December
9:1 赤の果実は熟す
「…おはよう」
「あぁ…おはよう」
十二月初日。
レインが早めに教室へ訪れるとノアが既に登校しており、教卓の前に立ちながら何か考え事をしてた。
「何か気になることでもあったの?」
「いや、雫と村正に言われたあの作戦が本当に通じるのかと思ってな。色々と考えていたら爆睡しているルナを置いて、先に学校へ来てしまったんだ」
「…そう」
レインは普段通りの席へと着いて、腕に付いたジュエルペイを確認する。
「ウィッチはもういないのに…ここへ来る意味はあるの?」
「お前だって来てるだろ」
「私はここへ来る癖があったから」
ウィッチがもういないというのに朝早く教室へと訪れているノアとレイン。考え事や癖だからという理由を述べているものの、実際は特に理由もなかった。自分の部屋では息苦しくなり、ただ何となく教室へと顔を出しただけ。
「力の扱いは上手くいっているのか?」
「…それなりに」
あの後、封じ込めていた力を解放させるために鳴らした雫のベルによって、見違えるほどにレインたちは創造力と共にあらゆる面が成長をしていた。
「力が解放されたのに今度の課題は制御か。問題が解決したと思ったらすぐに問題が生じたな」
しかし、解放された力はあまりにも強大。
レインたちはそれを制御する必要があったのだ。
「特にユメノ使者が手強い」
「言うことを聞かないんだろ?」
「…そう」
その為、雨氷雫と月影村正が各々の真のユメノ世界へと訪れ、力の制御ができるように手を貸していた。
「…私は未だに自分がクローンだってことを信じられない」
「それが普通だ。突然『お前は創り出されたクローンだ』なんてことを言われて、すぐに納得できるやつなんていない」
「…あなたたち二人は、クローンなの?」
レインが密かに気になっていたことはノアとルナが彼女たちと同じようにクローンなのかということ。ノアはレインにそんなことを聞かれて、返答に迷いが生じる。
(…あいつらの答えは曖昧だったからな)
それは真実を告げられた日。
雨氷雫と月影村正にノアとルナは、ならば自分たちもレインたちと同様にお前たちに作られたクローンなのかと一度尋ねていたのだ。
『…あなたたちも、私たちが創り出したクローン』
『ああ…そうだな。お前たちも同じだよ』
それに対する二人の返答はどうも芯のない声色で、ノアとルナは嘘をついているようにしか見えなかった。だからといってそれ以上の追求をしても、二人は頑なに嘘をつき続けるだろう。昔からの付き合いでそれを知っていたノアとルナは、それから自分たちのことに関して聞くことを止めた。
「俺たちもレインと同じクローンだよ」
「…そう」
「それよりもだ。今日の夜に俺の真のユメノ世界へ集合しなければいけないことは聞いているか?」
「……? それは聞いていない」
雨氷雫たちに言われていたのは「今日の夜に真のユメノ世界へと全員集合させて」という内容。ノアは念のためレインに確認を取ってみれば、聞いていないという返答をされて溜息をつく。
「お前、雫に嫌われるようなことをしたか?」
「…していない」
ノアは雨氷雫が彼女に対する接し方が冷たいような気がした。ブライトたちにはしっかりと集合するよう伝えていたというのに、何故かレインにだけはそれを伝えられていないのだ。
「もし気分を損ねたのなら許してやってくれ。あいつはお前を見ると、二度と見たくない自分の姿を思い出してしまうんだ」
「私があの人と似ているの?」
「似ているも何も…。薄々勘づいていたが、お前はあいつの遺伝子から生まれた存在だ。それも現ノ世界とユメノ世界の戦争が起こる前の、過去のあいつとそっくりだよ」
過去の雨氷雫にあそこまでの感情などはない。
常に無表情で、愛想も無くて、それでもって現実を見ずに真のユメノ世界へと逃避していた。あのように感情を見せられるようになったのは、現実と向き合えるようになったから。
「…私は別に気にしてない。それに私は私だから」
「それなら良かったよ」
自分の過去とは誇れるものでもあり、汚れたものでもある。雨氷雫はレインを見ることで自身の過去を思い出し、ついつい冷たく当たってしまうのだ。
「…ノアも」
「ん?」
「あなたもあなた…だから」
レインは教卓の前に立つノアにそう伝えると、教室を出ていく。
「…分かってるさ」
