おじさまの葛藤 (回想)

【勉強を教えてもらうようになった年、中学3年生の冬……】



年の瀬の近づく頃、おばさまが体調不良を訴えた。ご本人としては疲れが溜まって風邪でも引いたのだろうと感じておられ、 “年末年始は病院もお休みに入るし、一応診てもらっておこう” 程度に家を出られたそうだ。


心配をするおじさまの勧めで大きな病院を受診されると、悪性の腫瘍が見つかってしまう。検査の段階で即入院となり、年末年始は病院で過ごされることになった。


連休を挟んだ事も影響して、必要とされる全ての検査を終え、結果が出たのは入院してから3週間近くが経った月曜日だった。初日にCTやレントゲン画像を資料として、ある程度の説明は聞いていたおじさまと、この時は裕泰くんも交えて検査結果の詳細と病院側の今後の治療方針が説明された。


「周辺組織へも浸潤していて、遠隔転移も認められており、手術は行いません」



  昨年春に人間ドックに入り、精密検査を受

  けた時には、どこにも異常が無かったのに

  どうして……



悔しさで一杯になった裕泰の父、勝功かつとしは、静まり返った病院の廊下の壁を殴り、大きな叫び声をあげた。


正月休みを利用して様々な事を調べる中で、真偽のほどはわからないが “切除手術が出来ると出来ないとでは、生存率に雲泥の差がある” という情報を得ていた勝功は今の方針を受け入れられず、より適した専門性のある所へセカンドオピニオンを求める趣旨を病院側へ伝えた。


早い内にと、同じ週の金曜日に何とか予約を入れて貰えるようにして、用意された書類や資料を手に勝功ひとりで話を聞きに行った。データを読み込む所から始まり、当初予定の30分では収まりきらず15分延長をして、質問や、半分はお願いに近い相談という形で時間が流れた後、


「切れてもほんの少しです」


 という回答が出された。


“本人の意志を最優先に” との思いは先生と一致していて、病室で倦怠感や背中、腰の痛みと闘っている妻、清奈せいなに、どうしたいかを土曜日の午後、聞き出す事にする。



膵臓に腫瘍が見つかったという事は主治医に聞いて認識はあるものの、その程度や状態等に関しては裕泰の強い希望により、本人には知らされていない。


「ちょっと場所が良くないみたいだな。血管が沢山通っていて……」


「切除するにしても、放射線でもう少し小さくしてからになるそうだ……」


「勧められたのは、主に投薬でって事だったけど……」


そこに決して嘘は無く、だが奥歯にものが挟まったような歯切れの悪い口振りをしていて、清奈を不安にさせたくないという一心で浮かび上がる不自然な笑顔と額の汗と一生懸命さは清奈の心に深く突き刺さっていた。


「そうなんだね……」


笑みを浮かべてそのように言った後は、


「どうしようかなぁ……?」



と、15時を過ぎ、穏やかなオレンジ色の陽射しが注がれる静かな部屋の中、ベッド上で上体を起こして決して暗くはない声で独り言のように呟き、しばし続く清奈の、目を閉じて考えを巡らせている間の無音の時間に、勝功は複雑な思いで寄り添っていた。



  ……………………



10分近くは経った頃だろうか、清奈は出していた両手を布団の中にしまい、まるで自分を落ち着かせるように顔の方までゆっくりと布団を上げて、手術は受けない意志を伝えた。


「だって早く家に帰りたいもん」


そう言って笑う清奈に、


「そうか、そうだよな。薬物治療で治せるならそれに越したこと無いもんな。身体にメスを入れることも無いし、負担が減らせるよな」


家に帰れるなんて保証が有るのかさえわからない現状で、どうにかして清奈を勇気づけられる言葉は見つからないかと頭の中をフル回転させながら絞り出した言葉がそれだった。


「今日は、裕泰は……?」


「僕が来るから裕泰は家に居ろって言っておいた。勉強してれば良いけど」


帰りにはスーパーで、裕泰が好きな味のインスタントのカレーライスに何かサラダでも付けて買って食べさせてやって欲しいと伝えられ、週明けに揃って主治医と話をする約束をし、病室を後にした。



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