第17話 好きだったのよ

「私ね、尾張さんのこと好きだったんだ」


「いきなりそんなカミングアウトされても困るんですが」


 そう返した僕の言葉に、椎堂さんは苦笑いで答える。


「別に、恋愛感情とかじゃないよ。友達として」


 好きだった。と椎堂さんは付け足した。


「でも、だからこそ、自分の不甲斐なさを許せなかった。私ね、尾張さんと中学校も一緒だったんだ」


 彼女は自嘲気味に話す。


「尾張さんって、あんな性格だったじゃない。だから、中学生の時も周りから浮いてた。でも、なにやらせても完璧にこなしちゃうから、嫉妬されて嫌がらせされたりして。それでも、そんなの意に介さない」


 そこに憧れた。彼女の隣に居たいって思った。椎堂さんは、遠い日の思い出を懐かしむように、窓から見える夕日に目を細めながら語り出す。


 尾張さんの表情は、僕からは見えない。しかし、耳が紅潮しているのはわかった。


「だから、いっぱい努力した。運動はあまり得意じゃなかったから、せめて勉強で彼女と並び立てるぐらいになってやろうって。だけど、結局最後まで尾張さんには勝てなかった」


 椎堂さんが僕の方に視線を向ける。


「尾張さんがテスト前に猫動画見てたって言った時、思っちゃったんだ。私、何やってんだろうって。努力しても、届かない。そんな空の上の人の隣に立ちたいだなんて」


 本当に、馬鹿みたい。その言葉は、僕の感情をささくれさせた。彼女の自虐的な言葉は、彼女自身に向けられているようで、その実、僕にも向けられているように思えた。


「そう考えちゃったら、もうだめ。尾張さんと顔を合わせても、どんな態度をとればいいか、何を話せばいいのか、もうわかんなくなっちゃった」


 悲しげに笑う。


「だから、尾張さんが亡くなったって聞いた時、悲しかったし、犯人が許せないって思えたけど、でも、少しホッとしてる自分に気づいたの」


 もう、努力する必要がなくなったんだって。と、話す彼女の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。

 だからこそ、僕は、何か言わなければいけないと思った。


「最低ですね。椎堂さん」


 違う。


「知ってる」


「尾張さんは、そんなこと望んでなかったと思います」


 そうじゃない。


「わかってる」


「尾張さんは、僕に言いました。もっとうまく人と関わりたいって」


 彼女の思いは。本当に望んでいたのは。


「・・・・・・」


「尾張さんだって好きで天才になったわけじゃない。なんでも出来るからって、独りでいたいわけじゃない。あなたが、友達としてすべきだったのは、彼女に追いつくことじゃなくて、ただ隣にいることだったんじゃないですか?」


 友達でいるのに、資格なんていらない。そう、吐き出すように言った言葉は、椎堂さんに言っているようで、しかし、自分に言い聞かせているようだった。


「わかんないよ。そんなの」


 椎堂さんの鬱血するほどに強く握りしめていた掌から力が抜ける。


「ところで、二人とも私がここにいること忘れてないかしら」


 忘れてた。

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