一人残された教室でノアは自分に言い聞かせるようにしてそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「全員集まった?」
「ああ、これで全員だ」
ノアの真のユメノ世界。
そこへ赤の果実のメンバーたちを言われた通り全員集合させる。
「それで~? 全員呼んだってことは何か大事な話があるんでしょ~?」
「まぁな。今から話すことはSクラスを倒すための作戦内容みたいなものだ」
「おいおいー? オレたちがSクラスを倒せんのかよー?」
「倒せるのかじゃない。お前たちが生き残るには倒すしかないんだ」
声を上げるリベロに村正は強くそう反論した。倒せるかどうかを不安がっている最中にこちら側が殺される…村正が伝えたいのはそういうことだとノアとルナは自然と理解する。
「その作戦内容はどんなものだ?」
「シンプルな作戦。現実世界じゃなくて真のユメノ世界へと干渉して倒す」
「…真のユメノ世界へ干渉するの?」
「現実世界はほぼ白金昴の独壇場だ。そんな場所で戦うのは圧倒的に不利だろう。そこで真のユメノ世界を利用することにした」
真のユメノ世界にエデンの園の規則は通用しない。それに加えて七元徳も七つの大罪も突然の奇襲には対応が追い付かないはず…と村正は真のユメノ世界を利用するメリットを話した。
「あなた方が述べる倒すというのは――"殺す"ということでは?」
「この真のユメノ世界で死んだとしても現実世界では死んだことにはならない。植物状態となり一生寝たきりとなるだけだ。お前たちが目標としている"無殺生"とやらに傷はつかない」
真のユメノ世界に干渉しているのは魂のみ。
例えこの世界で殺されたり、死んだりしても魂だけが消滅するだけで現実世界の肉体は植物状態へ陥るだけで死にはしない、ただの抜け殻のようなものとなる。
「七つの大罪と七元徳、全員で十四人ほどいるわ。どんな順番で倒すのよ?」
「順番に倒していたら相手にすぐ気づかれて、今度はこちらが奇襲を受けるはめになる。そうなれば、お前たちの壊滅は避けられないだろう」
「…じゃあどうするんだ?」
「…あなたたちの人数はちょうど十四人。一人ずつ相手の真のユメノ世界へと干渉をして片を付ければいい」
雫の回答を聞いたウィザードは息を呑んだ。
それもそのはずであのSクラスを相手に一対一で戦わなければならない。それが意味するのは"誰からの手助けも得られない"ということ。ノアとルナを除いて今まで最低でも二人で連携を取り合っていたレインたちからすれば初の試みだ。
「力が解放された状態のお前たちならあいつらに勝てる。自分の力を信用することは難しいとは思うが、結局どんな状況でも頼れる優れものは自分自身の力だけだ。無理にでも信用しろ」
「やるしか…ないんですよね?」
「ああ、それしか道はない」
ヘイズは月影村正の言葉を聞いて、隣に立っているステラの手を握る。ステラも自分が一人で戦わなければならないという恐怖心のあまり、彼女の手を強く握り返してしまう。
「じゃあさー? オレたちのうち誰かが速攻で片付けて、他のやつの援護に行けばいいんじゃねー?」
「それもありだ。むしろそういう形でこの作戦が遂行してくれた方が断然いいだろう」
「そ、そうだ! ノアくんとルナさんもいるし、あなたたちだっているんです! 僕たちの援護もしっかりと出来るんじゃ…」
グラヴィスがノアとルナ、雫と村正の二組を希望に満ちた瞳で見つめる。
「私と村正はあなたたちの真のユメノ世界以外に干渉は不可能。だから援護はできない」
「それに俺たちには別でやることがあるんだ」
「…そんで俺とルナはユメノ使者が呼び出せない。Sクラスがユメノ使者を呼び出せるのなら二対一で戦況は不利になる。すぐに援護へ向かうことは無理だろう」
しかしその二組は援護することは不可能だと首を左右に振った。
グラヴィスは「そんなぁ…」と暗い顔のまま俯いてしまう。
「いいでしょう。ここでとやかく言っていても何も始まりません。その作戦を遂行するとして、まず大切なのは"決行する日時"と"誰が誰の相手をするか"ですね」
「それは既に考えてある。この作戦を開始する日時は――」
赤の果実。
半熟だった彼らは今熟し、中身が変わり始めた。
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