13:5 反する力


「なっ、どうして君たちがアニマとペルソナの身体を!?」


 殺されたはずのノアとルナ。二人がアニマとペルソナの肉体を操り、向けた武器の先に立っているゼルチュを見つめている。その現状が理解できず、彼は二歩後退りをしてしまった。


「おいおい、本当にノアとルナなのか…!?」

「あぁ、俺は正真正銘のノアだ」

「私も本物のルナだよ~」 


 リベロの呼びかけにそう返答した二人。その肉体が大人びていると言っても、あの若い肉体の面影を、アニマとペルソナよりも強く感じさせる。レインはリベロの隣で、滅多に見せることのない明るい表情を浮かべていた。


「どうしてだ…!? どうして君たちが――」


 そこでゼルチュは何かに気が付き、ハッとした顔を見せながらも、


「――まさかアニマとペルソナの魂を逆に喰らったのか?」


 その推察を独り言のように呟く。ノアとルナは一瞬だけ顔を見合わせ、間抜け面を浮かべていたゼルチュを静かに見つめる。


「そんな馬鹿なことが…! アニマとペルソナの"強靭な魂"を君たちが逆に喰らうなんて、不可能だろう…!?」

「…アニマとペルソナは確かに肉体こそ強力だったが、魂は強靭じゃなかった。俺たちよりも遥かに"弱かった"んだよ」

「弱かっただと? 本物の初代救世主と初代教皇だぞ!? 肉体も魂も、生粋の強さを誇れるはずだ! それが偽物の君たちよりも劣るなんてこと…あり得ない!!」


 予測不可能な出来事にゼルチュは動揺しながらも、その可能性をすべて否定し続けていた。ノアとルナは声を荒げる彼に、頭を左右に振ってみせる。


「あなたは何も分かってないんだね。人の"魂"が、肉体の強さに比例しないってこと」

「…比例しない?」

「俺たち人間の"魂"が強くなるために必要なのは、"新たな経験"を積み重ね、"苦難を乗り越えていく意志"だ。諦めない心に、逆境に立ち向かう勇気。それが人の"魂"を強くする。"憎しみ"だけじゃ、"魂"は強くならない」


 アニマは初代教皇の、ペルソナは初代救世主のオリジナル。立ち塞がる敵たちや、救世主・教皇を世界への"憎しみ"だけを糧に殺し続けてきた。それに対しノアとルナは偽物の肉体で、新たな仲間と巡り合い、怒り・悲しみ・苦しみという様々な感情を何度も感じ、エデンの園で生き延びている。

 

 日々成長を続けてきた"魂"と、憎しみだけに囚われた"魂"の強さは雲泥の差。アニマとペルソナは魂喰らいソウルイーターでノアとルナの魂を喰らったが、それは例えるならば『クジラがサメを飲み込むこと』と同じだ。


「感謝するぞゼルチュ。過去の俺たちが、周りからどのように見えていたのか。それが殺されるときによく分かった」

「…そうだね。私たちがあんなにも恐ろしい存在だなんて、知らなかったよ」


 ノアとルナが本物の自分と向き合った時、二人してこう感じていた。"自分たちはこんな風に見えていたのか"…と。戦争に明け暮れ、憎しみに浸り、敵となる相手を殺すことしか考えていなかった自分たち。それと向き合ったことで、ノアとルナは改めて過去の行いが間違っていたと実感させられた。


「君たちが魂を喰らったとしても、なぜ自分の意志で動ける!? 私の手掛けたクローンならば、創造主のお導きクリエイターガイドで自由に動けないはずだ!」


 ゼルチュの第五キャパシティ創造主のお導きクリエイターガイド。自身が手掛けた"創造物"を自由自在に操ることが可能となる力。彼は能力を使用して、七元徳や七つの大罪というようなクローンたちを操っていたのだ。アニマとペルソナも例外ではなく、ゼルチュが蘇生をさせた肉体。能力の効果を受けてもおかしくないはずだった。


