9:8 雨と涙
『模擬戦闘システム作動、模擬戦闘システム作動。各自、戦闘態勢に入ってください』
東棟にあるトレーニングルーム。制服姿のレインは真っ赤なランプに照らされ、けたたましく鳴り響く警報音に包まれながらも、ムラサメを片手持ちで構えていた。彼女が履いているローファーは、部屋の隅に置かれている。
『レベルSS、MEGUMI。レベルSS、MEGUMI。レディ、レディ…』
奥に設置されているカプセルから姿を見せたのは、"MEGUMI"と呼ばれる茶髪の女子高生。
「雨露霜雪――時雨」
雨露霜雪の移動の型である"時雨"。
レインは能力を発動すれば、一瞬でMEGUMIの懐まで潜り込み、
「"豪雨"」
ムラサメを瞬時に両手持ちへ切り替え、高速で斬り上げた。
「…」
MEGUMIはその一撃を非科学的な防壁を周囲に纏わせることで弾き返すと、レインの足元に熱を集中させ、
「ちっ…!」
一本の火柱を立てる。
レインは火柱に巻き込まれる前に、後方へ飛び退いて何とか回避をした。
「
そしてそびえ立つ火柱を第二キャパシティの能力で氷結させてしまう。
「
氷の柱の陰に隠れて、お互いに姿が見えない状態。レインはそれを利用して、プリーデから受け継いだ能力の一つ、第四キャパシティ"
「…」
氷柱は斬撃によってバラバラに崩壊し、MEGUMIの頭上に降り注ぐ。張り巡らされた防壁で被害を被ることはなかったが、
「…
レインが防壁の脆い個所を見抜き、そこへムラサメの矛先を突き刺せば、
「――!!」
乾いた音を立てて防壁はあっという間に破壊される。MEGUMIはそれに顔をしかめると、目と鼻の先にいるレインに向かって拳銃のハンドサインを突きつけた。
(…この動きは)
数ヶ月前、このトレーニングルームへ初めて訪れた際、ノアはステラのせいでMEGUMIと交戦するはめになった。その時にレインは二人の戦いを傍観していたことで、そのハンドサインによる攻撃が強力な"レーザー"の類のものだと思い出す。
(避けるなら真上)
彼女はMEGUMIの視界から最も外れるであろう真上へと飛び上がるために床を踏みしめたが、
「…っ!?」
軸足を床で滑らせてしまったせいで、飛び上がることが出来ず、その場で大きく態勢を崩してしまう。これは彼女のただの不注意。履いている黒のニーソックスと床の材質との組み合わせが、滑るようになっていたという偶然に過ぎない。
「地雨…!!」
レインは自分が態勢を整えている間にMEGUMIがレーザーを放ってくると予測し、防御の型である地雨を発動する。
「BANG」
ムラサメを自身の前に鞘ごと構えた瞬間、レーザーが近距離で放たれたことで彼女の身を真っ白な光が包み込んだ。
「…その程度?」
地雨の防御力、創造力による身体強化。この二つのおかげもあってか、彼女の損傷は制服がやや焦げている程度で軽傷までにも至っていなかった。
「…邪魔」
彼女は履いている黒のニーソックスを脱いで、部屋の隅へと放り投げる。艶めかしくスカートから覗かせる素足。肌の露出は増えたが、床を踏みしめても先ほどのように大きく滑るようなことはない。
「次で終わらせる」
刀を一度鞘に納め、レインは中腰の姿勢へと変える。
「"スコール"」
そこから創造力の消耗が激しいスコールの型を発動し、MEGUMIが息を吐くと同時に詰め寄った。
「――!?」
しかも彼女が立っている位置はMEGUMIの死角である"背後"。これには流石のMEGUMIも反応が追い付かない。
「これで…」
レインによるムラサメの一振り。
それは空気と同化し、音を置き去りにし、
「終わり」
身体を縦から真っ二つに両断してしまった。MEGUMIは自分が斬られたことを理解する前に、その場から光の塵となって跡形もなく散ってしまう。
『模擬戦闘システム終了。模擬戦闘システム終了』
終了を告げるアナウンスがトレーニングルームに響き渡る。レインはムラサメを鞘に納めてから消滅させると、能力を解除してその場から去ろうとした。
「見事なものですね、レイン」
「…!!」
不意に声を掛けられ、レインはすぐさま辺りを見渡す。自分以外にトレーニングルームへと立ち入る人物などはいなかったはず…と声の主に対して警戒心を抱いていれば、
「驚きましたか?」
狐の面を顔に付けたティアが、カプセルの裏から姿を見せた。
「…いつからそこに?」
「あなたが戦い始める前からですよ」
彼女もまたレインと同様に制服姿。相も変わらず不気味な狐の面が、静けさのせいでより一層気味の悪いものに見えてくる。
「どうやって部屋に入ったの?」
「普通に入室しただけですよ」
「それは無理。私がジュエルペイを通してこの部屋に入った後、すぐに模擬戦闘システムを起動した。それが作動している間は外から入れないようになってるでしょ」
レインに疑いの目を向けられたティアは「それはどうでしょうか」と否定的な態度を取りながら、閉じている扉へと歩み寄った。
「"開けてください"」
そう命令をすれば閉じていたはずの扉がスーッと開く。彼女の第一キャパシティである
「随分と緩いカギだと思いませんか?」
「…鍵は開ける方が悪い」
レインは脱ぎ捨てられた黒色のニーソックスを履き直しつつ、ティアへとジト目で見つめる。
「ところで…どうして
「…使わずに倒す必要があったから」
そしてローファーへ足先、踵の順で滑り込ませれば、扉の近くに設置されているウォータークーラーの前で口を開けて水分補給をした。
「ノアが使わずに倒していたから?」
「あなたに教える必要ないでしょ」
レインは口を拭うと、ティアの前を通り過ぎてトレーニングルームから出ていこうとする。
