第37話 紀美丹と尾張の休日

 夜更から降り出した雨が、雨垂れを打つ音が響く。

 久しぶりの休日ではあったが、連日の疲れで何かをする気にはなれなかった。


 ダラダラと、何をするでもなくベッドで横になっていると、スマホがメッセージの受信を告げた。


『紀美丹君。流星群を見ると言っていたけど、必要なものは準備したの?』


 どうやら、尾張さんからのようだった。


「尾張さんって休みの日も出現するんだ」


 まるでどこかの、ポケットに入れて持ち運べる伝説のモンスターのような扱いだが、素朴な疑問が一つ解消された。


『はい。テントはもう部室に用意してあります』


『テント? キャンプでもする気なの?』


 購入したの尾張さんなんだけどなぁ。まぁ、記憶のない人にそんなことを言っても仕方ないので、


『山に行くので、あった方がいいとビフォー尾張さんが言ってました』


 と、アフター尾張さんに連絡しておく。すると、すぐに返信が来た。


『ビフォー尾張って何よ。まるで私がアフター尾張みたいじゃない』


『アフター尾張って、なんか卑猥ですね』

 

『紀美丹君の変態的妄想に、私を巻き込まないでもらえるかしら』


 アフター尾張って送ってきたのは尾張さんなのになぁ。まぁ、ちょっと狙ってたんだけど。


『変態的だなんて一体何を想像したんですか、尾張さん?』


『セクハラよ。訴えるわ』


 一瞬、ひやっとしたが。よく考えると、尾張さんってもう人権とか関係ないんだよなぁ。

 死体に口無しという奴である。幽霊だけど。


『どうやってですか? 尾張さん弁護士とか頼めないじゃないですか』


『いつから、裁判所に訴えると思っていたのかしら?』


 なんだと。


『椎堂さんに訴えるわ』


『やめてください死んでしまいます。社会的に』


 というか、学生生活が終わる気がする。


『これに懲りたら、その変態性を少しは抑える努力をすることね』


 失礼な。僕は健全な男子高校生なので、変態性などというものとは月とスッポン程にかけ離れているというのに。


『ところで、話は変わるんですが、キャバクラのアフターって本当に存在してるんですか?』


『話がまったく変わってないじゃない。そして、私にそれを聞く紀美丹君は割と末期だと思うわ』


 酷い。純粋な好奇心なのに。


『いや、でも実際気になるじゃないですか。ドラマとかだとよくそういうシーンありますけど、現実にあったりするのかとか』


『あなたにもいつかわかるわ。あなたが女の子になったとき』

 

 まるで僕が将来女の子に変化するみたいな事を言うのはやめてほしい。


『言外に一生わからないって言ってますよねそれ?』


『あら、そうでもないわよ? タイとかオススメ』


 手術前提⁉︎


『しないですからね? 僕は息子を捨てたりしません‼︎』


『いきなり下ネタをぶつけてくるなんて、さすが変態ね』


『理不尽⁉︎』


 そもそも、仮に何かの間違いで女の子になったとしても働く場所はキャバクラではない。そこはオカマバーである。

 結局その謎は僕には一生解けない気がした。


『そもそも紀美丹君はキャバクラには行けないからその謎は解く必要性すらないわ』


 尾張さんが元も子もない事を言う。


『僕だって将来行くかもしれないじゃないですか』


『それはないわね。キャバクラって女の人と接点がない人が行くところでしょう?』


 それは、なかなかの偏見だと思う。しかし、この台詞は。


『その台詞は、尾張さんがずっと一緒に居てくれるってことでいいんですか?』


『ちょっと何言ってるかわからないわね』


 まさか、尾張さんからプロポーズされる日が来るなんて。そんな、感動をこめて、


『尾張さんゲットだぜ!』


 とメッセージを送る。


 その後、返信はこなかった。

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