10:5 救いと教え 中篇

 三十分前 白色Side


「空から…ですか?」

「あぁ、俺たちは正面からではなくあいつらの真上から奇襲を仕掛けるんだ」


 ルナたちが作戦の再確認をしている頃、ノアたちは本来決まっていた作戦内容を大きく変えていた。


「おいおいー? ルナたちを挟み撃ちにするんじゃないのかよー?」


 本来の作戦内容は銃声を鳴らしたと同時に各々が個別で移動をし、ルナたちを取り囲む形で攻撃を仕掛ける…というものだったが、


「俺たちが背負っているリスクとあいつらが背負っているリスク。天秤にかければ、どう考えても家族を失う方がリスクは高い。下手に俺たちがいる場所へ攻め込んで失敗をしたら、それこそ終わり。だから俺たちが攻め込んでくるまで、絶対にあいつらは自分から動かない」


 ノアはルナたちが最も安全な策で戦いを挑んでくると憶測を立てた。陣形、事前準備、それらはすべて防衛重視で考えているのではないか。彼はその憶測をリベロたちに伝える。


「それで、どうして空からなの? 私たちが普通に地上から紫黒町に攻め込んで、ルナちゃんたちを挟めばいいんじゃ…」

「相手は事前準備を怠っていない。特にグラヴィスがいるのなら、罠のようなものを町中に付け回っているはずだ」


 自分なら必ず何か小細工をする。立場を入れ替え、相手の心境を予測していたノアは、そのまま正面から攻め込むのは愚策だと考えていた。


「でもよ、オレたちはどうやって空から奇襲を仕掛けるんだ? 飛行機とかを創造して空でも飛ぶのか?」

「おいおいー? そんなことしたら音バレするぜー」


 ビートの質問に対して、ノアは視線をティアへと送る。


「なるほど…。私の第一キャパシティを使うのですね」 

「あぁ、お前の能力ならそれが可能だろ?」


 音を立てることなく、空を飛ぶ方法。

 それはティアの第一キャパシティ言霊ワードソウルが要となる。彼女の能力は『魂のない物に何かを命じればそれ通りに動く』というもの。ティアが物に"空を飛べ"と命じれば、どんなものでも空を飛ぶ。ノアたちはそれに乗って、空からルナたちの真上へと移動をしようとしていた。


「確かにそれは可能です。空から移動をすれば、向こうの事前準備とやらも効果を失う。ですがノア、私たちが真上から奇襲を仕掛けたところで向こうに陣形を組まれている以上、あまり意味がないのでは?」

「同感ね。空から降り立てば黒のチームを一瞬で取り囲むことができるけど、向こうはきっと囲まれたことも考慮して陣形を組んでいるわよ」

「それだけではありません。私の能力で空を移動できると言っても、速度に限界があります。それにこの広い町の中から相手の居場所を見つけること。相手の真上までバレずに移動すること。この二つが上手くいくとは到底思えませんが」


 空から攻め込むメリットは、相手の罠を突破できることだけ。その程度ならわざわざ空を飛ぶ必要などないだろう。ティアとアウラは彼にそう異議を唱えた。


「戦闘開始の合図である銃声。それを鳴らせば開始と同時に自分たちの位置が知られ不利となる。それなのにどうしてその役目を俺が引き受けたのか。それが分かるか?」 

「…何故ですか?」

「そんなハンデを負っても、この戦いは俺たちが有利だからだよ。向こうのチームにとって、真の敵となるのは俺たちじゃない――"時間"だ」


 ノアは異議を唱えた二人に向かって、ジュエルペイに表示された時刻を見せる。


「そうか…! 俺たちはここで戦わなくても、逃げ回っていれば約束の時刻が過ぎる…! ゼルチュは約束の時刻が過ぎてもノエルを連れて来なかったら"交渉決裂"とみなして…」

「グラヴィスくんたちの家族を、殺してしまう」


 ヴィルタスの言葉の続きを、ファルサが代わりにそう述べた。何もせずとも自分たちは簡単に勝つことができる。それを理解した彼らは、表情に少しだけ余裕が生まれていた。


「ルナたちは、まだその事実を見過ごしている。戦いが始まり、時間が経過すればそれにやっと気が付く。気が付いて、自分たちの作戦を変更せざるを得ないだろうな」 

「んじゃあオレたちは戦わなくていいんじゃねぇか? 真白町を走り回って逃げていれば、勝てるんだろ?」

「いいや俺たちは戦う。その"時間経過"を上手く利用して」


 だからといって、ノアは時間が経つのを待とうとはしない。お互いに消化不良のまま終わることが最も辿り着いてはいけない結末だ、と彼自身がルール説明をした際に語っていたから。


「自分たちには時間が無いこと。それに気が付く前に、俺たちは空を移動して黒チームの"居場所"を把握する。きっとあいつらは俺たちが『時間切れを狙っているのではないか』という考えに至るはずだ」

「なるほどなー。そんでルナたちは行動を起こすしかなくなるってわけかー」

「そういうことだ。しかも全員で固まって動くことはない。様子見をさせるために二人か三人、こっちへと送ってくるはず…」


 白チームが時間切れを狙っていると黒チームに予測させ、実際は奇襲を仕掛けるために必要な"居場所の把握"と"移動する時間"を稼ぐ。ノアの憶測はすべて的中し、ルナたちはその通りに動いてしまった。


