… 15


いよいよ週末、会食の日が来た。家族同士で食事に行く際は、お互いの家から行きやすく中間点くらいの距離になる中目黒とか代官山のお店がチョイスされることが多く、今回は代官山のグリル料理屋さんだった。


前日までに着ていく洋服は決めていたけれど、当日の午後になってこっちの方が良いかな、などと悩んだりしている内にあっという間に出発時間がせまってくる。気取ったお店ではないらしいのでカジュアル目で行こうと思う。


「もうすぐタクシーが来るからな」


パパ自らが部屋の前まで来て、開いたドアの隙間から中を覗くことなく遠慮がちにそう告げてきた。


17時半過ぎにお店に到着すると、山中家の二人は先に入っていた。既にコース料理が注文されていたので、ドリンクだけをその場でそれぞれが決めオーダーする。男性陣はまずはビールを頼み、ママはワインにしようかと思ったぽかったけれど、皆に合わせ一杯目はビールにしていた。こんな時おばさまが居たらきっとママと仲良くワインを注文できていたのだろうな、と淋しさが過ってしまう。裕泰くんのママは3年前に他界している。


メインの他はパスタやリゾットなんかも有ったりして、きっと裕泰くんパパはわたしたち若者の好みを1番に考慮してお店を選んでくれたのが取ってわかる。オマール海老という響き、最高だ。今日の内容はどちらかと言えば “若者” の内でもわたし寄りに考えてくれた気がして、会話の中でその話題は出ないけれど裕泰くんパパはこういう所が本当に優しくて好きだ。元々は神奈川県議の議員さんだったので、失礼ながら多少の営業的なスマイルは垣間見えるものの、根本的には柔和できっちりされている方なのだろうなと思っている。最後の “きっちりしている” という部分で、パパと気が合うのかなとも感じている。ただ、裕泰くんには厳しいらしいというのは、裕泰くんから聞く話ではある。


ボトルでワインを頼み、分け合いっこしている大人たちが何だかかわいい。途中からはワインだけでは飽き足らずパパ二人はハイボールを続けざまに注文している。その横で残りの3人は同じくボトルでお水を頼み、仲良く分ける。


デザート前にお手洗いに立つとわたしの背後から裕泰くんが来た。


「この後、二人でどこか寄ってから帰らない?」


笑顔で……というか、正確な表現としてはニヤけて裕泰くんの目をまっすぐ見つめ、ただ頷いた。嬉しさを隠しきれなかったのだろう。まだメイクをすることに慣れていなくて、今日も素っぴんに近いような顔のわたしを鏡越しに覗き込み、チークも塗っていないのにほんの少しピンクがかった頬を両手で優しく押さえた。


デザートはすぐに届けられたようで、元来食べるのが早いパパは食後のコーヒーを口にしている。


「加世子、おいしそうよ。早く食べよっ」


ママは一緒に食べようと待っていてくれた。そしてわたしと同年代の女子でもなかなかしないような可愛らしい、嬉しそうな顔をして食べている。大きな違いと言えば、そんな中にも上品さが際立っているということだろうか。何気にパパもその様子を見たりして、今日、ふたりの会話はさほど無かったように思えるけれど、ママの事、好きなんだろうなぁ、良い仲だなぁと改めて感じることが出来た。




いつものことなんだけれど、どういう仕組みにしているのか、お会計は既に済まされていて皆でお店の前に出て一旦足を止める。


「あの、加世子さんの事、このままお借りして良いですか?」



  お借りして……って……



「このまま出掛けても良いですか」と言われるより、くすぐったくはあるけれど、あまり聞かない表現にちょっとときめいてしまったわたしがいた。


もちろんパパが「NO」と言うわけが無く、


「早く送って行ってあげろよ」


という裕泰くんパパの一声に頭を下げて両親達と別れ、目黒川の方に向かって歩くことにした。


「あのお店、テラス席があったね。春頃になったらまた来たいな」


おねだりのつもりで言ってみる。


「そうだな」


さっとわたしの左手を取り、コートのポケットへと引き込む。それはとても自然な流れで行われ、思わず、

  わたし以外の人にもしてないよね?

といった不安が頭をかすめたけれど、今までにも何回かされているし、すぐにその思いは払拭された。


駒沢通りを南下して行くと急に人が増え出す。


「何だろ? 何かイベントがあるのかな?」


すっかり暗くなった道をさらに進み、路地を右へ入って宝来橋まで来るとそこには目黒川を挟んできらびやかなイルミネーションが飾られていた。


「うわぁ、綺麗……。裕泰くん知ってたの?」


「いや、全然知らなかった。偶然」


青一色の光と、所々に立つオレンジ色の照明が良い具合にコラボしていて、幻想的な冬の光を感じられ、偶然にここへ辿り着いたわたしたちはツイているなと身に染みて感じていた。


