傲慢は軽蔑されますか?

「"地雨"」


 戦いの場は血の池地獄。そこではプリーデが白銀の剣で上から斬撃を飛ばし、それをレインがムラサメの一振りで相殺するという攻防が繰り返されていた。 


(あれが噂の創造貯蔵クリエイトストレージ…想定外の威力)


 プリーデの第二キャパシティは創造貯蔵クリエイトストレージ。"創造力を何かしらに溜める"ことに長けた能力であの白銀の剣に創造力を溜めて斬撃にしたり、創造破壊されないように武器を強化したりができるとレインはノアから話を聞いていた。


「"時雨"」


 レインは自身の第一キャパシティである雨露霜雪の型を耐久型の"地雨"から移動型の"時雨"へと変える。そして上から飛ばされる斬撃を移動しながら回避し、プリーデの元へと接近を始めた。


「…速いな」


 斬撃はレインに掠りもしない。

 ただ血の池へと叩き付けられ、真っ赤な飛沫が上がるのみ。


「"豪雨"」

「…!」

  

 真っ赤な飛沫で地上が見えなくなった瞬間、レインはプリーデの目の前まで急接近すると攻撃特化の型である"豪雨"へ型を変化させ、ムラサメでの猛攻撃を始める。


「型を変える能力か…!!」

 

 レインはA型からAA型へと進化を遂げていたことで、雨露霜雪による豪雨の破壊力は底知れないものとなっていた。プリーデはその猛攻撃を白銀の剣で防ぐことで手一杯となってしまう。


「落ちて」

「ぐ…っ!?」


 手一杯となっているプリーデに対し、レインは白銀の剣で受け止められたムラサメを力技で押し通して、血の池地獄へと叩き落される。


「"ルシファー"!」

「アタシに任せな!」


 落ちていく最中、プリーデの声が地獄に響き渡る。その声に応え姿を現れたのは真っ黒な翼と白色の長髪を持つ堕天使ルシファー。彼女は黒色の大剣を召喚して、レインへと斬りかかる。


「"霧雨"」


 レインは向かってくるルシファーを惑わせようと回避の型を発動し、周囲に霧を漂わせた。視界が塞がれたことで彼女も黒色の大剣を降ろし、レインの居場所を探し始める。


(上を取り続ける…。それがプリーデを倒すための対策…)


 プリーデの第一キャパシティは傲慢ごうまん。発動条件は使用者自身が一定以上の高さから"相手を見下すこと"。これによりこの能力は効果を発揮し、相手の力を引き出せる創造力の限界を抑制する。レインはこの力を封じるために、何としてもプリーデより上の位置を陣取る必要があった。


(逆に考えれば、プリーデは必ず私の上を取りに来る…)


 自分の真上の位置へとムラサメを斬り上げれば、そこには白銀の剣でそれを受け止めるプリーデの姿。彼は自分の行動が予測されたことを悟り、表情を曇らせていた。

 

「そうか。お前は俺の行動を読めていたんだな」

「…私はあなたの情報をノアから事前に聞いている。だから、あなたが現時点で取れる最善の行動を予測しただけ」


 レインはノアからプリーデの能力のすべてを聞かされている。それによりプリーデの立場から考えて、最優先にするべき行動をすぐに予測することが可能。彼女はすぐさまムラサメを鞘に戻し、"時雨"へと型を変化させプリーデの上を取る。