「覚えていないのか? "誰からの支配も受けなくなる能力"を」 

「…! 反規則アンチルール反逆者トレイタ―か…!」


 ノアがスロースから託された能力、反規則アンチルール。ルナがストリアから託された能力、反逆者トレイタ―。誰からの支配も受けることもなく、自分自身の強い意思を尊重できるという能力。戦闘能力は皆無だが、あらゆる規則や支配の効力を受けることがないという力。二人は自身の第六キャパシティに、それを受け継いでいたのだ。


「スロースとストリアめ…!! 最初から私に歯向かうつもりで!」

「ははっ…」

「何がおかしい!?」


 両手で頭を押さえるゼルチュを、ノアは笑ってみせる。


「この肉体に戻ったからかな。少しだけ昔の記憶が蘇っただけだ」

「昔の記憶だと…?」

「お前は何も知らないと思うが、"雫ノ夢"を終わらせる鍵となったのはこの能力だった。それが今度はこうやってお前を追い詰めるとは思いもしなかったよ」


 "雫ノ夢"でノアが雨空霰として歩んだ記憶。創造主には創造物は逆らえない。その法則を打ち破ることが出来た唯一無二の能力、それが反規則アンチルールだった。この能力を持っていた者の名前は木村玄輝。スロースのオリジナルだ。


「――ッ!!」


 ゼルチュは、その場から逃げるようにして駆け出した。オリジナルの肉体に同化したノアとルナには敵わない、と考えたうえでの戦略的撤退だったが、


「私たちが見逃すわけないでしょ~?」

「うごっ…?!」


 ルナが逃走先の扉に回り込み、ゼルチュの胸元を軽くノックすれば、真逆の方向に吹き飛んでいく。


「しばらく寝ていろ」

「ぐはっっ…?!!」


 その先で待ち構えていたノアはゼルチュの身体を、二丁拳銃で殴打して、床へと叩きつけた。彼はしばらく身体を動かしていたが、次第に力を失くしていく。


「ルナーー!」

「ノア!」


 そしてゼルチュが動かなくなった途端、レインがノアの元へ、リベロがルナの元へと急いで駆け寄ってきた。


「冷や冷やさせんなよなー! 流石のオレでもビビっちまったぜー?」

「…ありがとね。私のことを呼び戻そうとしてくれて」

「気にすんなよー」


 そう言いながら、ルナの左腕をバシバシと叩くリベロ。あの若い身体とは程遠い腕の肉付き。"これが本当のルナの肉体なんだ"、と彼はそれを実感する。そんなやり取りをしている隣では、レインが両手でノアの右手を握りしめていた。

 

「…良かった、ノア」

「お前の声が無かったら、俺はここに戻って来れなかったよ。ありがとな」

「…別にお礼なんていい。生きて戻ってきてくれれば、それで…」 


 徐々に声が小さくなっていくレインの頭に、彼は安心させるように左手を乗せる。彼女もまた、リベロと同じように若い身体よりも大きな手の平に、"これが本当のノアの肉体"、と実感していた。


「…そうだ、雫と村正を!」


 カプセル内に保管されている雨氷雫の側にノアとレイン、その対称に保管されている月影村正の側にルナとリベロが急いで移動をする。


「ねぇ、これどうやって開けるの~?」

「無理やり力でこじ開ければいい」

「その役回り、私のなんだけど~?」


 ノアとルナがカプセルの蓋を両手で掴めば、それを一斉に引き剥がした。拘束された身柄が自由になった二人の肉体は、それぞれノアとルナがしっかりと受け止める。


「…あ…られ…?」

「雫…!」

「…ねえ…さん…」

「村正!」


 雨氷雫と月影村正は徐々に目を開き、掠れた声でそう呟いた。二人はカプセル内に保管されていたことで、衣服を一切纏わぬ赤子のような姿。けれどノアとルナはそれに気が付かないまま、二人の冷たい身体を強く抱きしめる。


