12:3 足止め
時が経ち、二月二十九日の夕暮れ時。突き落とされた崖の上。私はそこでデュアルと向かい合っていた。その後方でブライトちゃんたちが、私のことを睨んでいる。
「あなたが生きていたなんて…わたし、びっくりしちゃった」
ここにデュアルを呼び出したのは私。勝算なんてゼロに等しいけど、これはすべて作戦のため。
「それで聞きたいんだけど…。臆病な癖に、どうして逃げなかったの?」
「皆を見捨てて、この島から逃げられるわけがない。私は、絶対に皆を取り戻してみせる」
「狂言? それとも世迷言? どっちでもいいけど、逃げなかったことを後悔するのはあなただからね」
デュアルの周囲に黒色の霧が漂う。アレに一太刀でも入れられれば、再生で治療が出来なくなるのは経験済み。私は創造形態へと恰好を変化させ、創造武器の大鎌を構え、体内の創造力をすべて"神通力"に変換させた。
(朧絢によれば、あの黒い霧は"創造力"に関係する技だけしか封じることができない。それなら"神通力"のみで、デュアルと戦えば…)
黒色の霧が私の足元まで這いずり回り、巨大なハサミのようなものへと姿を変え、両足を切断しようと襲い掛かる。私はそれを飛び上がって回避し、大鎌を握りしめ、デュアルの元へ一気に詰め寄った。
「飛んで火にいる夏の虫、みたいだね?」
「――!」
デュアルの前方で集結していた黒色の霧は、私がすぐ目前まで迫ると四方八方に飛び散り、身体の節々に纏わりつこうとする。私は第五キャパシティである
(何かを狙ってる…)
どうもデュアルは私のことを"殺す"というよりも、"捕獲"しようとしている。そんな気がしてならなかった。私は
「あーあ、後少しで捕まえられたのに…」
「私を捕まえてどうするつもりなの?」
「実はね、あの時は呆気なく殺しちゃったなぁ…って少しだけ後悔してたんだよ? ずぅーっとわたしの中で心残りだった…」
消沈していく声と共に、見上げたデュアルの顔は、
「だから――今度は"殺してくれ"って懇願するまで、じっくりと嬲り殺してあげる!」
瞳孔が開き、口元が大きく歪む、狂気に沈んだ表情だった。今まで隠していた本性が露となり、私は思わず身震いをしてしまう。あの何の変哲もない眩しい笑顔の裏に、これほどまでにおぞましいと感じさせる狂気が潜んでいたのだ。
(怖いけど…。皆の為にも、立ち向かわないといけないんだ)
震える身体を落ち着かせ、前髪に付いた三日月の髪飾りを外し、右手で軽く握りしめる。ノアが髪飾りを与えてくれた時に見せてくれた"優しさ"と"勇気"。それが脳裏に過り、私自身を鼓舞させた。
「"しっかりしろよルナ。お前がここで怖気づいてどうする"」
ノアが私に向かって、掛けてきそうな言葉。それを独り言のように呟き、私は地上に立っている"化け物"へと雷の刃を飛ばした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「此方に何の用ですか?」
「少しだけお前と話をしたかったんだ」
ステラと以前に訪れた花が咲き誇る丘。
そこで俺はルナが交戦を始めたことを創造力の高まりで感じ取り、視線の先に立つローザへと下手くそな愛想笑いを送った。前よりも笑うことが少なくなったせいで、違和感のある愛想笑いしかできない。ステラに別人だと勘付かれたのも、それが原因だろうな。
「お前、"
「何を聞いてくるかと思えば…。用件はそんなことですか」
「大事なことだ。お前が白金昴の娘だってことがな」
初代救世主、初代教皇が生きていた時代に、白金昴はレーヴ・ダウンで研究員として務めていたことを俺は知っている。だが白金雨音もまたその時代を生きていた。
「どうして父親を止めないんだ? あいつは過ちを犯している。お前だって、それぐらい分かっているはずだろ」
「……」
「…だんまりか」
だからこそ、白金昴が間違った道を歩む姿。それを近くで見てきたはず。俺は白金雨音に問うが、何も答えてはくれない。その反応には思わず俺も、大きな溜息をついてしまった。
「なら質問を変える。お前はどうやって今の時代まで生きてこられた?」
死ぬまで生き続けられる"
「"努力"です」
「…は?」
「此方は"努力"をしていたから、この時代まで生き残れたんです」
回答になっていない返答。"お前の質問には応じるつもりはない"とでも言いたげな顔で、軽く殺気を放っていた。どうやら俺が話しかけたところで、一方通行の片想いみたいなものらしい。
「初代四色の蓮、赤の象徴。此方の実力がここで証明できる良い機会です」
「豪勢な武器だな。それを操って戦える"能力"ってわけだ。身体の非力さ補うための能力か?」
雨音は銀製の武器を自身の周囲に漂わせた。恐らくアレは"武器の遠隔操作"が可能な第一キャパシティ。脳内で"攻撃"や"防御"の判断を下し、武器がその判断通りに動いてくれる。身体を動かすことが苦手、という弱点を補うための能力。
「…頭が回りますね」
「俺だって、何度も修羅場を潜り抜けてきたんだ。これぐらい頭が回らなきゃ、今頃どこか知らないところで野垂れ死んでるだろ」
俺は紅色の鞘に納められた刀を腰に携える。
「朧絢、あなたにはここで四色の蓮を降りてもらいます」
「悪いけどさ、"新人"に四色の蓮は任せられねぇよ」
