10:3 赤の果実は争う

「「「……」」」


 ノアの部屋に集まれば、先ほどまで激しい口論を繰り広げていたメンバーたちが口を閉ざしまま、言葉を発さなくなっていた。黙り込んでいる者たちを包み込むのは、部屋に漂う険悪な雰囲気のみ。 


「…俺たちに残された時間は少ない。口論や多数決で決めるとなれば、必ずその結果に納得がいかない者が出る」


 このまま時間が過ぎるのをただ待っているわけにもいかない、とノアは少々早口でどのように選択を決めるか考えていた案を出すことにした。

 

「だからこそ誰もが不満を持たずに決められる方法は一つ」


 ノアが即座に思いついた方法。

 それは、


「ここは実力に物を言わせるエデンの園だ。"殺し合い"で決めようじゃないか」


 ――殺し合い。勿論それは本当に殺し合うわけではなく、模擬のような形で何かしらのルールを作り、実戦形式で戦うということ。


「舞台は俺が創り出す真のユメノ世界。ノエルを渡すか、ノエルを渡さないかの派閥で戦うんだ」

「ルールの詳細は~?」

「簡単だよ。色の違うビー玉を二種類用意して、それぞれ各派閥、各個人に持たせる。最終的に相手チームの持つビー玉をすべて創造破壊した方の勝ちだ」

「分かった~」


 ルールを聞いたうえで彼の提案に異議を申し立てる者はいない…となれば、次に決めることはたった一つ。ノアは隣に座っているルナへと視線を送りながら、黒と白のビー玉を何個か机の上に置いた。


「黒色のビー玉が"ノエルを引き渡す"。白のビー玉が"ノエルを引き渡さない"。好きな方を選んで手に取ってくれ…っと、その前にルナ」 

「ん~…?」

「まずは俺とお前が選択するべきだ」


 当然だが各々がどちらの選択をするか、どちらの派閥に付くのかという大事な選択を行う必要がある。しかし誰が一番最初にそれを決めるのかと考えた時、赤の果実の救世主と教皇を仮にも代表しているノアとルナが最適性だろう。


「…多分、ノアとは分かり合えないと思うなぁ~」 

「奇遇だな。俺も同じことを考えていたよ」


 ノアが手に取ったのは"白色のビー玉"、ルナが手に取ったのは"黒色のビー玉"。二人はお互いに、やはり意見は合わないままなんだ、とほくそ笑んでしまう。


「俺は世界を捨てられない。ゼルチュにも、白金昴にも何が何でも屈服はしたくはない。一つ勘違いしないでほしいのは…お前たちの家族を利用したアイツを、俺は絶対に許するつもりはないということだ」 

「私は、みんなの苦しむ姿を見るのが嫌だからかな~? もちろんノエルちゃんとお別れすることは嫌だし、Noel Projectの計画の手助け行為だってことは分かってるよ。でも黙って見捨てることはできない」


 中心核の二人がビー玉を選べばノアは東側の壁へ、ルナは西側の壁へと大きく分裂する。それを見た赤の果実のメンバーたちは、次々とビー玉に手を伸ばし始めた。


「ノア、ごめんね。私はどうしてもお母さんたちを助けたいんだ」

「…悪い、俺も綾香を見捨てることはできない」


 まず最初にビー玉を選んだのはブライトとウィザード。色は黒色、"ノエルを引き渡す側"の派閥。二人はノアに謝りながら、ルナの方へと歩いていく。


「…わりぃなお前たち。俺はノア側に付くぞ」

「私も、こっち側が正しいと思っているから…」

  