「流石だね、ノア。私たちの動きを読んでいたなんて」 


 ルナは先手を打たれ、苦笑いしつつも創造武器の大鎌を召喚する。


「グラヴィスを初めにやれたのは大きかったよ。後衛で最も厄介な人物だったからな」

「くっそぉ…! もっと早く気が付いていれば…」

「うるせぇ! テメェはもうやられてんだから、さっさとここから離れて傍観してろ!!」


 ファルスに怒声を浴びせられたグラヴィスは悔しさを露にし、戦闘に巻き込まれないよう離れた場所へと早足で歩いていく。


『ルナ、聴こえるか!?』

「…! どうしたのウィザードくん?」

『俺たちはヴィルタスとアウラに遭遇した! 俺たちは交戦を始めるぞ!』


 ジュエルコネクトでそれを聞いたルナは一瞬だけ視線を斜めに逸らして、すぐにノアの顔を見た。遠くから掠り合う金属音と、建造物が崩壊する音が聞こえてくる。


「ウィザードとブライトは二人とも前衛だ。それに対してヴィルタスとアウラは、前衛・後衛という組み合わせ。どちらが有利なのかは分かるだろう?」

「そこまで考えて…」

「この状況もお前たちが不利だ。後衛二人、中衛一人、そして前衛が一人。俺とリベロでお前とレインを押さえれば、前衛のティアとビートとファルスが後衛のヘイズたちを倒すことになる」


 後衛と後衛の組み合わせ、前衛と前衛と前衛の組み合わせ。どちらが強いのかを答えずともルナはそれをよく理解していた。何故なら、彼女自身も過去に"前衛"としての役目を果たしていたから。


(どうしよっかな…?)


 仲間は一人欠けた状態。これから不利な相手と交戦することになる仲間たち。ルナはその戦況をどう覆そうか頭を働かせて考えに、考え、考えた。


「各員、戦闘を開始しろ」

「――!」


 ノアの合図と共にルナの顔に銃弾が掠り、赤色の血が頬を伝わる。


「考えてばかりじゃただやられるだけだぞ」

「そんなの、分かってるよ…!」 

 

 我に返ったルナは、大型の鎌から小型の鎌を分裂させ自身の周囲に漂わせた。


「おいおいー? 創造形態なんて使ってるとまた裸になっちまうぜー?」

「あなたに負けるぐらいなら、まだ裸になった方がいい」


 レインとリベロは創造形態を既に発動させ、大剣と刀で鍔迫り合いを始めている。あの二人の力量はほぼ互角。勝敗を分けるのは、この勝負に対する"気持ちの強さ"だろう。


「――雨など降るもをかし」

「っ…!!」


 ティアは第二キャパシティ歌人ポエットを発動し自身の身体能力を向上させていた。アポロンの弓でヘイズが何とか彼女を狙おうとするが、軽々と避けられてしまっている。


「第二キャパシティ、阿修羅…!」 

「行くぜクソガキ!」

「助けて、モルペウス!」

「だーれがクソガキだって?」


 ビートとファルスに迫られるステラは、ユメノ使者のモルペウスを呼び出す。そして彼女の能力でもある光の屈折ライトリフレクションで迎え撃とうと試みていた。


「よそ見をしている場合か?」

(っ!! いつの間に…!?)

  

 小型の鎌が漂うことで誰も接近することができないはずが、ノアは一瞬にしてルナの目の前まで近づき、


「"衝撃操作ショックオペレーション"」

「かはッ――!?」

 

 彼女の腹部に裏拳をめり込ませる。能力によって衝撃の威力を最大にさせた裏拳は、ルナの内臓を損傷させるのに十分な威力。ルナはなすすべもなく、レンガの壁へと吹き飛んでいった。

 

「第五キャパシティ位置交換ポジショントレード。スロースから受け継いだ能力だ」


 スロースが所持していた自分の位置と対象の位置を交換する能力、位置交換。ノアはそれを使用して小型の鎌と自分の位置を入れ替え、ルナの目の前まで瞬間移動をしたのだ。


「ビー玉をどこに隠し持っている。身に着けていないのなら、それはルール違反だ。お前は強制退場になるぞ」


 ノアは創造形態で白色のコートを羽織り、二丁拳銃の銃口を崩れたレンガの先に向けた。


「…おい、聞いているの――」

「聞いてるよ」


 青白く点滅する雷光。

 視界が暗んだと思えば、ルナの囁きと共にノアの横を何かが通り過ぎ、


「ぅっ…!?」


 身体の隅々まで流れ込んでくる電流と、激しい出血をもたらす斬り傷によって、ノアはその場に立ち膝をついた。


「第五キャパシティ稲妻ライトニング。私だってストリアから受け継いでるんだよ」


 身体と大鎌に雷を走らせ、バチバチと大きな音を立てる。

 

「それとね、私は反則なんてしていない。ちゃんとビー玉はあるんだよ」


 ノアが再生を使用して怪我を治療している最中、ルナは片手で胸を押さえながら、


「――私の"身体の中"にね」


 覚悟を示す視線でノアに訴えかけた。

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