10:6 救いと教え 後篇
「お前、本当にあのビー玉を飲み込んだのか?」
「私が冗談を言っているように見える~?」
ルナがかつてないほど、本気の目をしていること。それはこの戦いにおいて、自分の身を犠牲にしてまで勝とうとしている…そんな意志の強さをノアは彼女から窺えていた。
「そこまでして勝ちたいのか?」
「勝ちたいよ。私はみんなの大切な人を助けたいから」
ノアを取り囲むように雷が四方八方に移動を繰り返す。
「変わったな。お前は」
彼はその場で微笑すれば、第四キャパシティの"
「変わらなきゃ、強くなれないからね…!」
「…!」
雷を通わせた大鎌ラミアをノアは二丁拳銃で受け止めたが、全身へ流れるように電流が注ぎ込まれてしまう。その影響で身体が痺れ、動きが明らかに鈍くなった。
「がら空きだよ」
大きな隙。
それを狙って、ルナは飛び蹴りで追い討ちを仕掛けようとする。
「これがストリアの雷か」
「――!!」
しかしルナの飛び蹴りをノアは右の手の平で軽々と受け止め、身体をゆっくりと動かし始めた。
「…もう慣れたよ」
「慣れたって――」
ルナがそう言いかけた瞬間、ノアは元の動きの速度へと戻りつつも二丁拳銃から何十発かの弾丸を彼女の体に撃ち込んだ。
「ぐぅぅぅッ!?」
「チッ、ビー玉に当たらなかったか」
弾丸はすべてルナの身体を貫通する。もしビー玉に直撃していれば、その時点で彼女の負けとなってしまうが、数撃てば当たるという作戦は中々上手くいかないらしい。
「再生!」
身体に穴の空いた部分を再生で完治させ、ルナは大鎌を薙ぎ払って雷の刃をノアへと飛ばす。
「
だが彼はその刃と自身の位置を交換して、何事もなかったかのようにルナへと詰め寄る。
「その能力、ずるくない?」
「お互い様だ」
二丁拳銃と大鎌の鍔迫り合いが始まったが、ノアは先ほどのように雷の影響で身体を鈍らせることがない。彼女は「もう慣れた」と先ほど彼が言っていたことを思い出し、心の中で"化け物め"と独白する。
(ノアはどこにビー玉を隠し持って…)
ルナはノアの戦い方、武器、能力ならばそこそこ把握していた。けれどビー玉をどこに隠し持っているのかなど、今まで一度も経験したことや考えたことのない事例。まったく見当がつかず、ノアの全身を下から上まで眺めていれば、
「俺がどこにビー玉を隠しているのか気になるのか?」
当然、彼に勘付かれる。ルナはニッコリとした笑みをノアへと向けながら、
「そうだね~。ノアとはかくれんぼで遊んだこともないし~」
「…ヒントは、お前がどれだけ考えても絶対に分からない場所に隠しているということだ」
「それヒントの意味ないよねぇ!」
大鎌を力強く振り抜いて、彼を一軒家の庭まで吹き飛ばす。
「かなり分かりやすいと思うけどな」
彼は庭の花壇へと着地し、手榴弾をいくつか手元に創造してルナの周囲へと一斉にばら撒いた。
「バカですいませんでした~!」
彼女は大鎌を構え、その場で綺麗に一回転すれば、足元に落ちていた手榴弾はひとつ残らず斬り捨てられ、あっという間に光の塵と化してしまう。
「きゃああぁぁぁあ!!?」
「…ステラちゃん?」
一進一退を繰り返している二人の耳に聞こえてきたのは、ステラの悲鳴。ルナはすぐに声のする方向へと駆けていく。
「やりぃ! これで二人目だぜ!」