 次にビー玉を選んだのはアウラとヴィルタス。色は白色、"ノエルを引き渡さない側"の派閥。二人は軽く頭を下げながらも、ノアの方へと足早に歩いていく。


「わたしは…パパとママをたすけたいよ」

「オレは、ゼルチュには負けたくないぜ」


 ビートは白色、ステラは黒色のビー玉を選びそれぞれの派閥側へと背を向けた。明るさが取り柄の二人の表情はいつになく曇り、自身の決断に僅かな迷いが見える。


「僕は…自分の帰る場所を失いたくないから…」

「ごめんね、お母さんお父さん。私はこっちを選ぶよ」


 続いてグラヴィスは黒色、ファルサは白色のビー玉を手に取った。あのグラヴィスが周囲に流されず、自分の意志で選び、行動をしている。その様子を眺めていたノアとルナは心の奥底で「成長している」と親心を抱いていた。


「赤の果実は、全員がこのエデンの園で生き残り、世界が間違っていると訴えるために作られた同盟です。ゼルチュが真の敵だと分かった今、如何なる状況でも退くわけにはいきません」

「……」


 ティアは当然のように白色のビー玉を握りしめ、ヘイズは何も語ることもないまま、黒色のビー玉を人差し指と親指で摘まんでそれを眺める。


「…お前たちの番だぞ」


 最後に残されたのはレインとリベロ。この二人はDrop Projectの代表者である雨氷雫と月影村正のレプリカとなる重要な存在。どちらの選択をするのか、それはノアとルナだけが気になることではないようで、


「おいおいー? そんな注目すんなよなー」


 他のメンバーたちもじっ…と二人が何色のビー玉を選ぶのかを今か今かと注目していた。


「そんで、お前はどっちを選ぶんだよー?」

「…あなたこそ、どちらを取るの?」


 互いに探り合いながら、白と黒のビー玉を交互に見る。当の本人たちもこの取捨選択となるビー玉をすぐに選ぶことができないのだろう…。


「んじゃあオレはこっちを選ぶぜー」

「――!」


 と思いきや、リベロが颯爽と残された白色のビー玉を手の平に包んだ。


「リベロ、どうして?」

「ここでノエルを渡したら無理ゲーになっちまうからなー」 


 リベロはヘイズに背を向けた状態で、ノアの元まで歩み寄る。


「驚いたよ。いつもふざけていたお前がこっち側に来るなんてな」

「おいおいー? オレだって今回ばかりはテキトーに選んだわけじゃないんだぜー?」


 以前に実の母親であるウィッチをゼルチュの手で殺され、今回は父親を人質に取られて生か死かの選択肢を迫られているリベロの心境。それを踏まえれば黒色のビー玉を取るのではないかと考えるのが妥当だが、


「オレのお袋と親父だったら、間違いなくこっちを選んだと思うからなー」

「…ベロくん」

「親だけじゃないぜー。月影村正ってやつもよぉー、こっちを選んでいたんじゃないのかー?」


 両親の立場となり辿り着いた結論。ルナの弟である月影村正の遺伝子が組み込まれた影響。それらが重なりに重なって、相反する"決断"までリベロを導いていた。

  

「…うん。村正ならそっちを選んでいたよ」


 リベロに視線を送られたルナは、壁に背を付けながら小刻みに頷く。


「じゃあ、やっぱり私はあなたと分かり合えない」

「おいおいマジかよー?」


 すると、そのやり取りを見ていたレインは黒色のビー玉をそそくさと掴み取って、ルナの側まで近寄った。


「私は兄がそうしていたように、救えるものは救いたい。それが例え自分勝手な選択でも、私は苦しむ"仲間たち"を見捨てることはしたくないから」

「何となくお前はそっちを選ぶと思っていたよ。あいつも、雫も世界の命運なんかより、身近にいる仲間たちを助けようとしていただろうしな」

 

 ノアはそんな彼女を見て、小骨が折れた過去の出来事を思い出す。レインに組み込まれた遺伝子の持ち主である雨氷雫。彼女が何度も危険を顧みず"仲間"を助けようとしたせいで、自分の元にそのしわ寄せがやってきた苦労。


(…変わってない、か)


