Noah et Luna

 

 また、あっという間に二年が過ぎた。感覚としてはすぐのことだったが、その二年の間に、世界規模の出来事が起きていた。それを一つずつ思い出してみようと思う。


「…やったぞ。私はついに、"Noel Project"を完遂させられたんだ…!!」

「あぁ、本当にお前はよくやったよ…!」  

「すべては君たちが手を貸してくれたおかけだよ…! 本当に、ありがとう…!」


 最も大きな出来事といえば、分離した現ノ世界とユメノ世界を一つの世界に戻すため、ここ何年か研究が進められていた"Noel Project"。それがついに完遂したこと。


「美郷、雨音、ノア、ルナ…。私は、やり遂げたぞ…」

「これで全部、終わったんだね」

「お前の尻拭いを白金がやってくれたんだ。ちゃんと感謝してやれ」


 白金昴は二つの世界を、元の一つの世界へと戻すこと成功した。私にはどうやってそれを成し遂げたのかは分からないけど…。それほどまでに、"Noel Project"は常人が成し遂げられないものだということだろう。


(…これからは、"創造力"と"キャパシティ"も持たない人間が生まれてくる)


 元の世界に戻せたことで、"創造力"も"能力"を所持できる"キャパシティ"もいずれはこの世界から消えてしまうらしい。生まれてくる人間たちは普通の人ととして、これからの時代を生きていかなければならない。 


「レーヴ・ダウンもこれで解散する。君はこれからどうするんだ?」 

「…私は"普通"の人と、"平和"に暮らすつもり。救世主の肩書も"レイン"というネームも、必要ない。私は"雨氷千鶴"として生きていく」


 Noel Projectが完遂したことで、自然にレーヴ・ダウンとナイトメアも組織を解散すると宣言をした。今まで必要だった救世主や教皇の立場もなくなり、私はデコードの元から離れ、真白町で一人暮らしを始めることにした。


(…仕事を探さないと)  


 ここからは私が知る限りの範囲で、他の者たちが今何をしているのかを話す。


 ブライトは、"秋風趣里"の名前でプロのテニス選手として頑張っている。得意の豪速球サーブで、サービスエースを取る姿をテレビで何度か見かけた。『どうしてあのようなサーブが打てるのか』と取材をされる度に『私に特別な"魔術"を掛けてくれた大切な人がいたからです』と冗談交じりに答えている。


 ステラは、"紅皐月"として"ノエル"と共にスイーツ店の営業をしている。その際に必要な費用は、ノエルに対しての詫び代わりに白金昴が負担してくれただとか。私もこの前少しだけ顔を出したが、ノエルに"チョコスペシャル"と"Wフルーツ"というクレープが店一番のイチオシだと押し付けられた。


 朧絢は、何故か小学校の教師を務めている。理由は定かではないが『"アイツ"の夢を俺が代わりに叶えてあげたかった』と一度だけ言っていた気がする。子供たちから大人気の先生だと鼻高く自慢していた。ちなみに、帰りに必ず"紅皐月"と"ノエル"のスイーツ店に寄っているらしい。


 ファルサは、"柊美鈴"として大人気コスプレイヤーとなり、様々な企業のキャラクターを演じている。『自分の好きなことを仕事に出来て良かった』と喜びつつも、私にコスプレの衣装を手渡してきた。

 乱暴な性格をしたもう一人の"ファルス"とは、演じるキャラクターによって人格を入れ替えたりするだとか。後、彼女は独学で"機械類"に詳しくなっていた。

 

 アウラは、"雪風麗香"としてひっそりと佇む教会のシスターを務めていた。迷える子羊たちを、良い方向へ導いているだとか。噂では彼女に会うために、教会へ訪れる者が多いらしい。私の家の玄関に、さりげなく教会の宣伝チラシを入れていった。宗教勧誘はお断りしてる。 


 ヴィルタスは、"長月颯真"として人々を守る自衛隊に入隊をした。『父親のように、誰かを守れるような人になりたい』というのが入隊した主な理由らしい。"雪風麗香"とは、婚約を前提に付き合い続けている。

 前に顔を合わせたとき、赤と青のブレスレットを両手首に装着していた。本人曰く『これを付けていると、どんなに辛い訓練もへっちゃらになる』らしい。


 白金昴は国立大学の教授として学生たちに、自らが学んだ経験と知識を教えながら、また新たな"Project"を進行しているだとか。その内容は教えてはくれなかったが、彼ならもうあのような大惨事を招くようなことはしないはず。


 デコードは、"四童子有栖"として白金昴の助手を務めている。彼女が彼のストッパーとして側にいてくれるのであれば、非常に頼もしい。この前、私へ連絡してきたかと思えば"白金昴"が涎を垂らして船をこいでいる写真を送ってきた。何故私に送ってきたのか、それが未だに分からない。


 雨氷雫は、見識を広めるために世界中を旅している。もう二度と過ちを犯さないように、様々な人々と触れ合って、得られるものを得たいだとか。最後に連絡を取り合ったのは二ヶ月前。送られてきたメッセージは『夢を見つけてくる』という一言だけだった。


 月影村正は、紫黒町の公務員として働いている。妥当な職で安定した収入を選ぶのは、とても彼らしい。たまに私の元に顔を出して、外食を奢ってくれたりする。どうして面倒を見てくれるのかと尋ねてみれば『俺にはその義務がある』と言っていた。"Drop Project"で私を創り出した"罪の意識"からなのかもしれない。


