9:7 打音と星

「ビート!! 早く来てー!!」

「おい! そんなに走ると足を滑らせるぞ!」


 ビートの視線の先ではステラが口元から皓歯こうしを覗かせながら満面の笑みを浮かべていた。その姿はまるで雪景色の中に燦燦さんさんとはしゃぎ回る太陽のよう。子供というのはどうして雪が降ったぐらいで喜べるのか…なんてことを考えつつビートは微笑む。


「あっ、見てよビート! 雪がたくさん積もってるよ!」

「…そうだな」


 彼はステラに「丘へ遊びに行きたい」と招集を掛けられ、彼女と共に丘までの坂道を登っていた。ジュエルペイに表示されている時刻は十七時を指す。こんな時間から遊ぼうなんて、とてもじゃないがビートの気は進まなかった。


「これなら雪だるまが作れるね!」 


 ステラの服装は赤色の長靴・マフラー・手袋という防寒具まみれの姿。丘の上に広がる雪の上で寝転んでも、あの分厚さなら大して寒さを感じないことだろう。


「ていうか、なんでオレなんだよ? ヘイズを誘えば良かっただろ?」

「だってヘイズは用事があるって出掛けちゃったもん。ノエルちゃんはノアとルナに遊んでもらってるし…暇なのはビートぐらいかなって」

「はぁ…なーんか腹立つなお前」


 彼は頬を引きつり、ステラにわざと聞こえるよう溜息をつく。


「でも来てくれたってことは暇だったんでしょ?」

「それはー…そうだけどさ」

「ほらー! 暇なビートを誘ったわたしって優しいと思わない?」


 自信満々に胸を張るステラを見たビートは、心の奥底で「小癪なガキだ」と小さく独白する。


「はいはい、そうだなそうだな」

「じゃあビート! わたしは雪だるまの頭を作るから身体を作っておいてね!」

「へいへい…」


 彼のやる気のない返事を聞いたステラは、風を切るかの如く丘の隅まで走っていく。クリスマスという聖なる日に何をやっているのか。ビートは彼女の誘いを無理やりにでも断ればよかったと後悔する。


(仕方ないか…)

 

 かといって、途中で帰ってしまえばステラが後々大号泣すること間違いなし。彼女の誘いを断らずに承諾の返事をしたのはビート。その過程がある以上、泣かれた時点で彼が必然的に悪者扱いとされる。


「雪だるまを作るなんて久しぶりだな」


 彼に残された道は素直にステラと戯れるということのみ。それを真っ直ぐに受け入れるしか他ならない彼は、言われた通り雪だるまの身体を作るため、足元に積もる雪を一握り掴んでみた。


「確か、これをこうやって転がしていけばいいんだよな…」


 ビートは寒いのも冷たいのも大の苦手。けれど雪を踏んだ時の感触と音の心地良さについつい夢中になり、雪だるまの身体の元となる小玉をゴロゴロと転がし始める。

 

「わー! 冷たーい!」


 彼女は感情に走っているせいで服が雪と土に塗れていることに気が付いていない。ビートはそんなステラを眺めながら「あれはヘイズに叱られるな」と小さな声で呟く。 


(…ここに来てから、見覚えのある顔ばかりがちらつく)


 雪玉を転がしつつ、朧絢としての記憶を甦らせる。それは何千年も前の記憶…ノアが初代救世主、ルナが初代教皇だった時代。


(複雑な心境だ。赤の果実として戦争を終わらせようとしている今のメンバーたちが…すべての元凶となる"邪教徒"たちのレプリカだなんてな)


 Drop Project。

 その計画によって作られたレプリカたちは、何千年も前に"ナイトメア"の邪教徒として朧絢たちの前に立ち塞がった敵となる存在。教皇の元で様々な厄災を引き起こし、現ノ世界を支配しようとしていた。


(そして仲間だったはずの七つの大罪や七元徳が、このエデンの園で敵になった…か)


 Noel Project。 

 この計画によって作られたクローンたちは、何千年も前に敵である"ナイトメア"と戦っていた仲間。まだ高校生という若い歳で、"レーヴダウン"に所属していた朧絢たち四色の蓮に力を貸してくれたのだ。


(本当に、複雑だな)


 視線の先で楽しそうに雪玉を転がしているステラも、かつては邪教徒の一人だった。雨氷雫たちによって創り出されたレプリカだからこそ、こうして味方となって協力してくれるが…。


(…ダメだ。どうしても邪教徒の姿と重ねちまう)


 おまけにステラのユメノ使者はモルペウス。

 朧絢はDDOが引き起こされる原因となった"ユメ人"の件で、一度だけ彼女に消された経験があるため、どうしてもモルペウスとは打ち解け合えなかった。


「どうしたのビート!! 手が止まってるよー!?」

「何でもねぇよー!」


 鈴見優菜のクローンだったラウストがリベロへ伝えてほしいと述べた遺言。それを本人に伝えたとき、


『…そうか、勝ち逃げされちまったかー! こりゃあ一本取られたぜー』


 悔恨の情を湧かせるのみで、決して哀感を漂わせることはなかった。悲しみの情を表に見せない姿は朧絢の親友でもある"月影村正"と瓜二つだが、テキトーに振る舞う姿は似ても似つかない。


