… 3
最近なんだかおかしい。……裕泰くんのことだ。
思えば、学園祭の準備期間中も忙しいことを理由に会う機会が減っていた。減ったといっても、それでも週に2回は会う仲なわけだけれど、前はそんな理由で会うのが無理だと言ったり、折り返しの電話を掛けて来ないとか、そういうことは絶対に無かった。
「ミスコン、おつかれさまっ」
聡子が勢い良く隣の席に座った。
賞を取っていないのはわかっているはずなのに普通にミスコンの話題を出してくるところ、流石だ。わたしを挟んで左側に座っていた美樹がスマホを触りながら、軽く笑っている。
「勉強がんばるしかないか……」
自虐も込めてそう返す。
「フフッ、そうだね~。今日も頑張ろっと」
何なんだ、この人は……。
でも悪気はない、本当に悪気なく言っている、素直な、憎めない、大好きな友人だ。わたしが物事を考えすぎてしまうところがあるので、こういう人種のひとは新鮮だし、またこの表現になるけれど、とにかく おおっ って思う。
2限目、美樹とは別れて、聡子とは同じ授業を選択しているので一瞬に移動する。
「山中さんとは最近どう?」
「特に変わったことは無いかな……あ、今度野球見に行く」
「彼氏がモテると大変じゃない? 格好良いもんね」
『モテるのかな……やっぱり』
後になって気になり出し、電車に揺られながら思わず聡子にメールしていた。
『山中さんのことだよね』
『ガツガツ系の女性陣は放っておかないんじゃない?』
『あの、時々一緒にいるのを見かけるあの人……
……一緒にいる人って…… 誰?
正直なところ、心底信用しているのでそういうアンテナは全くもって張っていなかった。
今日はバイトがないから寄り道でもし
ようか……
ウィンドーショッピングをした後、代官山のカフェで暗くなるまで、ぼーっとしていた。
そうだ、欲しい本があったんだ…
この辺り…書店…そういえば駅近くのビ
ルに入ってたな、寄って行こう。
この時既に19時をまわっていたものの、目的は決まっているのですぐ出られるだろうとの考えは浅はかだったようで、お目当てのコーナーまでの道程で目移りするほどの新刊などの誘惑に負け、結局、レジを済ませて時計を見ると21時近くになっていた。
大通りに出ると、すっかり大人な街になっていて、足早に駅へ向かう。
出口こっちだっけ……
遠回りしちゃったかな……
両腕を抱えながら小走り気味に歩いていると聞き慣れた声を耳にしたので思わず立ち止まる。
「遅いよっ……」
男性がタクシーから降りようとしている女性に近づいて言っている。
「こっち」
すぐ離したものの、女性の腕をスッと引っ張り、近くの店へ入って行った。
……今の、裕泰くん……?
時が止まって見えた。
何秒か何分かわからないけれど、まるでわたしだけセピア色で道の真ん中に止まっていて、周りの人が流れ行き交っているような感覚……。
どこをどう歩いたのか……って、聞き慣れた台詞っぽいけれど、本当にそんな風で、気がつけば自宅最寄りの駅改札を出ていた。
「遅かったわね」
「もうすぐパパも帰ってくるから3人で一緒に食べようか?」
弾むようなママの声とは反対に、湿った、だけど精一杯の声を洗面所から響かせ、食事は済ませてきたと伝えて部屋へ急ぐ。
真っ暗な部屋でスマホの明かりだけが灯っている。
あれって友達同士、ただ待ち合わせをし
て会ってただけだよね
友達? 男と女で?
もしかしてあれが小山田さんっていう
人?聡子の言っていた?
色んな思いがぐるぐる回る。
悩んだ末に、恐る恐る裕泰くんの携帯を鳴らしてみる。6回コールしたらすぐ切ると決めて。
意外とすぐに出た。早すぎるほどに。
「おっ。 どうした?」
周囲からの雑音は全く聞こえない。
「ううん、別に…… どうしてるかな、と思って……」
「別に何もしてなかった」
「……明日はバイトある?」
友達と会った後、その帰りに迎えに来て送ってくれるらしい。
「じゃあ明日。 おやすみ」
普段通りなのだろうけれど、今日は一方的に何なら少し急ぎ気味に、電話を切られたような気がした…… とても。
友達って……
お風呂に浸かりながらも悪い方に考えてしまっていた。
ありがたいことに、今日のシフトはがっつり有陽ちゃんと一緒だった。聞いてもらいたい事が山ほどある。
11月にしては暖かい日のせいか、客数は順調に伸びる。元々二人ともバイト中に私語は少ない方だとは思うけれど、ちょっとでも話を切り出すタイミングがないかな……と伺ってはいたものの、わたしにとっては “今日に限って” その行動は無駄骨だった。大げさだけど。
「さっ、結構忙しかったね」
「そうだね-」
変わったことは何も無かったのに、なんだか今日は疲れた……精神的に、かなぁ? 話せる時間が作れた頃には、もう今日はいいか、という気持ちになって、後日お茶をする約束だけ取り付け、着替え室を後にした。
この時間になっても外はそれほど寒くなかった。裕泰くんの姿はまだ無かったけれど、下井くんが作業をしているのが見えた。こちらに関しては店を出てすぐのことなのでタイミングは良かった。
「下井くんてさ、家に帰ると何時頃になるの?」
「今日は暖かいからまだマシかぁ」
突っ立っているだけのわたしの隣で有陽ちゃんとたわいもない会話をしている。
そんな時、わたしを呼ぶ声がした。
「加世子!」 裕泰くんだ。
「なんだ、今日お迎えの日だったのね」
いつもなら呼ばれると嬉しさで反射的に裕泰に向けて身体が動き始めるが、今日は
「加世子の彼氏さん」
「ほぉっ」1度だけ小さく顔を上下させて見つめる。
「加世子のこと、時々ああやって迎えに来て送ってくの。 ほんと、仲良し」
言い終わる手前で視線を2人から下井の顔に移すと、一瞬、見てはいけなかったような、複雑そうな、はかなさを感じる表情をしていたのを有陽は見逃さなかった。
下井は下井で向こうから男性に呼ばれている。
お父さん?職場の人?
下の名前、 “ゆうと” っていうんだ……
わたしとバイバイした後、その場はすぐに解散となっていた。
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