 Bクラスのディザイアたちに関しては、何も分からない。ただ風の噂では夜中に紫黒町で暴れ回ったり、他者に迷惑をかけると、突然現れた"四人組"に叩きのめされるだとか。それに加え、戦争で両親を失った子供たちを積極的に引き取る孤児院があるみたい。"秋風趣里"たちも、その孤児院を金銭的な面で支援をしていると聞いた。


「おー、久しぶりだなー」

「本当にあなたは相変わらず」

 

 そしてリベロ。彼は"月影雅人"の名前を使わず"Libero"と"Saki"という名前を使って、プロゲーマーとなった。様々な"ゲーム"の世界大会に何度も出場をしている。コンボや強キャラに囚われない"自由"気ままなプレイは、世界中から注目を浴びているみたい。


「雅人、"配信業"っていうのは上手くいってるの?」

「まぁまぁだぜー。千鶴の方は最近どうなんだよー?」

「…普通だけど」

 

 私は成り行きで"女優"になった。街中を歩いていたらスカウトをされ、二つ返事で了承し、稽古をしたり仕事をこなしたりしていれば、いつの間にか"雨氷千鶴"という名が売れていた。人目に多く当たるようになったのは、アクション性の高いドラマや映画などがきっかけだろう。


「お前が主演やってる『宴』ってやつ見たぜー。刀を握るとお前ほんとヤバい目つきするよなー」

「殺す演技は殺すつもりでやるのが当たり前だから」

「後あれだよあれー! 『心のどこかで』っていう恋愛ドラマの演技! まさかあのお前があんな純情な乙女ができると思わなかったぜー」


 彼はそれなりに私の出演するドラマや映画を見てくれている。それが会った時にからかうためなのか、それともただのファンだから見ているのか。まぁこの際どちらでもいい。


「…あのさ」

「おー、どうしたー?」

「私、筆を握ってみる」

 

 それを伝えた私の顔を、彼はきょとんとした様子で見つめる。


「それって、作家になるってことかー?」 

「…そう」

「おいおい、まさか女優やめるわけじゃ…」

「違う。女優をやりながら、少しずつ書いてみるだけ」


 女優は天職だったとは思わない。偶然が重なったらこそ、ここに女優の自分がいるだけ。私自らが行動を起こして、何かを掴めるようなことがしたい。長い間そう考えた結果、私は"作家"という道を歩みたかった。

 

「きっと時が経てば経つほど、人間は過去の歴史を忘れてしまう。だから私がエデンの園であったことを、書き残しておきたい」

「…いいと思うぜ。強さだけを求めていた、救世主になることだけを求めていたお前が、そうやって他にやりたいことを見つけたんだろ? やるだけやってみろよな」

「…そうする」

「あっ、オレのことはちゃんとカッコよく書いてくれよなー? ほんと頼むぜー?」

  

 その日の深夜。私は自分の部屋で、原稿用紙とペンを用意して机と向かい合った。


「……」


 創造一日目、何もない真っ暗な世界に、神は光を与え、天と地を創った。

 創造二日目、神はどこまでも広がる大空を創った。

 創造三日目、青い海と大地を創り、そこに草や樹を芽生えさせた。

 創造四日目、太陽と月、星を創った。五日目、地上に動物と鳥を創った。

 創造六日目、神は自分を模って男と女を創造した。

 創造七日目、天地万物を完成させた神は安息し、第七の日を聖別し祝福した。


 ――正義の心。それは揺るぎのない意志を持ち、自らの道を突き進むために必要なもの。


 ――博愛の心。それはどんな者に対しても、平等に愛を与えるために必要なもの。


 ――堅忍さ。それは地獄のような毎日を生きて歩むために、必要なもの。


 ――純潔な心身。それはこの世を綺麗に渡るのに、必要なもの。


 ――慈悲の心。それは憎しみに囚われず、相手を大切にするために必要なもの。


 ――節制。それは己の欲望に溺れず、道を見失わないために必要なもの。


 ――勤勉。それは過去を忘れず、その頭に記憶を刻むために必要なもの。


 今からここに記すのは、私たちを、世界を救ってくれた二人の記録。"ノア"と"ルナ"が確かに歩んできた"物語"。新たな世界を"誕生"させた"ノア"と"ルナ"の。


「だからこの物語のタイトルは――」


 ――Noahノア et Lunaルナ





 ED「為に」 


 教えてください 私はあなたの為に

 この世界の為に 笑っていられたのでしょうか?

 教えてください 僕はあなたの為に

 この世界の為に 言葉を与えられたのでしょうか?

  

 争いはいつから? この悲しみはどこから?

 分からないの この世界のことが

 戦争は誰の為? この炎は怒りなのか?

 分からないんだ あの日のことを

 

 教えてください 私はあなたの為に 

 この世界の為に 笑っていられたでしょうか?

 教えてください 僕はあなたの為に

 この世界の為に 言葉を与えられたのでしょうか?    


 悲しまないで 怯えないで

 死なないで 忘れないで

 私と僕の為に


 笑っていて 立ち向かって

 生きていて 覚えていて


 あなたと世界の為に―― 



 灰ノ雫 ~Noah et Luna~ 

 ~Fin~



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「……無情な神に見放された世界。なんということだ」

 

 その者は、世界を憐れむ。神の存在しない、その世界を。


「私が隅から隅まで面倒を見てやろうじゃないか」


 神の存在しない世界に、新たな神が舞い降りる。


「人間たちよ、安心するがいい。私はお前たちを見捨てはしない」


 "創造力"と"能力"の消えたその世界に住む人間たちは、無力な存在に舞い戻る。


「お前たちの成長が止まないよう、私がいずれ――」


 それが正しかったのか、間違っていたのか。


「――"審判の日"を与えようじゃないか」

 

 その"答え"を知る時は、まだ程遠い。 

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