「ずいぶんと不平等なことで」


 振り下ろされるムラサメを白銀の剣で受け流して距離を離し、創造貯蔵クリエイトストレージで斬撃を何発かレインに向かって放った。


「"地雨"――」

「アタシのことを忘れてもらっちゃあ困るね!!」


 レインはそれを防御の型で打ち消そうとしたが、能力発動の隙を狙って背後からルシファーが黒色の大剣を斜めに振り上げようとする。


「――ふむ、お前は気を抜きすぎだな」


 そんな声と共にレインの背後に現れるのは金髪の優雅な女性。手に持っている小さな杖でルシファーの大剣を軽々と受け止めてしまう。


「…どうして出てきたの、"龍神"?」

「どうして? 死にかけた人間が随分と偉そうな口を利く」


 金髪の女性はレインのユメノ使者である"龍神"。種族はその名の通り神、ユメノ使者のランクとしては最高位の存在。


「何だいアンタは? 最強のアタシとやろうってのかい?」

「最強だと? 私の前でよくもそんな"弱そうな言葉"を使えたな」


 ただし重大な問題点があった。

 それはレインの意思関係なく、龍神は自由自在に姿を現わせるということ。これは龍神の実力とレインの実力が均衡しておらず、優劣が大きく開いていることが原因だ。


「…龍神、ルシファーの相手をよろしく」

「私に命令をするな人間。私は好きなようにやらせてもらうだけだ」


 龍神はそう吐き捨てると、ルシファーの大剣を空いている手で刃の上から掴み、


「――なぁっ!?」

 

 真っ二つに砕いて、ルシファーの目前まで詰め寄る。

 容易く自身の得物を破壊されたことで、驚きのあまり大きな隙を作ってしまう。


「良いことを教えてやろう、堕落した天使」

 

 龍神は隙を作ったルシファーの頭上に雷を落として、呼吸する間も与えず直撃をさせると、

 

「私に勝てる者は――私だけだ」


 人差し指をくいっと下へと向けて、血の池地獄へと叩きつけた。プリーデは自身のユメノ使者があっという間に倒されたことで、苦笑交じりに「馬鹿げているな」と呟く。


「次はお前の番だぞ、人間」

「…龍神、あなたはもういいから下がっていて」

「私の言葉が聞こえなかったのか? それならもう一度忠告しておいてやろう。私に命令をするな」


 レインは龍神を下がらせようと試みるが、頑なに言うことを聞こうとはしない。龍神というユメノ使者が自分より強いという事実。それを覆さなければ、命令の一つも聞いてはくれないだろう。


「…第三キャパシティ、"明けの明星"」


 プリーデは言い争いをしている二人を他所に第三キャパシティ"明けの明星"を発動させる。真っ赤な空に昇るのは巨大な金星。これによりレインたちは再生と創造を封じられてしまう。


「悪いがお前たちに手加減をしてやれない。ルシファーがあそこまで簡単にやられるとは思いもしなかったからな」


 "明けの明星"の能力は事前に教えられていた。だが、プリーデはもう一種類何かしらの能力を発動しようとしているのか白銀の剣を空へと向ける。


「俺の第三キャパシティは明けの明星だけじゃない」


 プリーデが空へと向けた白銀の剣を下ろせば、真っ赤な空にもう一つの金星が浮かぶ。共存するはずのない二つの金星、レインは事前に聞いていた情報と違う能力が出てきたことでそれを見上げていることしかできない。


「"明けの明星"と"宵の明星"。それが俺の第三キャパシティ」


 倒されたはずのルシファーが再びプリーデの背後から顔を覗かせる。


「…三対一というわけか」

「…え?」


 龍神の呟きにレインが反応をすると、もう一人だけルシファーと似た姿をしている女性がプリーデの背後から姿を見せた。


「俺のユメノ使者はルシファーだけじゃない。正確にはルシファーと"ルシフェル"だ」


 堕天使となったルシファー、天使として務めていたルシフェル。

 プリーデのユメノ使者はこの二人。


「私がルシフェル」

「アタシがルシファー」

 

 白色の大剣と羽を持つルシフェル、そして黒色の大剣と羽を持つルシファー。どちらが弱いか、などという議論は無駄に等しい。何故ならこの二人はどちらともが…


「来る…!」


 ――同じ存在なのだから。


「く…っ!?」

 