彼女の目に入ったのは、ファルスが黒色のビー玉を破壊する瞬間。電柱に背を付けて座り込んでいるステラを見れば、そのビー玉が本人のものだと分かる。
「残りはあなただけですよ、ヘイズ」
「……」
ティアの元にビートとファルサが加わり、三対一という圧倒的に不利な戦況へと変わる。黒のチームが二人欠けているのに対し、白のチームは誰一人として欠けていない。時間が経過すればするほど、黒が白に押し込まれていく。
「よそ見してるのか?」
「…ッ!?」
後を追いかけてきたノアが二丁拳銃を連射して、ヘイズの増援に向かえないよう弾幕を張る。それをその場で凌ぐことは容易いが、凌ぎつつヘイズを助けには向かえない。彼は先に敵の人員を削ることに集中し、ルナの足止めをしていた。
「よくもステラちゃんを…」
ヘイズは疲れ切っているステラへ憐れむような視線を送ると、ティアたちを睨みつける。
「許さないから」
「…?」
彼女は持っている創造武器の弓を手放して、足元に落とす。
「第二キャパシティ」
「…!! 待てヘイズ! それを使ったら――」
「
何故か敵であるリベロが叫び、ヘイズの能力発動を阻止しようとする。しかし彼女は止まることなく、第二キャパシティである
「何だよ、コイツ?」
「明らかに…何か変わったな」
ファルスとビートは、視線の先に立つヘイズの変化を悟り、創造武器を構える。
「おいお前ら! ヘイズから離れろ!」
「…何を言ってるの?」
「いいか!? ヘイズの第二キャパシティは本当にお前らを殺しかねな――」
声を荒げるリベロに、怪訝そうな面持ちをするレイン。
「終わりだよ」
「「――?!」」
刹那、ビートとファルスの身体は宙に浮き、ヘイズは二人の背後に立っていた。本人たちがそれに気が付いたのは、地面へと背を打ち付けた瞬間。
「AA型の二人が、やられた?」
ヘイズは手の平に乗せていた二つの白色のビー玉を握りつぶす。ティアは一瞬でビートとファルスがやられたことで、呆然としてしまった。
「第三キャパシティ、
それが命取り。ヘイズは手を空に掲げ、エンヴィから受け継いだ能力で巨大な水の球体を創り出す。そこから顔を出したのは、水で象られた龍。赤色の瞳を輝かせて、ティアに向けてその口を開く。
「破壊してあげる。そのビー玉ごと」
撃ち出されたのは水鉄砲。それもコンクリートの地面に切れ目を入れるほど強力なもの。
「第四キャパシティ
リベロはレインの刀を弾き飛ばせば、ミリタスから受け継いだ能力で天からレーザーを降り注がせて、水龍による水鉄砲を相殺する。
「ノア、ヘイズを止めてくれ!」
「――! あぁ、分かったよ!」
妙な強さを見せるヘイズを見ていたノアは、声を荒げるリベロによって我に返った。そしてルナを完全に放置し、ヘイズへと接近する。
「落ち着けヘイズ。何が起きたのかは知らんが、殺すつもりで相手を攻撃したら――」
「邪魔」
「っ…!?」
落ち着かせようとしたノアに向かって、ヘイズは水で生成したナイフを強く握りしめて振るう。狙った個所は首の頸動脈。手加減をしているのなら、絶対に狙うはずのない部分だ。
「…こっちも手加減できないぞ」
ノアはヘイズの内面に殺意が芽生えていると確信すれば、二丁拳銃で近接技を仕掛けて、気絶させようと試みた。
「勝てるとでも?」
(こいつの動き、ヘイズじゃない…!)