「よかっ…た…。いきて…いて…」

「あぁ生きてるよ…! ここに俺はいる!」


 何千年も眠らされていた雫と村正の肉体は、完全に動かない状態へと陥っていた。全体の筋肉が硬直し、創造力の流れがとても不安定。生きるために必要な心臓の鼓動すらも小さく聴こえる。 


「ごめ…ん…。ねえ…さ…ん」

「ノア、どうしよう!?  このままだと二人とも――」

「落ち着け、これは"病"の類じゃない。俺たちが雫と村正の体内に創造力を流し込んで、強引に再生を発動させればいいだけだ。これで大半は治療ができるはず」


 ノアは焦っているルナを落ち着かせ、冷静に判断をそう下す。雫と村正の創造力に酷似したモノへと自身の創造力を変換させ、慎重に二人の肉体に流し込みながら、


「「――再生」」 

 

 再生を無理やり発動する。すると青白かった二人の肌の色が、血色の良い肌色へと戻り始めた。心臓の鼓動も正常な大きさと速さで鳴り続け、創造力や血液の流れも、ゆっくりと回復をしていく。


「何とか成功したな」

「よ、よかった~…って今度は二人が目を覚まさないよ!?」

「これはただの副作用だ。そんなにテンパらないでくれ」


 これで取り敢えずは一段落が付いた。黙って傍観していたレインとリベロに、そう伝えようとしたのだが、


「私は、私の研究は…完成するんだ…」


 気を失っていたゼルチュが目を覚ましたようで、ノエルの入れられたカプセルへと四つん這いで近づいていく。 


「ノア、この人はどうするの?」

「殺しはしない。ただこいつが犯した罪だけは、ちゃんと償ってもらうつもりだ」


 ゼルチュを殺したところで何も得られない。ノアとルナは雫と村正を抱きかかえ、その無様な姿に哀れみの視線を向ける。


「本来の予定とは違うが…Noel Projectをここで終わらせるわけには…」

「…もう終わりなんだよ。お前の欲望に塗れたNoel Projectは――」

「終わりじゃない…! 私の研究は、私の理想は、ここから始まるんだぁぁ…!!」


 彼は叫びながら、胸元の裏ポケットに隠していた小さな端末を操作し始めた。


「させるか!」

「っ――!」


 ノアはすぐさま二丁拳銃でその端末を撃ち抜いたのだが、どうやらギリギリ間に合わなかったようで、至る場所に設置されている赤と青のランプが激しく点滅をする。 


「一旦下がるぞ…!」

 

 ノアたちはその場所から、入り口に近い場所へと大きく退き下がった。


「この世界に、新たな支配者として"誕生"するんだ――」 


 中央に置かれていたカプセルが上下に開いていく。尋常じゃないほどの創造力に、空気を重くさせる威圧感。それが辺りに漂うことで、ノアたちは目を細める。


「――"ノエル"!!」


 一人の少女がそこに降り立つ。赤と青の色が対称となったドレス。左を赤、右を青の色に輝かせるその瞳。そして左頭部の髪を黒色、右の頭部を白色に区別させた髪型。


「リベロくん、村正とそこで待っててね」

「レイン、雫のことを頼んだぞ」


 レインとリベロが威圧に押し負けている中で、ノアとルナはそれぞれ偽物の身体に付いていた『Noah』と【Luna】というネームプレートを何食わぬ顔で外す。


「ノエルは俺とお前の遺伝子で作られている。要は俺とお前の子供みたいなものだ」

「あはは、そうかも~。無関係とはいえないよね~」

「そうだろ? だから俺たちには――」


 白色のローブに付いていた『Persona』、黒色のローブに付けられていた【Anima】。二人はそのローブごと同時に脱ぎ捨てて、 


「――"親"として"子"の面倒を見る義務がある」


 創造形態の衣装を身に纏い、自分の胸元に『Noah』と【Luna】のネームプレートを取れないように括り付けた。


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