 ルシファーが右からルシフェルが左から斬りかかり、それを龍神とレインは得物で何とか受け止める。速度の上昇、威力の上昇、あらゆる面が強化されていることで、レインのムラサメを持つ手が震えてしまう。


「俺のことを忘れてはいないか?」

「っ――!!」


 レインの死角から迫るのはプリーデ。正面からルシファーの大剣を受け止めていることで、白銀の剣を避け切ることができず脇腹へと突き刺さる。

 

(おかしい…)


 何かがおかしいことに気が付いたレインは、真下へと急降下しわざと血の池地獄へと潜り込んだ。


(創造と再生を封じる能力があることは知っていた。でも、もう一つの能力のことは何も聞いていない)


 レインは空を見上げて二つほど浮かんでいる金星を見つめる。


「…もう一つの金星は、自分たちの力を上げるタイプのもの?」

 

 宵の明星。

 それは明けの明星が創造や再生を使えなくする能力に対し、自分自身の力を向上させる能力。明けの明星は相手の力を"低下"させ、宵の明星は自分自身の力を"上昇"させる。欠点の無い能力の組み合わせだ。


「休憩時間なんて与えた覚えはないぞ」

「…!」

  

 上空から迫りくるプリーデ。

 レインは攻撃を受け止めようかとも考えたが、傲慢の能力で自身の力を抑制されているうえに宵の明星であらゆる面の力が増加しているプリーデの攻撃は受け止め切れないと判断し、


(一旦退く…!)


 時雨で高速移動をし、もう一度空へと身を移動させた。


「どこを見ているんだい!?」

「ちっ…絶対零度アブソリュートゼロ!」


 しかしルシファーが上空でレインが来るのを待ち構えている。突き出される黒色の大剣をレインはすぐさま氷の壁を作って防ごうとするのだが、


「人間、下だ」

「…ぐぁ!?」


 上にいるルシファーに気を取られていたせいで、地上から放たれたプリーデの斬撃に気づけず、背中に大きな斬り傷を負ってしまう。


(…出し惜しみをしている場合じゃない)

 

 レインは創造形態クリエイトフォームを発動し、制服姿から蒼色の和服姿へと変わる。


「"風雨"」

「…っ!?」


 刀を振るうことで吹き荒れる烈風。その風により、上空を飛んでいたルシファーは後方へと吹き飛ばされてしまう。


「龍神、雷を私に」

「何だって? お前は死にたいのか?」

「いいから早く」

「この死に急ぎめ」

 

 レインは自身へと雷を落としてくれと頼むと、龍神は躊躇なく強烈な落雷を彼女へと下し、


「"雷雨"…!」

 

 その落雷の力をレインは刀で受け止め、ムラサメへと宿した。


(風と雷の力。これで牽制するしかない)


 雨露霜雪の基本の型である霧雨・地雨・豪雨・時雨。これ以外にも"特殊な型"がある。その一部が"雷雨"と"風雨"。風神雷神の"風の力"と"雷の力"を刀へと宿し、属性の力を発揮させることができるのだ。