だが、ヘイズはノアのガンカタをすべて見切ったうえで、彼の頭部に組んだ両手でハンマーパンチを落とす。ノアの視界の隅に写ったのは、余裕綽々なヘイズの表情。
「嘘でしょ? ヘイズちゃんがノアを叩きつけて…」
ルナはその場で何もできずにいた。
ヘイズは自分と同じ黒色の仲間。ここで止めるような行為をすれば、相手チームの手助けとなる。ならば彼女を上手く利用して、この勝負に勝てばいいのではないか…と。
「ノア!」
「人の心配はね? 自分の身の安全を確保してからした方がいいよ」
「ッ…?!」
そう叫ぶティアの背後に回り込むのはヘイズ。右脚による膝蹴りを彼女の背骨に叩き込んで真っ二つに折った後、ポケットから白色のビー玉を掠め取り、
「これで三人目」
地面に叩きつけて粉々にする。ノアはそれを見て、頭を片手で押さえながらもその場に何とか立ち上がった。
「立ち上がるその勇気は無謀だと思うよ」
「ふざけろ…」
「どっちがかな?」
彼はそんな言葉を吐き捨てれば、ヘイズがノアの側面へと回り込んで貫き手を繰り出す。
「お前がだよ」
「…あはっ」
ノアはそれを半身を逸らして回避し、ヘイズの腕の関節を掌底打ちで真逆の方向へと折り曲げた。
「ノアって、私と似てるね」
「違うな。お前が"過去の俺"に似てるんだよ」
ヘイズは逆の腕で裏拳を彼の顔に打ち込もうとするが、彼はそれさえも関節技で難なく折り曲げてしまう。
「そんな甘えた攻撃で、敵を殺せるの?」
「その甘えた攻撃だけで、今まで誰一人として殺さず…」
両腕が使い物にならなくなったというのに、それでもヘイズはうろたえず両脚でノアの首を挟み込み、ギシギシと固く締め付けた。しかし彼はその程度ではまったく動揺しない。
「やってこれたんだろうが」
「キャァッ…!?」
ヘイズの首を片手で締め上げれば、そのまま地面へと何度も玩具のように叩きつける。一切の手加減も無しに叩きつけて、叩きつけて、叩きつけて、
「…その能力はあまり使わない方がいい」
力技でヘイズを気絶させてしまった。コンクリートがパズルのようにバラバラと散らばる場所で、ノアは仰向けに倒れているヘイズの胸ポケットから黒色のビー玉を取り出す。
「これで三人目だ」
そして気絶したヘイズを見下しながら、宙に放り投げ、弾倉の底の部分で砕いてしまった。
「…金髪女、どうしてヘイズの援護をしなかったの」
「おいおいー、オレたちの仲間が殺されかけたんだぜー? 援護なんてしたらそれこそ死人が出ちまうだろー? お前はオレたちよりも家族の方が大事だってのかー?」
不服そうなレインにリベロが勘所を押さえる。この殺し合いは"殺してはいけない"というのが最低限のルール。家族を助けるために仲間を殺す行為などは、断じて許されるものではない。
「それならあなたを倒した後に、ノアをあの金髪女と倒す」
「できるもんならやってみろよなー?」
「…"豪雨"」
レインは第一キャパシティ雨露霜雪を発動する。型は"攻め"を重点に置いた"豪雨"。刀による振りの速さ、突きの鋭さ、それらがすべて連撃と繋がり彼女の猛攻が始まった。
「その力はほんっと便利だよなー?」
リベロは後退りしながら大剣メルムで防ぎつつ、反撃の構えを取って、
「けど攻めの一点だけじゃ"前"しか見えないよなー?」
「…!」
第三キャパシティの
(こいつ、私のビー玉の隠し場所を把握して…)
レインがビー玉を隠し持っていた場所、それは背中の部分。彼女の創造形態の格好は胸にさらしを巻いている。ならばそのさらしの中に入れ、更に背中側へと隠し持てば、まず相手は身体の表側しか探りを入れないため、易々と創造破壊されないと考えていたのだが、
「今日はいつもより更に胸が小さかったからなー。そのさらしの後ろにビー玉でも詰めてんだろー?」
「…そうやって余計な個所ばかりを」
彼の観察眼は測り知れなかった。レインは最も触れて欲しくない"部位"を言及され、やや苛立ちながらも振り返りざまに、
