頭を走る。


 これ、僕以外の人が見たら自律走行する自転車とかいうSFな存在になってそうだなぁ。

 僕は少しワクワクしながら、尾張さんの背中を追いかける。


 夕暮れに赤く染まっていた空は、いつのまにか日が落ち、青い闇が迫っていた。


 真っ暗な闇は街中では既に駆逐されてしまったのだろうか。


 道にできた水たまりが、街灯と時折走り抜ける車のライトの光で、赤や緑にきらびやかに照らされる。


 雨上がりの澄んだ空気の中に、時折燻る紫煙に顔をしかめる。


 ビル街を抜け、郊外に出るとちらほらと自然が増えてきていた。


 空には、一番星が輝いている。

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