何の違和感もなく、交戦を始められた。この戦いにおいて重要なのは、勝つか負けるかじゃない――どれだけ時間を稼げるかだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こっちです…!」
「ええい、茂みが邪魔じゃ…!」
わらわたちはサヨの案内で、研究所の入り口があるという島の中央部分まで、森を駆け抜けていた。生い茂る草木が邪魔でわらわが声を荒げる最中、リートは聖書を読みながらその草木をすり抜ける。
「おぬしは楽でいいのう…!」
「"神"だからな」
「それを自分で言うか」と苦笑しながら、わらわたちは島の中央部にやっとのことで辿り着く。
「研究所なんてどこにあるんじゃ? 薄汚い小屋しかないではないか」
そこにあったのは錆びれた古小屋のみ。辺りを見渡しても、研究所らしき建築物など見当たらない。
「研究所はこの島の地下にあります。あの小屋がその"エレベーター"になっているんです」
サヨに案内をされるがまま、埃っぽい古小屋の内部へと足を踏み入れる。綿が飛び出たボロボロのベッドに、今にも倒れそうなクローゼット。一日ここで過ごすだけでも、かなり辛い。
「これがエレベーターです」
小屋の壁をサヨが触れると、何も置かれていない床下から、真っ白な円柱状のエレベーターが出現する。
「これが人間の創り出した"文明の利器"とやらか。面白い形をしているな」
「おぬしは少し黙っておれ…」
三人で円柱のエレベーターへと乗り込むと、研究所へと続く道をゆっくりと下り始めた。ガラス張りの窓などは付いていないため、外がどのような景色なのかは分からない。
「あやつら、上手くやれているといいんじゃが…」
「…そうですね」
時は遡り、ルナが目を覚ましたあの日。サヨが提案した作戦の内容はこうだった。
『お前たち三人で、研究所に忍び込むのか?』
『はい。あの研究所の大きな欠点は"創造力"を"前提"とした警備システムです。妲己様とリートさんは、"創造力"を持っていません。この二人ならセキュリティーに引っ掛かることなく、研究所へと忍び込めるはずです』
エデンの園の研究所は創造力を探知するシステムが使われている。それは裏を返せば、創造力を持たない者は探知ができないということ。サヨはそれを利用して、リートとわらわを同行させようとしていた。
『待つんじゃ。なぜ、わらわたちも同行する必要が? おぬし一人だけの方が安全じゃろう』
『この女が正しい。そのセキュリティーとやらに引っ掛からなくても、研究所内部には他の者たちがいるはずだ。それらと鉢合わせをすれば、おしまいだろう』
『その点は大丈夫です。研究員の大半は"クローン"。それも研究をするためだけに創られた人材。"研究所は白金昴に認められた者しか入れない"という情報だけしか知らないので、他の研究員は疑うこともしません』
わらわとリートはその説明を受けて、やや納得する素振りを見せる。それを確認したサヨは話をこう続けた。
『二人に同行してほしい理由は、この一度だけでNoel Aを手に入れたいからです。もしNoel Aを持ち出すことに一度でも失敗すれば、もう私たちの手の届かない場所に保管されてしまう…。そうなったらデュアルに敵う術はありません』
『ならば私は同行しよう。この一度のチャンスを失敗はできない。女、お前はどうする?』
『…わらわはもう戦えぬ身体。そんなわらわでも役に立てるのなら、同行するに決まっておろう』
研究所に忍び込むメンバーはわらわを含み、サヨとリート。創造力を持たぬ二人と、白金昴の元で動いていた研究員。それが決まれば、次にサヨは朧絢とルナの方へ視線を向けた。
『お二人には、無茶なお願いをしてしまいます』
『無茶なら何度もしてきたからな。今更どうこう言わねぇよ』
『…そうだね。今まで無茶苦茶なことばかりだったから』
サヨは二人の返答を聞き「…ありがとうございます」と感謝の言葉を述べ、スマートフォンに島の全体図を映し出した。
『簡潔に言えば…私たちが研究所からNoel Aを取りに戻るまで、時間を稼ぐための囮になってほしいんです』
『俺たちが囮に?』
『はい、誘き出してほしいのは"デュアル"と"ローザ"の二人。この島の対となるこの位置とこの位置で、わざと派手に暴れ回って時間を稼いでください』
サヨが指差した地図の場所は、"崖のある位置"と"丘のある位置"。その位置は島の中央部を挟んで、対となっている。
『どうして派手に暴れ回る必要があるの?』
『私は白金昴の元で動く研究員。妲己様は既に亡くなっている死人。リートさんは素性の掴めない人物。この三人が敵として動くなんて、流石の白金昴も予期できません。そこで既に敵として存在を認知されているお二人が姿を見せれば、自然とそちらに注目が行くはずです』
『なるほど、その間に私たちが盗人になるということか』
決行日はルナの治療期間も踏まえて、二月の最終日。それまで各々準備を進めることにし、ついにその日がやってきた。今のところ、わらわたちの方は上手くいってはおるが、最も心配なのはあやつらのこと。
「簡単に死なれては困る。せめてデュアルを倒してから死んでもらわないと」
相も変わらずこやつは自分の事だけしか考えない。そんな身勝手な神様に、わらわとサヨは呆れていれば、
「研究所に到着します」
エレベーターの開閉式の扉が左右に開いた。
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