「はやくはやく! 乗せてみてよ!」

「わーったからちょっと待ってろって」


 二人はお互いにある程度まで雪玉を大きくさせることが出来たため、ビートはステラが転がしてきた頭の部分に当たる雪玉を、自身が転がしてきた雪玉の上へと乗せる。


「わーい!! かんせーい!」


 身体が大きすぎるのか、頭部が小さすぎるのか。

 全体的に少々バランスの悪い雪だるまとなってしまったが、ステラが満足しているのでビートは余計なこと言わないよう口を噤む。  


「後は顔と腕を付けてー…」

「おい、自分の手袋をこいつに付けるのか?」

「うん。だってこのために厚着してきたんだもん」  

 

 ステラは木の枝を腕代わりに雪だるまへと突き刺し、その先へ自身の手袋を装着させる。そして頭にはボンボンの付いた自分のニット帽を被せたりと、ステラはどんどん防寒具を外していった。


「後はこれを巻いてー…よしっ!」


 最後に赤色のマフラーを雪だるまの身体と頭の接着部分に巻き付け、ステラはひと息つく。白色が特徴的な雪だるまは、あらゆる防寒具によってその白さを失い、赤・ピンク・オレンジというような暖色塗れの別の"何か"に変わってしまった。 


「ここまでする必要あるか…?」

「え? もしかして、ビート知らないの?」


 小馬鹿にするような笑みを浮かべているステラ。

 ビートはイラっとしながらも「何がだよ?」と尋ねてみれば、 

  

「雪だるまさんは寒がりだってこと」

「…はぁ??」


 あまりにも非常識な言葉を返してきた。

 ビートは「寒さで頭が狂ったのか」とやや心配してしまう。


「だから雪だるまさんには…あたたかい恰好をさせないと風邪を引いちゃうんだよ」

「それ、誰から教えてもらったんだ?」

「パパとママ」

 

 ビートはステラと共に過ごせば過ごすほど、彼女が過度な信頼を母親と父親に置いているという事実。それを少しずつだが理解していた。


「ステラ。温かい恰好なんてさせたら雪だるまがすぐに溶けるぞ」

「…溶けるの?」


 雪だるまが溶けないとでも思っているのか。

 そんな頓珍漢なことを述べているステラに、ビートは一瞬だけ戸惑いながらも、


「いや雪は温かいと溶けるだろ? その雪で雪だるまは作られているんだから溶けるに決まってる」


 彼女も理解できるように分かりやすく雪だるまが溶ける理屈を説明した。


「雪だるまさんは雪だるまさんだから溶けないんでしょ?」

「…はぁ?」

「雪だるまさんになる前は雪だけど、雪だるまさんになったら雪だるまさんだもん」


 ステラは"雪"と"雪だるま"を別物として扱っている。その事に気が付いたビートは、どうしたものかと額を片手で押さえた。


「ステラ、あのな」

「作られた雪だるまさんは…自分のお家を探すためにどっか行っちゃうんだって」

「いや、雪だるまはその場で溶けるだけ――」

「創られたわたしたちも、自分のお家を探さないといけないのかな?」


 彼女の間違いを訂正しようとしたが不意にステラが放ったその言葉によって、ビートは開いていた口を閉ざしてしまう。


「…何言ってんだよ。お前にもお母さんとお父さんがいるんだろ? そこがお前の居場所で、お前の家じゃないか」

「そうなのかな…?」

「あぁ、当たり前だろ。この戦いを終わらせれば、オレたちは"必ず"元の生活を歩めるようになる。それまでの辛抱だ」

 

 時刻は十八時近く、日も沈みかけ。ビートは「風邪引く前に帰るぞ」とステラの手を取り、丘を下ろうと坂道まで向かう。


「…なぁ、ステラ」

「なに?」


 その最中にビートは突然足を止め、背を向けたままステラに呼び掛ける。


「お前ってグラトニー…と戦ったんだよな?」

「そうだけど」

「あいつは、どうだった?」


 ステラが倒した相手でもあるSクラスのグラトニー。そのことについて「どうだった?」と聞かれた彼女が、ビートに握られた手の力を緩めれば、

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

「どういうやつがいたのかを知っていれば、この先の戦いに役立つと思ってな」


 ゆらゆらと降り注いでいた真っ白な雪がピタリと止んだ。 


「グラトニーは、わたしのことを助けてくれたよ」

「…助けてくれた?」

「先生に、なりたかったんだって。だからわたしみたいな子を見ると、例え敵でも自然と身体がうごいて助けちゃうって…」


 あまり思い出したくないのか、心底辛そうに語るステラ。ビートはそれを見兼ねて「ありがとな。もういいぜ」と話を無理やり終わらせてしまった。

 

「ビート、わたしからも聞きたいことがあるんだけど」

「おう、何でも答えてやるぜ!」


 自身が作り出してしまった暗い雰囲気を吹き飛ばしてしまおうと、ビートはステラに対して明るく振る舞う。


「――あなたはだれ?」


 ステラのその一言で、ビートの笑顔を一瞬で消え失せた。そこに漂うのは明るくも暗くもない、緊張感によって包まれた空気。

 

「急に何を言い出すんだよ? オレはビートだろ?」

「ウソつかないで。わたしには分かるんだから」

「嘘なんてついていない。そもそもオレがビートじゃなかったら誰だってんだよ?」


 釈然としないステラの話。

 それに関して詳しく追及しようとしたのだが、


「…やっぱり、教えてくれないんだね」


 寸鉄人を刺す言葉だけを残して、丘を下るための坂道を駆け下りていった。


(何なんだよ、アイツ…) 

 

 空を見上げても曇り空でStellaは見えやしない。高鳴る心臓のBeat打音は早まるばかりで、水平線の向こうに見えるはずのクジラも、噴気を上げてくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る