第72話 昔の話


 日本の九州。


 昔々、そこには鬼がいた。


 キュウ鬼有キユウ、鬼を守神まもりがみあがめ、共に生きていた。


 鬼の数は四。


 赤鬼、青鬼、黄鬼きおに白鬼しろおに


 それぞれが、それぞれの場所の守神として。



 だが、赤鬼と黄鬼の間に子が生まれた。


 守神として崇めている場所の人間達に祝福され、鬼の家族は幸せに暮らしていた。



 その幸せを妬む者がいた。


 その者は酷く悲しみ、苛立ち、全てを憎むようになった。



 その者とは、白鬼だった。


 白鬼は守神を誇りに思っていた。


 そして、自分は優れていると思っていた。


 赤鬼と黄鬼の子は、白鬼と共に姿を消した。



 赤鬼は怒り、憤り、憎悪した。


 黄鬼は涙し、哀しみ、自棄になった。


 人間達は自分の事のように、怒り、哀しみ、白鬼を探す。



 白鬼は現れた。


 子は何処にもいない。


 


 白鬼は笑う。


 自分より劣ると思っていた者の幸せを奪い、楽しくて仕方なかった。


 赤鬼は憤怒に心が支配される。


 黄鬼は哀憎に心奪われる。


 そして、白鬼は醜悪な快楽に心が壊れていた。


 三人の鬼は、戦い、傷付け、笑う。


 三神の鬼は、破壊し、恐怖を与え、絶望させる。


 

 青鬼は走っていた。


 一人では止める事はできない。


 赤鬼と黄鬼の子、子が戻れば全てが元に戻ると信じ。



 青鬼はようやく子を見つけた。


 鬼神の子は、一人で遊んでいた。



 青鬼は安堵し、小鬼に優しく語りかけ、一緒に戻る。



 だが、戻った青鬼は絶句した。


 青かった空は濁り、碧かった海は干上がり、蒼かった草木は枯れ果て。


 元には戻らない。


 そこには赤く、紅く、朱く、染った三神。


 生ある者は赤鬼のみ。


 赤鬼は、怒り、哀しみ、全てを破壊し。



 壊れていた。



 小鬼を目にした赤鬼は、安堵し、涙し、笑うと。



 自らの命を絶った。




 残された人間は縋る。


 たった一人残った守神に。


 青鬼は人間の願いを聞き入れる。


 人間の為、小鬼の為、そして間に合わなかった自らの罪の為。



 月日が経ち、小鬼は橙鬼トウキとなり、鬼有で唯一の守神となっていた。


 青鬼は消えた。


 かつての四神は残ってはいけない。


 守神が複数いては争いが起きると。


 橙鬼に手紙を残し、姿を消した。


 

 橙鬼は悩んだ。


 肉親は亡くなり、育ての親の青鬼がいなくなる事が、本当に正解なのか。

 

 人間にも相談し、青鬼を探してもらう。


 そんなある日、本州が未曾有の大災害に襲われる。


 本州は日の本ひのもと、“ひ”のも“と“の頭と最後で人。


 人間の統治する島だ。


 三日三晩続く大雨、人々は鬼有から流れてきた青鬼が原因だと、討伐隊を結成する。


 話は鬼有にまで届く。


 橙鬼と人間達は、誤解を解く為、日の本に遣いを出す。


 そして、遣いが誤解を解こうとした、その時。


 天が味方をしたように、晴れ渡る青空が、分厚い雲間から現れる。


 守神の青鬼が、この地を守る為、運んで来たのだと遣いは口にした。



 直ぐに噂は広まる。


 鬼有から来た青鬼は、天を鎮めるために訪れ。そしてまた、日の本を人間に任せて鬼有に帰るのだと。


 それは唄になり、本になり、日の本中に伝えられた。



 橙鬼は喜び、青鬼の帰りを待つ。


 これで元に戻ると。


 青鬼と二人、親子のように過ごす日がまた来るのだと。



 だが橙鬼の元にきたのは、幼子と手紙。


 また青鬼の姿は無かった。


 手紙にはこう書かれていた。


  “愛する息子、橙鬼へ、

 

 天を鎮めた青鬼の話を、本で読ませて貰った。


 ありがとう。


 僕は帰れないが、君の優しさに救われたよ。


 僕は、もうすぐ死んでしまうが許してくれ。


 病気には勝てないな。


 妻も先だって、病が悪化し、亡くなった。


 君に、笑鬼ショウキに息子を頼む。



 その子の名は泣鬼ナキと言う。



 育ててあげられない泣鬼には、本当に申し訳ない。


 だけど、笑鬼も泣鬼も、僕の息子だ。


 愛している。


 

 笑鬼、泣鬼、二人が共に幸せであるように。”



 笑鬼は走った。


 幼い泣鬼を抱いて。


 昔の青鬼のように。


 なんとか笑鬼は間に合った。


 青鬼は最後に一言だけ話すことが出来た。


 泣鬼を抱いて、二人の息子に愛されてこの世を去った。



 笑鬼は泣鬼の親として育てる事を墓前で誓う。


 泣鬼には青鬼が親である事を伝え、二人、鬼有で過ごす。


 だが、泣鬼の素性が知れ渡ると、人間は掌を返し、二人を追い出した。


 笑鬼は二人一緒なら問題なかった。


 だが、泣鬼は鬼である事を隠すようになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る