「"雷鳴"」


 ムラサメの刃に流れる雷が周囲に激しく放出される。龍神の力があまりにも強大なせいで、それを操ろうとするレインも自身の身体に若干の痺れを感じていた。


「聞け、人間。私が相手をしているルシフェルは殺しても殺しても甦る。恐らく本体はそこにいる堕天使だろう」

「…じゃあルシファーを倒せばいいの?」

「一度堕ちた天使が本来の姿を取り戻せるはずがない。ルシフェルはただのマヤカシ。この偶像を作り出しているルシファーを消せば、この天使も消えるはずだ」


 レインは烈風で吹き飛ばしたルシファーへと狙いを定める。


「私からの命令だ。私がルシフェルの相手をしている間に、ルシファーを消せ」


 龍神の命令を聞き入れたレインは、呼吸を整えると風の力を利用しながらルシファーへと距離を詰め始めた。


「勘違いをするな。お前が相手をするのは二対一だ」


 プリーデが横から入り込み、白銀の剣に創造力を溜める。レインはムラサメを一度鞘に納め、全神経をプリーデのみに集中させる。


「行くぞ…!」


 放たれた白色の斬撃。

 レインはそれを半身を逸らしてギリギリで回避しつつ、


「あなたには用がない」

「なっ!?」


 プリーデの横をただ通り過ぎる。

 抜刀もせず、無視をしただけ。 


「ふんっ! アタシとやろうってのかい!?」 


 好戦的なルシファーは向かってくるレインと正面からぶつかり合おうとする。


「待て、ルシファー!」

「アタシを信じな! こんなへなちょこに負けるはずがないさ!」


 プリーデはそれを止めようとするがルシファーは言うことを聞かず、レインの抜刀に大剣を衝突させた。


「――!!」


 そこでルシファー気が付く。

 レインのムラサメが氷で覆われていることに。


「アンタ、まさか…!?」

「こうすれば――」

 

 刃には風と雷の力が宿った状態。有り余る二つの力をわざと氷で上から封じ込め、力の行き場を失わせる。この行為が一体何を意味するのか。


「確実にやれる」


 氷が割れた瞬間に風が吹き荒れ、雷が放出する。溜めに溜め込んだ二つの力がルシファーの目の前で爆発を起こすのだ。

 

「ぐぅぅ…っ!!?」


 レインは防御の型である地雨でそれに耐えようとするが、その半端ではない威力に身体は飛ばされ血の池へと背を打ち付けてしまった。


「やっと消えたか」

 

 ルシフェルが消滅したことで龍神は未だにバチバチと雷の余韻が残る場所へと視線を移す。


「…危なかった」


 レインは片手で頭を押さえながらも上空を見上げる。ルシフェルとルシファーが消えた影響のせいか、空に浮かぶはずの二つの金星は徐々に形を保てなくなり、崩壊を始めていた。


「…いや、消えたわけではないようだな」


 片付けられたと一安心していれば、黒色の羽根と白色の羽根がレインの肩にゆっくりと落ちてくる。


「羽…?」


 耳に入るのは空を羽ばたく音。

 それはルシファーでもなく、ルシフェルでもない。

  

「…プリーデ」


 そこにいたのは白色の衣装に身を包み背中に翼を生やしたプリーデ。右翼は白色、左翼は黒色。それはルシファーとルシフェルを彷彿とさせる。


「お前との戦いで合理化を使わされるとはな。俺もまだまだということか」


 両手に握られるは白銀の剣と黒鉄の剣。天使と堕天使の力を合理化で取り入れたプリーデの覇気は只者ではない。


「七つの大罪で俺が最強と呼ばれていたわけは至極単純なこと。誰も合理化状態の俺の上を取れなかったからだ」

 

 空を飛べる能力を持つ人間は数少ない。プリーデは合理化を使用することでいつまでも上空から地上を見下ろしていられる。それは傲慢の能力の効果がいつまでも続くということ。プリーデが最強と言われた所以は"見ているだけで仲間の援護となるから"。


「…"時雨"」


 レインは怖気づくことなく移動の型を発動し、プリーデの真上へと瞬間移動をする。


「言っただろう。俺の上は取れないと」

「いつの間に――」

 

 しかし気が付けばプリーデは更にレイン真上へと移動をしていた。一秒にも満たない移動時間でプリーデはレインに捉えられない速度で空へと上昇をしていたのだ。


「ぁ…っ!?!」


 レインの身体に直撃するは黒色の斬撃と白色の斬撃。肉体へ食い込むように押し付けられる斬撃は、彼女の身体を切断しかねないほどの高威力。


("地雨"!!)

 

 創造形態をすべて削られてしまえば、悲惨な結末を辿る。レインはそれだけは避けねばと、防御の型へと変えてムラサメで斬撃を受け流そうと試みた。


(創造力が…高すぎる…!)


