December Holiday
9:3 光と魔術師
冬の爽味、その日は十二月の二十五日。先月に七つの大罪・七元徳と死闘を繰り広げた赤の果実たちは、無事に勝利をおさめ今という時を生きている。
「ごめんね…! もしかして待たせちゃった?」
「…いや、俺もちょうど来たところだよ」
Sクラスがほぼ壊滅をしたことで、Noel Projectの勢力に衰微の兆しが見え始めていた。それが理由なのか、ゼルチュは自ら先月の殺し合い時間を取り止め、生徒による学校への出入りを禁止させていたのだ。
「こんなに早くから急に呼び出してどうしたんだ?」
「ええっと、その…少し会いたかったから、かな」
それから何事もない日々が続き、気が付けば季冬の厳しい寒さが赤の果実を包み込んでいた。そう、ブライトとウィザードが顔を合わせている今日この日は、十二月の二十五日――"クリスマス"だ。
「…そうなのか?」
「うん。今日はウィザードと一緒に過ごしたいなって…」
二人とも制服という衣を脱ぎ捨て、自分たちの好きな私服を纏っている。傍から見ればウィザードもブライトもただの青臭い高校生。とてもじゃないが、先月まで身体中から血と汗を流して戦っていたとは思えない。
「じゃあ、取り敢えず適当に見て回ろうか」
二人は「どこに行く?」などの会話は交わさずとも、待ち合わせていた場所の近くにあるショッピングモールへ自然と足を運んでいた。
「……」
「…」
朝方だからか、二人の間で何かが障壁となっているのか。
ショッピングモール内を無言のまま、ひたすらに歩き続ける。その最中で脳裏に過ったものはCクラス、Bクラス、Aクラス、Sクラスの生徒たちだった。
「…本当に、誰もいないんだね」
半年前までは違うクラスの生徒たちとこのショッピングモールですれ違っていたのに、今では人の声すら聞こえてこない。唯一聞こえてくるのは、ゲームセンターの騒音、ショッピングモール全体に流れる軽快なポップ音楽のみ。
「…そうだな」
自分たちの声だけがそこに残る。
それを意識してしまえば、他の生徒たちが"全員死んでいる"という事実を無理やり実感させられてしまう。ブライトもウィザードが口を開かなかったのは、それが理由だった。
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないが…」
「なに…?」
「お前が戦ったグリードは、どうだったんだ?」
前へ進もうとしていたブライトの足がその場に止まる。ウィザードもそれを見計らって、ほぼ同時のタイミングで足をその場に止めた。
「どうして急にそんなことを?」
「あの戦い以降、誰も七元徳と七つの大罪のことを語らないだろ? それもグラヴィスやリベロだけじゃない。あのルナやノアも語ろうとしないんだ」
七つの大罪・七元徳との戦い。
赤の果実内では無意識のうちにそれを無かったことにしようとしている。ウィザードは薄々そう感じていたからこそ、試しにブライトが戦った相手であるグリードのことを尋ねてみたのだ。
「グリードは…悪い人じゃなかったよ」
「…」
「あの人はただ楽しいことをしたかっただけ。ごく普通に生きてきた私たちと何も、何も変わらなかった」
それを聞いたウィザードはそれに共感するように「…やっぱり」と呟く。
「俺が戦ったアンティアも、ただ"愛"を求めていただけだった。きっと七つの大罪も七元徳も…個々に宿る"感情"を能力として利用されたんだ」
赤の果実は各々がどんな相手と死闘を繰り広げ、どんな最後を辿ったのかを知らない。けれど誰も彼らのことを口に出そうとしないのは、Sクラスの生徒たちが軽々と口に出せるほどの最後を遂げたわけではないということ。
「…ルナは、泣いていたよ」
「え? 泣いていたって…」
「俺はアンティアを倒した後、すぐに目を覚ましてノアたちの部屋へと向かおうとした」
七つの大罪と七元徳で最も厄介な相手となるスロースとストリアを相手にしたノアとルナ。その二人が心配でウィザードはふらつきながらも様子を見に行こうとしたのだが、
「玄関の扉の向こうからずっと聞こえてきたんだ。"謝れなかった"ってひたすらに泣き叫ぶ声が」
「――!」
「俺は、顔を出せなかったよ。出せるはずがなかった。何故なら俺たちは…偽物であれ"ノアとルナの過去の仲間たちを殺したんだから"」
それを理解した時に、初めて虚脱感を覚えた。二人が無事なのかという心配、アンティアを何とか倒すことができたという安堵。それらがすべてかき消され、そこに残ったモノは"罪悪感"だけだった。
「実際には死んでいなくて、植物状態となっているだけかもしれない。でも俺たちは、確かに真のユメノ世界でSクラスの生徒たちが光の塵となって消えていく姿を見たはずだ。見たはずなのに…ネームプレートの色は無色のまま」
複雑な心境。