 そんな出来事が次々と記憶として蘇ったことで、懐かしさのあまり笑みを浮かべてしまう。


「黒が七人、白が七人。ちょうど二つに別れましたね」



――――――――


 黒色のビー玉【ノエルを引き渡す】

 ルナ

 レイン

 ブライト

 ウィザード

 ステラ

 ヘイズ

 グラヴィス


 白色のビー玉【ノエルを引き渡さない】

 ノア

 リベロ

 ティア

 ヴィルタス

 アウラ

 ビート

 ファルサ


――――――――



 ティアの言う通り、以上のような配分となったことで数による差が出ず、ほぼほぼ戦力はお互いに均等となった。ただ白と黒の特色は大きく違う。


(黒のチームは…)


 黒色はノアよりも"火力"が高いルナが中心となり、後方支援にヘイズやグラヴィスがいることで、前衛と後衛が分かれたバランスの良いチームだ。


(白のチームは~…)

 

 白色はルナよりも"知略"の高いノアが中心となり、比較的に前衛が多い。長期戦には不向きだが、近接に持ち込めばかなり有利となるチームだ。


「決戦は今から一時間後、場所は俺の真のユメノ世界。それまで各々のチームで作戦やらを立てておいてくれ」 


 チームが決まり、黒色チームはルナの部屋へと移動しようと玄関まで向かった――

 

「ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"!!!」

「――!?」

 

 刹那、目の前の扉が強引にこじ開けられ、この世のモノとは思えない…そんな"異形"たるモノの叫び声と共に隙間から肉塊の頭部を覗かせてきた。


「ヴァ"ァ"ウ"ア"ァ"ァ"ァ"」

「下がれ!」


 ノアが全員にそう呼びかければ、玄関だけに留まらず、窓際からも数体の"異形"の図体を持つ化け物たちが飛び込んでくる。


「…こいつら、何?」 


 レインは目を丸くしてそう呟く。

 彼女らの前にいるのは、二メートルは優に超えた身体を持つ異形。首の関節があらゆる方向に曲がりくねっている異形。そんな様々な種類の化け物たちが、一斉にルナたちへと襲い掛かってきた。


「全員、自衛するんだ! 最悪の場合はここで殺せ!」


 この異形たちはそれほど知性がないのか、狭い部屋の中という環境で暴れ回ってノアたちのことを殺そうと試みる。


「オ"ギ"ィ"ィ"ガ"ァ"ァ"ァ"ア"ン"ン"」

「くそっ…!? これでも食らえ!!」 


 ウィザードは鋭い爪を両手に伸ばした小さな異形に向かって、スタッフから雷撃を放つ。 


「ギャ"ァ"ア"ア"ア"ァ"ァ"」

 

 異形はウィザードの目の前で奇声を上げ、丸焦げとなりその場に倒れてしまった。


「こいつらはそんなに強くない! 部屋の真ん中まで追い込まれる前に、こっちから攻撃を仕掛けるんだ!」


 ウィザードが大声で全員にそれを伝えれば、各自異形の息の根を次々と止めていく。


「来ないで…!」

「ひ、ひぃ!?」


 襲い掛かる異形たちをブライトは短剣を振るって斬り捨て、グラヴィスは重火器で撃ち抜いた。


(何なんだこの化け物たちは…? こんなやつら、エデンの園で初めて見るぞ)


 ノアは二丁拳銃で冷静に化け物たちの脳天に狙いを定め、一匹ずつ仕留めていく。化け物たちの数は多いが、たったそれだけのこと。交戦を開始してものの数分で、ノアたちは化け物たちを一匹残らず始末してしまう。


「…終わったな」


 ノアの部屋は化け物たちの奇襲により荒れ果てた。死体が辺りに散らばり、異臭を放ち続ける地獄のような惨状。


「あーびっくりしたぜー。ホラゲーのイベントなんて聞いてねぇよー」

「…この化け物たちを送り込んだのはおそらくゼルチュだ。俺たちの邪魔をするつもりだったんだろう」


 その惨状にノアは大きな溜息をつきながら、転がる死体たちを一体ずつ蹴っ飛ばして部屋の隅まで転がす。片付けの手間がとてつもなく掛かること、それに対して彼は、 


「――最悪だ」


 と独り言をボソッと呟いた。

 

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