「
プリーデから受け継いだ能力で、創造力による斬撃をリベロへと飛ばした。
「甘いんだよなー?」
だが、再びリベロは
「――!?」
レインによる猛攻を受け、反撃の構えを取った瞬間へと自分の位置と時間を戻した。能力を上手く扱い、更に背後を取る戦法。これには彼女も振り返りが間に合わない。
「オレの勝ちだぜー」
彼の大剣がレインの背中側のさらしに隠されているビー玉へと触れ、破壊されそうになったが、
「違う。これは引き分け」
彼女は振り返ることを諦め、刀をリベロの足元付近へと突き刺した。
「……」
「…」
レインのさらしの中から、真っ二つに斬り捨てられた黒色のビー玉が地面へと落下する。重々しく聞こえてくる一粒の音。これは彼女の敗北を意味する――。
「こりゃあ、一本取られたなー」
ものではなかった。正確には彼女だけじゃない。彼の敗北も意味する音。
「あなたは、普段より左脚を軸にしている回数が多かった。だからあなたがビー玉を隠している場所は――左脚の靴の中」
レインの刀が突き刺さっているのはリベロの靴先。彼女がそう言って刀を抜いてみれば、そこには白色のビー玉を貫く、刀の先端が顔を見せた。
「これでオレとお前が消えて、三対三ってわけかー」
「…そうでもなさそうだけど?」
レインとリベロの決着が丁度ついたタイミングで、真白町のある方角から四人組が共に歩いてくる。
「おいおいー? お前らも四人で仲良く引き分けってかー?」
「あぁ、善戦したんだけどな」
ブライトとウィザード、ヴィルタスとアウラ。この四人が創造武器を消して、仲良く歩いてきたということは誰もビー玉を持っていないことを意味する。レインとリベロは同時に顔を見合わせ、唯一残っている自分の仲間へと視線を移した。
「ノア、頼むぜー」
「…金髪女」
残った者はノアとルナのみ。ビー玉の残りの数も、白と黒一個ずつとなる。
「やはり、一筋縄ではいかないか」
「私はそう簡単にやられないよ」
かなり激戦を繰り広げていたのか、二人とも創造形態の衣装に汚れや破れがやや窺えた。お互いに消耗している状態。そろそろ、決めの一手を叩き込む頃合いだ。
「お前の身体にかれこれ何十発か弾丸を撃ち込んでおかげで、やっと体内のどこにビー玉があるのか分かったよ」
ノアは二丁拳銃の銃口を彼女へと向ける。
「私もね~? ノアのヒントのおかげでどこに隠しているか分かっちゃったよ~」
ルナは黒の大鎌を構えて、彼に目標を定める。
「「これで終わらせる」」
ノアとルナは互いに駆け出して、どんどん距離を詰め、
「ここだ…!」
「そこだよ!」
防御など捨てて、ビー玉を破壊しようと銃の引き金に、大鎌の持ち手に力を込め、己の全力を存分に発揮した。
「「……」」
発砲音と肉を裂く音が聞こえれば、一弾の薬莢と一滴の血液。それらがほぼ同時に地面へと落ちる。
「…どっちが勝ったの?」
レインたちの目から見ても、どちらが勝利を収めたのかが分からない。唯一見て分かるのは、ルナの身体に弾丸を撃ち込まれ、ノアの右の脇腹に大鎌が突き刺さっていることだけ。
「ノアも…私と同じように飲み込んでたんでしょ…?」
「あぁ、正解だよ」
ルナの身体に空いた風穴から血液と共に黒のビー玉の破片がドロドロと流れ落ちる。
「私たちは引き分け、だね」
「…それは、どうかな」
不敵な笑みを浮かべるノア。
彼の脇腹から彼女と同様に血液とビー玉が流れ落ちてきたが、
「…え?」
それは傷一つ付いていない白色のビー玉。ルナはそれを見て、目を丸くした。
「身体を、少しだけ逸らしたんだよ。お前の鎌が突き刺さる直前に、無理やりな」
「そんな…嘘でしょ…」
決着がつけば、ルナは大鎌を消してその場にぺたんと座り込む。そんな彼女の目には、黒色のビー玉の破片が紅い血液の中に沈んでいくように見えた。
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