 けれどその黒と白の斬撃はムラサメで受け流そうとしても創造力の優劣の影響か、受け流すことはおろか少しもずらすことができない。


「邪魔だ、そこをどけ人間」


 それを見兼ねた龍神がレインの側まで近寄り、小型の杖で斬撃に触れる。


「こういう時に…焦った方が負けるぞ」


 そしてその軌道を大きく左右へとずらして、レインを自由の身にした。


「…助かった」

「感謝など後にしろ。私たちはまずあの人間擬きを消さなければならないだろう」

「…」

  

 プリーデの力は絶大。それは龍神の力すらも凌駕する。力を合わせなければ打破は不可能だろう。


「…あいつの隙を二回作って」

「それは私に対する命令か?」

「違う、これは"お願い"」   

  

 そう答えを返すレインを龍神はフッと鼻で笑った。


「…今回だけだぞ」

「別に今回だけでいい」

「可愛げのない人間だ」

   

 龍神がプリーデと同じ目線まで浮上し、小型の杖を空へとかざす。真っ赤な空を覆う灰色の雲。バチバチと黄色の閃光を走らせ、今か今かと落ちる瞬間を待ちわびているようだ。


「…"スコール"」


 レインの身体が青色の闘気に包まれていく。すべての創造力が徐々に徐々に削られ、ムラサメを持つ手に力が込められる。


「人間、私が作る隙を見逃すなよ」


 雲から放たれる落雷。

 プリーデの周囲へと煽るように何十発も落ちていく。


(時間がない…)

 

 雨露霜雪の特殊な型の一つ、"スコール"。体内の創造力をほぼすべてを使い切り、短時間だけ身体能力を底上げすることが可能な型。


(すぐに詰める…)


 レインが動き出すタイミングで龍神は落雷の一つをプリーデの頭上へと落とす。彼はもちろんその落雷に当たるはずもなく、その場から移動をして避けようとしたのだが、


「…っ!!」

 

 落雷と落雷が繋がったことで連鎖を起こし、プリーデが避けた先へと追尾をする。これを上手くは避けられず、彼の身体に雷が走り、大きな隙ができた。


「まず一撃…!」


 レインはムラサメでプリーデの身体を斬り上げる。

 それと同時に上空へ龍神の雲とはまた違った灰色の雲が生成された。


「この程度か?」

「――ぐ!!」


 斬り上げたといっても、プリーデは大した傷を負っていない。むしろ反撃の二撃をレインはムラサメで受け止めたことで、骸の山へと突っ込んでいく。

 

