… 14


週が明け、クリスマスまであと1週間と迫っている。


「今年は理眞さん、クリスマスは仕事で抜けられない案件が有るらしくって食事に行けそうもないんだって」


残念そうではあるものの、そこまで落ち込んでいる様子は見られないママが朝食の支度をしてくれている。


「それでね、20日の土曜日の夜、山中家のお二人と私たちで食事に行こうかっていう話になってるらしいの」


こちらに背を向けてフライパンを揺すりながら2度聞きしたくなるようなセリフを言う。


“山中家のふたり” とは、裕泰くんと裕泰くんのパパの事を指す。


「えっ、聞いてないよ」


「今、初めて言ったもの。ママも今朝理眞さんから聞いたばかりで。先日、山中さんに会ったんだって。裕泰くんももしかするとまだ知らないかも知れないね……。どうする?」


わたしたちの状況を考慮して『どうする?』という猶予を与えてくれている。顔を覆うように両手で支え、しばらく考え込んだ。


「あぁ、どうしよう……」


朝の時間はどんどん無くなり、家を出ないといけない時間が刻々と近づいてくる。


「わたしは行くわ。……裕泰くんは来ないかも知れないけど」


玄関先でママにそう伝えて駅へ向かった。






「おはよう」


いつも以上にハイテンションの聡子が今日は先に席についている。


「どうしたの?何か良い事あったの?」


そう言うと同時に聡子の耳に光るものを見つけた。


「可愛いね、そのピアス」


「でしょ?気に入っちゃって。この間のライブ会場で買ったの」


白・ピンク・ゴールドの3色の角張った涙型というか、三角錐の底が少し出っ張ったような、3つそれぞれがそういう形でぶら下がっている。


「白・赤・緑と迷ったんだけどこっちにした」


「へぇ。クリスマスカラーも綺麗そうだね。だけどこれもキラキラしてて良いじゃん」


彼氏をつくることよりも、今は韓流の女性グループに夢中らしい。ライブの日の事もSNSに投稿していたようだけれど、まだ見ていなかった。クリスマスもネットを通じて知り合った同志たちと過ごすと聞いた。



  こういう楽しみ方もあるよね



今の聡子の環境というか、奔放でしたい事を全うしている感じを羨ましく思う。高校生を見ると「若いなぁ」と感じている今日この頃だけれど、わたしだってまだ10代なのだから、もっと色々楽しみを見つけてみるのも一手だという考えも過る。


‘今のわたしは’ というと気付けば裕泰くんの事ばかりにとらわれてしまっている。それだけ、裕泰くんが頼りで依存してきたということだろうか。勉強をしていてもバイオリンを弾いている時ですらも100%集中出来ずにいる自分がほとほと嫌になる。


自分の事が目一杯楽しすぎるのか気を遣ってくれているのか、わたしに対して今年のクリスマスの予定には全く触れてこなかった。帰宅途中にメールで裕泰くんとはどうなっているのかを手短に聞いてきてはいたので、先のは後者だったという事がわかり、こんなにも周りの人達に良くしてもらっている事に感謝だし、わたしの中でケジメをつけないといけない時がきているのかなと、持ちたくない覚悟とやる瀬ないという感情が交錯していた。


先週の水曜日を最後に、何のメールも無ければ電話も無い。わたしからも何もしていない。今夜、ちゃんと話そうと心に決め、陽はまだ高くあがっているのに、冬空のもと、風に揺られどことなく寂しくなった木々を見上げて家路につく。




家に近づくと1台の車が停まっているのが見えた。ママのお友達か、証券会社とかそういった関係の人かなと何気無い気分でいたら、段々と見覚えのある感覚が強くなり、目の前まで来て車体とナンバーがはっきり視界に入ると、それは裕泰くんのものだとわかった。


一瞬、来た道を戻ろうか通り過ぎようかとあたふたしてしまったけれど、ここは逃げてはいけないと平静さを取り戻し、門扉を開け、玄関ドアの前では一呼吸おいてからゆっくりとドアを引いた。