ウィザードだけでなく、赤の果実のメンバー全員が同じ境地に立っている。ノアたちの過去の仲間を殺した"罪悪感"、自分たちが人を殺めたという覆しようのない"事実"、そしてそれを強く実感させてくれない"現実"。
「今日ブライトが俺を呼んだのは、その事を話したかったからじゃないのか?」
「…うん」
ブライトは一人で気持ちの整理を付けられなかったからこそ、彼女にとって頼もしくもあり信頼のできるウィザードを呼び出した。それを見抜かれたブライトは抑えられなかった感情を露にするように、首元に巻いているマフラーを左手で強く握りしめる。
「ウィザード。私、私は……」
「…」
「グリードを殺し――」
彼女がそう言いかけた瞬間、ウィザードはブライトの両肩に自身の手を置いた。
「お前だけじゃない。俺もヘイズもリベロもグラヴィスも…全員一緒のことをした」
「でもっ…!」
「俺たちはこんなところで立ち止まってはいられない。まだ四色の蓮や四色の孔雀が残っている。いつ戦いが始まるかも分からないのに…右往左往していたらいざという時に動けないぞ」
ブライトの気を保とうと強く説得をするのだが、彼女はウィザードの手を振り払って背を向けてしまう。
「戦争を終わらせるなんて、本当に私たちにできるの? どうしてまだ私たちは戦わないといけないの?」
「…」
「私たちがDrop Projectで創られたレプリカで、ゼルチュの企みを止めることが役目だとしても……それってあまりにも身勝手すぎるよ。私たちは何も、何も知らなかったんだから」
彼女の正直な気持ち。それを打ち明けられたウィザードは反論のしようがないため、ただ黙って俯くことしかできなかった。
「力が解放されて私たちは強くなったかもしれない。だけどグリードと戦ったとき、身体が震えるほど怖かった。勝てる実力はあるって言われたけど、それはあくまでも実力だけで、精神的には強くなれていない。そんな衰弱した状態でも勝てたのはたまたま。もしこれから戦う相手がグリードより強くなったら…」
ブライトは左右の二の腕を両手で強く握る。表情は窺えないものの、小さく震える背中を見ているだけで彼女がどれだけ追い込まれているかをウィザードは悟っていた。
「ブライト」
「私はティアみたいに知的でもないし、ヘイズみたいに面倒見が良くもない。ビートみたいに明るくもないし、ステラみたいに無邪気に振る舞えない。レインやノアみたいに強くもないし、私には、何もないから――」
「ブライト…!」
自分を卑下していくブライトを見兼ねたウィザードが背後から彼女を抱き寄せる。
「それでも、お前がいないとダメなんだ」
「…ウィザード?」
「俺には、お前が必要なんだよ…!」
耳元で聞こえてくるウィザードの声に、ブライトは言葉を失ってしまう。
「お前は俺に声をかけてくれた。お前は俺とヴィルタスを繋ぎ止めてくれた。お前は、俺にとってかけがえのない人なんだ…!」
「――!!」
「戦うことが怖いのなら俺が守ってやる。涙を流すときは必ず側にいてやる。お前がこのエデンの園から逃げたいと願うのなら、俺がお前を逃がしてみせる」
ウィザードの吐息が耳元で鮮明に聞こえる。息を荒げ、必死に訴えかける彼の表情はどのようなものなのか。ブライトは背を向けているため確認は出来なかったが、
「お前はこの戦いが終わるまで、俺の側にいてくれるだけでいい。俺の帰りを部屋で待っているだけでもいい」
「…ウィザード」
「お前がいつまでも
きっと柔和な面立ちをしているのだろう。彼女はそんな彼の顔を想像してしまい、二の腕を掴んでいた両手を離してから一瞬だけ微笑み、
「…それって告白??」
振り返って普段通りの笑顔をウィザードに向けた。
「あぁそうだ」
「もしかして…今日は告白するつもりで来てたの?」
「…もう今日以外にないだろ」
ウィザードは「穴があったら入りたい」と言わんばかりに赤面しつつそう述べる。ブライトはそんな彼に首元に両腕を回すと顔を近づけ、
「――!?」
彼の唇に彼女の唇が優しく触れあった。
「…これが告白の返事だよ?」
もじもじしながらブライトはウィザードにそう伝える。突然のことで彼も頭がショートしそうなのか「あっ、そう、そう」と呂律が上手く回っていない。
「私は
「あ、あぁ…俺は
お互いに名を明かす。
ブライトの本名は一度だけ雫が全員の前でバラしていたが、こうやって本人の口から聞くのは初めて。ウィザードもその対価を支払わなければと、自身の本名を明かした。
「二人きりの時だけは…"栞太"に"ブライト"じゃなくて"趣里"って呼ばれたいな」
「…分かったよ、"趣里"」
「何か、恥ずかしいかも…」
雪気が漂う曇り空の下。
二人は水が滴るような純愛の視線をお互いに交わしていた。
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