「次に二回目の隙を作る。人間、私のチャンスを無駄にするな」


 龍神はプリーデの元へ落雷を落としながらゆっくりと飛行しつつ彼へ接近する。


「二度目はないぞ?」

「どうだろうな?」


 龍神は接近戦を持ち掛けたが、小型の杖で二本の剣を捌き切ることは不可能。どう考えても優勢なのはプリーデ。


「これはお前の判断ミスだ」


 白銀の剣と黒鉄の剣。

 二本の剣を龍神へと突き刺して、彼はそう告げる。


「哀れだな、人間」

「何だって…?」


 龍神は突き刺された二本の剣に向かってわざと前進し、身体に剣をねじ込ませながら嘲笑う。


「人間はどこまでも人間だ。お前は天使にも、堕天使にもなれない」

「…俺を馬鹿にしているのか?」

「馬鹿にしている? 違うな、私はお前に現実を教えてやっているんだ」


 龍神は人差し指をプリーデの胸元へと突き付ける。


「その心臓の鼓動が、お前が人間である証拠。人間を辞めたいのなら、それを捨ててから私の前に姿を見せろ小僧」


 プリーデに向かって龍神が捨て台詞を吐き、最後の力を振り絞って落雷を雲から突き落とす。


「くっ…!」

「なんっ――!?」


 落雷と共に姿を現わしたのはレイン。身体に雷を纏わせ、上空から刀を振り上げて急降下してくる。


「落雷で注意を逸らしている最中に、雲の中に隠れていたのか…!」


 プリーデはすぐに迎え撃とうとしたが、龍神が二本の剣を体内で抑え込み、決して離そうとしない。


「これが神を殺そうとした"罰"だ」

「離せッ…!!」


 龍神を蹴り飛ばして、どうにか自身の得物を引き抜くことに成功する。

 そして空を見上げ――


「――覆雨翻雲ふくうほんうん!」


 レインのムラサメによって縦に斬り下ろされた。それを合図に上空に漂う雲の塊からぽつぽつと雨が降り注ぐ。


(これぐらいの傷なら何の問題もない…。すぐにあいつを追いかけて…)


 プリーデは落下していくレインを追いかけようと翼を羽ばたかせ、急降下を始める。最初は一呼吸する間もなく彼女に迫ることが出来たのだが、


(…何故だ? 何故追いつけない?)


 その最中、レインに追いつけなくなり距離を離されてしまう。

 

「どこを見ているの?」

「ぐあぁ!?!」

  

 真下にいたレインがムラサメでプリーデの背中を斬りつける。普段は反応が追い付く攻撃すらも、まったく反応が追い付かずになっていた。


「ここからが本番でしょ?」


 自分が弱くなっているのか、レインが強くなっているのか。プリーデはその結論を出せないまま、レインの猛攻を防ぎきれずに何度も何度も斬りつけられる。


(違う、これは……)


 ――自分が弱くなり、レインが強くなっているんだ。

 そのことに気が付いたころには白銀の剣も黒鉄の剣も創造破壊をされ、


「――堕ちて」


 ムラサメを胸元に突き刺されたまま、血の池地獄へと強引に落とされていた。


「…くっ…そぉ…」

「あなたが私の攻撃を二回受けたこと。それが敗因」


 レインの第三キャパシティ覆雨翻雲ふくうほんうん。斬り上げれば上空に雲を生み出し、斬り下ろせばそこから雨が降り注ぐ。雨に濡れた相手は創造力・身体能力において低下し、使用者は雨に濡れれば濡れるほど創造力・身体能力を向上させることが可能となる力。


 ただし斬り上げと斬り下ろしを相手に当てなければ、雲も浮かばず雨も降り注がないため、中々に発動条件が厳しい能力だった。


「…ギリギリ間に合った」


 蒼色の闘気が消え失せ、スコールの型が自動的に解除される。危機一髪だったとレインは胸を撫で下ろし、血だまりに身を浮かべているプリーデを見る。


「俺は…俺は…"西村駿"にはなれなかったのか?」

「あなたは、西村駿にはなれない。私はあなたの本物と会ったことがないから分からないけど…あなたほど傲慢な性格じゃないと思う」


 西村駿のクローン。

 彼はその立場をレインに改めさせられ、片翼のネックレスを自ら引きちぎり、


「…持っていてくれ」

 

 彼女へと手渡した。

 レインは彼の手を握って、それを貰い受ける。


「……ノアに悪かったと、伝えてくれ」

「…分かった」

 

 プリーデが持っていた力。

 レインは彼からそれを託される。


「すまなかった…君たちには、本当に悪いことを…」

「気にしなくていい。後は私たちが片を付ける」

「そう…か。それなら…安心…できる…な…」


 光の塵となって消えていく彼の姿を、レインは口を閉ざしたまま眺め続ける。


「…私たちは出会い方さえ違えば、仲間として巡り合えたかもしれない」


 目の前に現れたユメノ結晶。

 レインはムラサメを軽く振い、


「でもこの世界ではそれが叶わなかった。だから私はこの世界を受け入れて、前に進む」


 そう独白しながら、粉々に斬り捨てた。

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