はぐれないようにと時々は人の流れに合わせて離しはするものの極力は腕付近を掴み歩き進むと、駅近くでは混雑していて立てそうにも無かった橋の上が僅かながら入れ替わりも早くて近づけそうだったので上がってみる。


左右のイルミネーションと、川面に反射する光が正面にずっと見えて、何とも美しかった。


すごく長い距離というわけでは無かったので進み具合はゆっくりでも反対側の終点には1時間もしない内に到着し、そのまま人通りの少なくなる川沿いを歩く。


「疲れてない? 大丈夫?」


裕泰くんの横顔を見上げて「大丈夫」と答えたものの、身体が冷えてきたのでどこかお店に入りたいという気持ちもあった。


「あのさ、加世子……」


急に立ち止まった裕泰くんは、手を繋いだまま言いにくそうに切り出してくる。


「クリスマスなんだけど、ゼミの連中と集まる事になって……教授も出席するって言うから……そっちへ行こうと思うんだけど……」


「え……」


咄嗟に心の声が口から漏れた。


少しの間、何も言えなかったけれどわたしはまだ1年でゼミの事があまりよくわかっていないので、そういうものなのかなと心の中で踏ん切りを付け、「仕方ないね」とだけ返した。


「俺も残念なんだけど……」



普段ははっきりと物を言う裕泰くんが、いつもと違って言いにくそうにしているので、 “裕泰くんだって本当はそっちを選びたくは無いんだ” と前向きな解釈をして「わかったよ」と笑顔でさらに返事をする。そこに「楽しんできてね」という本心からの声だとは言い切れない一言を何故か付け加えてしまう自分が何というか…………悲しい。


北へと進む中で、以前電車の中で親子らしい二人が話していた天空庭園はこの辺りだったかな等と、ついさっきまで興味を抱いていたのも今は昔、どちらで震えそうになっているのかわからない、体感的な寒さと精神的ダメージとを抱えて、どこか暖まれる場所へと、川沿い近くのカフェへ入った。


外観もシンプルでおしゃれさながら、中に入ると薄暗くなっていてロウソクなんかも灯されている場所があったりおしゃれな店内だった。メニューを見ながら、ローズヒップが入ったパフェに心奪われそうになるも、温まりたかったのでホットのフルーツティーを選択し、裕泰くんは普通にブラックのコーヒーをレジカウンターで頼み席に着く。


「あったかい……」


ゼミのお仲間の事とか先生の事とか色々教えてもらって、それなりには楽しく過ごした。

後から入って来た常連と思われるカップルは、カフェスペースではなく併設のレストランでお茶をするらしかった。+席料で落ち着いた席につけるのならば、それも良いなぁと今後の参考にさせてもらい、案内されて行くのを目で追っていた。


「そろそろ行く?」という裕泰くんの言葉でわたしたちはお店を出て、渋谷駅を目指しせっかく癒された身体がまた寒さに持っていかれないようにやや急ぎ目で歩いていく。


電車に乗り、話をしているとあっという間に最寄り駅へ到着し、さらに家まで送ってもらう。


「それでさ、ちょっと早いんだけどクリスマスプレゼント、渡しておいて良いかな?」


人通りの少ない住宅街に入ってから裕泰くんがそう言ってきた。


「えっ、わたしまだ何も用意してないんだけど……」


「良いんだよ。俺の都合だし」


そう言うと肩に掛けていた鞄からラッピングされた、中身は平らな小箱っぽい手触りのものを出してわたしに手渡した。


「何だろう……楽しみ」 


帰ってから開けてと言うので、玄関前まではそのまま左手にしっかりと持ちながら歩き、ドアの前でササッと鞄にしまい、中に入った。


パパとママに挨拶だけをして裕泰くんが帰ると、部屋へ上がりお楽しみは後に取っておこうとプレゼントは机の上に置いてリビングへ戻り、二人にあの後どこへ行っていたかを聞いてもらってからお風呂に入った。


いつ開けようかとプレゼントを横目に保湿クリームを塗りながら時間を費やす。その後は今日撮った写真をチェックし、イルミネーションの元で裕泰くんが撮ってくれたふたりの自撮り写真を眺めつつ、そろそろ良いかなという自己判断に基づいて、机の上の淡いピンクの包みで覆われた小箱を手に取った。


いよいよ、そっと蓋を開けると、ワインレッドの石と小さいダイヤがあしらわれたブレスレットが入っていた。裕泰くんにしては少し攻めた色のチョイスだけれど、ちょっと大人っぽくて、

  

  どの服に合うかな……?


なんて、頭の中に衣装ケースへしまわれている黒のニットやら白のふわふわトップスなんかを登場させてコーディネートを考える程に気に入り、早速、さっき見ていた画像を付けて、メッセージを送る。


返信はすぐに有り、少しの間やり取りをしてから今日のストレッチはほんの軽くだけで済ませ、眠りについた。




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