「今日はクリスマスですね」
「…それがどうしたの?」
「一人で寂しく過ごすんですよね?」
「うるさい」
普段なら微塵も気にしなかったが、戦闘後の疲労に加えティアの癪に障る言い方のせいで、彼女は業を煮やし声を上げてしまった。
「第一、あなたは小泉翔のことで私を嫌っているんでしょ? それなのにどうしてわざわざ私の前に顔を出したの?」
夏祭りの日のこと。ティアに面と向かってハッキリ"嫌い"と述べられたレイン。彼女はそれ以降、ティアとは距離を置いて過ごしていた。今の今まで向こう側からは何の接触も無かったため、本当にティアに嫌われているのかと思い込んでいたのだが…。
「折角なら、あなたとクリスマスを過ごそうかと思いまして」
「…どうして?」
「分かりませんか? 赤の果実は男性が六人、女性が八人の割合です。男女のカップルが成立するのはどう足掻いても六組のみ。必ず相手のいない女性が二人残されます」
小首を傾けて、レインを見つめるティア。まるで「その売れ残りが私とあなたです」と遠回しに伝えてくるような視線だ。
「私は愛されることがないので問題ありませんが…あなたは残念でしたね。ノアにルナがいて」
「別に、何とも思ってない」
「レインは嘘を吐くのが超が付くほど下手くそですね。リベロに上手い嘘の吐き方を教えてもらうことを推奨します」
「嘘じゃない」
ムッとした表情を浮かべたレイン。それを見逃すはずもなく、ティアは彼女の地を引っ張り出そうと更に言葉でこう問い詰める。
「では聞きますが…ここ最近頻繁にこのトレーニングルームへ来てましたよね? 何の為にここへ何度も来ていたんですか?」
「…身体が鈍らないようにする為」
レインはティアに"監視されていた"ことをその問いかけで悟り、露骨に反応しないよう冷静に答えを返した。
「確かにあなたの場合はその可能性が十分にあり得ます」
「ならもういいでしょ――」
「けれど本当は、"妬いていた気持ち"を発散するためにここへ通っていたのではありませんか?」
背中を向けていたレインはその推察を耳にした途端、ティアの方へとゆっくりと振り返る。
「…私が妬いていた? 誰に?」
「あなたに自分自身の遺伝子を与えた人物――雨氷雫にですよ」
レインは口を閉ざしたまま何も答えない。ティアはそんな彼女に揺るぎのない事実を認めさせるためまず外堀を埋めようと、結論に至った考えをこう述べ始めた。
「雨氷雫とノアは恋人同士、雨氷雫はノアのことを愛していた。そんな彼女の遺伝子を継いでいるのはレプリカとしてのあなたです。遺伝子の影響で彼のことを気にしていてもおかしくはない」
「……」
「こうして考えてみれば…ノアがこのエデンの園に来たとき、一番最初にあなたへ声をかけたのも、あなたを死ぬ気で守ろうとしたのも納得です。あなたは彼にとって前世の恋人のレプリカですから」
入学当初。
ノアは記憶が失われている時、レインが危機的状況に陥ると、必ず聞き覚えのある声が脳内に木霊していた。それが起きた後、ノアはその場に居ても立ってもいられず、必ずレインを救うための行動を起こしていたのだ。
「ノアの身体が勝手に動いたように、あなたも何かしらの感覚をノアに抱いているのではありませんか?」
「…別に」
「では…私が以上の考察を踏まえて結論を出すとするならば――」
ティアは狐の面を付けたまま、レインの吐息がかかるほどに顔を近づけて、
「――あなたはノアのことを愛している」
核心を突く一言をそう述べた。これで彼女が本性を見せる。ティアはそう強く確信し、その閉ざされた口からどんな言葉が出るのかと期待していれば、
「それは"あなたも"でしょ?」
「――」
レインは自然と"ソレ"を認めつつ、今までの攻めと受けを一瞬にして交代させた。これにはティアも言霊を喉に詰まらせてしまう。
「あなたは愛されないと自分で言っておきながら、心のどこかで"愛されたい"と望んでいる。愛されるのなら自分の弟によく似ているノアに愛されたい…と」
「そ、そんなはずありません。私はそこまで愚かなことを考えてはいな…」
「質問攻めをしてきたのは"ノアのことを好いている"と直接私の口から聞いて…あなたの中で彼のことを諦めようとしたからでしょ?」
あのティアが珍しく動揺していることで、レインではなくとも誰もが"図星を突かれたのだ"と分かるだろう。今まで優勢だったティアの立場は鼻を明かされたことで、即座に切り替わり地の底へと落ちてしまった。
「…私はこれで」
何も言い返せなくなっているティアを他所目に、レインはトレーニングルームから出ていこうとする…が、伝え忘れていたことでもあるのか扉を潜り抜けた先で足を止める。
「それと…夏祭りの時にあなたから言われた通り、私は運だけであの頃を生き長らえてきたかもしれない」
「……」
「でも今は運じゃない。私は自分自身の"力"でこのエデンの園で生き残っている」
殺し合いをする場であるエデンの園。
そこで様々な相手と戦っても尚、この場でこうして生き残っている。それは決して"運"ではなく、レイン自身に確かな"力"があるから。
「あなたが私のことをどう思っているのかなんて興味ない。けど、運という不安定な要素だけで人を嫌うあなたのことを――私は軽蔑する」
最後に言いたいことを吐き捨てて去っていくレイン。聖なる夜に生まれたものは二人にとっての大きな差。一歩進めた者と立ち止まっている者の違い。
「…完敗、ですね」
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