「おかえり」


ママの声と少し遅れて裕泰くんの声が続く。


「ただいま……」


ほとんどママの方しか向けずに、言い終わった後バツの悪い面持ちで裕泰くんにも顔を向ける。


「知らせてなくてごめんな」


「ついさっき来たばかりなのよね」


コートを腕に掛け、立ち尽くしているわたしにママがわたしと裕泰くんを二人で話させようとする空気感を作り出す。


「後でお茶を届けるから」


階段の方へ向かうと裕泰くんも後ろから上がって来て一緒に部屋へと入る。


「ちょっと久しぶりだね、裕泰くんがここへ来るの」


自分でも不自然さを感じるような固い笑顔でハンガーにコートを掛けながら背中を向けて話を始める。


「今夜電話しようと思ってた。この間はちゃんと話せなかったし」


ここでやっと裕泰の顔をまともに見る。


「誤解なんかじゃないよね? ……正直に言ってほしい」


「俺も加世子とちゃんと話したいと思ってた。あれは “誤解” としか言いようがない」



  この期に及んでどうしてそんな事を言う

  のだろう……



大好きな人が他の人に心を奪われているかも知れない現実を認めたくは無くて、惨めになるのはわかっているのに、どこかホッとした気持ちも心の片隅で芽生えていた。ママが紅茶を持って来てくれた間を含めて、暫く無言状態は続く。





今、裕泰くんのすぐ側に居るのは苦しくて若干の距離を保ちベッドに腰掛けていると、数分後に無言のまま裕泰くんが隣に座った。


わたしは自分を落ち着かすように左手で右手を強く握り締め、うつ向いたままでいると、裕泰くんの右手がそっとわたしの手に重なった。

こちらを見ているのはわかるけれど、なかなか裕泰くんの顔を見る勇気が出ない。


「どんな時も、俺が1番好きなのは加世子だけだから」


そう言うとわたしを抱き寄せる。囁くように好きだと言われた瞬間、頬を涙がつたっていた。裕泰くんの香りとしっかりとしたガタイに包まれるこの感じは、どうしても忘れる事はできないし、いつの時も安心してしまう。


泣いているわたしに気付いた裕泰くんは、指で優しく涙を拭ってまた、一段と強くわたしを包み込む。時が止まってくれれば良いのにと裕泰くんのやっと届いた腰辺りに手を添え、肩に顔を埋める。

いつの間にか夕暮れの時間になっていて、それに伴い部屋の中のわたし達も薄暗い光の中にいた。


「クリスマス、一緒に過ごせる?」


これはわたしではなく、裕泰くんから聞いてきてくれた言葉だ。少しでもくっついていたくて、顔を埋めたまま「うん」と頷く。


「良かった……」


そのセリフの後も、真っ暗になって寒さも増してきた部屋でその状態のまま抱き合っていた。わたしが一方的に引っ付いていただけなのかも知れないけれど。


「きっとママが夜ご飯を用意していると思うけど食べていける?」


少ししてそろそろ開放してあげないといけないなと思い、裕泰くんから離れて1階へ降り、ママに知らせに行く。

案の定、ママは大概の料理を作り終えていて、わたしの顔を見るなり、待ってましたと言わんばかりに再度キッチンへ立ち、コンロの火を点けている。


3人でテーブルを囲み、週末にみんなで食事に行く話をはじめ、学校の事とかたわいもない話をして和やかに時間は過ぎていった。食事の後は、久々だけど恒例の、サモサの散歩を二人でして裕泰くんが帰るのを見送った。


「コーヒー飲んでいけばいいのにね、パパも会いたいだろうし」


「勉強があるんじゃないかな。パパが帰るまで待ってられないよ」


「それもそうね」


わたしの様子を見て、仲直りができたのではないかと安心したらしく、サモサ中に片付けを終えていたママとこの後はリビングでハーブティーを飲んで過ごしていると、それほど時間が経たない内にパパが帰ってきた。


「早かったわね」


「裕泰くん、来てたのか?」

袖のボタンを外しながらママの問いかけに答える前にそう聞いてきた。


「どうしてわかるの?」


「近くに車停めてたから。すぐ出してたけど」


 

何をしていたかというと、何回か着信があった小山田晶からの電話にかけ直していたのだった。加世子の家にいる間は、疑いを持たれないようオフラインにしていた。


「サモサの散歩はもう済んでるからね」


そんな事とは露知らず、嬉しそうに父親にそう告げ、先に入ってもらうようお風呂のボタンを押し、2階へ上がった。



  誤解としか言いようがない……かぁ



ちゃんと向き合って話そうとは思ってたけれど、素直に謝られて別れでも切り出されたらどうしようという不安もあったので、裕泰くんの言葉を信じてこれ以上は何も突き詰めないでおこうと心に決めた。


お風呂上がりには有陽ちゃんにその事をメールで告げ、金曜日に会えるのを楽しみに明日の予習と準備をして床についた。






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