7:5 赤の果実は敗北する
「…何もやることがありませんね」
Aクラスの教室では窓から外の景色を眺めるローザがエルピスと共に時間を持て余していた。
「ローザ様、あのZクラスとSクラスとの戦いに参加しなくて良かったのですか?」
そうポツリと呟く彼女に、エルピスが戦いの不参加について言及する。
「此方が参加するほどのことでもありません。風の噂ではあの殺し合いには不正が行われていると聞きました」
「不正…ですか?」
「詳しいことは此方にも分かりません。ですが不正があることは事実とみて間違いないですね」
不正があると述べるローザ。
エルピスは度々口にする"風の噂"という単語が彼女の持つ能力と関係していることを知っている。だからこそローザの言葉を信じて疑わなかった。
「そのような不潔な殺し合いに此方が身を投じる必要はありません。その不正が明らかになるまで上から眺めておくことが得策でしょう」
「…ローザ様」
エルピスはもう一つだけ気がかりなことがあったため、彼女の名を呼んで、
「どうして私たち以外のAクラスの生徒、そしてZクラスの生徒たちを始末したのでしょうか? あの一件について、私はあまり納得していません」
先月から抱えていた自身の不満を告げた。
「…此方の行いに不満があると?」
「お言葉ですが、あのタイミングで本当に始末すべきだったのしょうか? 例えローザ様の手下たちが力にならずとも、武力の多さだけでも見せつけておくべきだったと思うのです。それにあのような形で始末してしまうのなら、SクラスやZクラスに捨て身の奇襲を仕掛けられたのでは?」
ローザがAクラスの生徒たちを人形のように"支配"していたことで、身代わりにでも、規則違反でも、何でも犯すことが可能。それを行えば、ローザが有利となることは間違いない…というのに彼女はそのような行動を一度も起こさなかったのだ。
「此方の計算上ではこのプレートが最高位の白色まで必要な殺害人数は三十五人です。一人でも欠ければこの白色のプレートまで辿り着けない」
「…! そんなところまでご存知だったとは…!」
「勿論です。それに此方があの時期に殺した理由は――獲物を取られないためですから」
「獲物を取られないためというのは…?」
Sクラスはネームプレートの色に興味がないうえ、Zクラスの赤の果実は無殺生を貫くために無色のプレートを保つという目標がある。そうなればプレートの位を上げるのに敵対する者は誰一人としていないはず。だからこそエルピスはローザにそう問いかけた。
「此方はこのエデンの園へ来てから『殺し合いに参加している者の特徴』とは何かを考えていました」
「それは判明したのですか?」
「ええ、分かりましたよ。この殺し合いに参加をしている者の特徴は…"ネームプレートを付けているかいないか"です」
ローザはエルピスに強く確信した声色でそう返答する。
「どのような経緯でそのようなお考えに?」
しかし彼はその返答を聞いても、何故そこまで自信を持って答えられるのかが分からなかった。ローザのことを信用していないわけではないが、エルピスも彼女が自信を持てるワケをハッキリと聞いておきたかったのだ。
「此方が経緯を説明しなくとも、答え合わせはもうすぐですよ」
「もうすぐ…というのは」
首を傾げつつ彼女の横顔を見つめるエルピス。
そんな彼にローザは、
「――ZクラスとSクラスの決着がつきます」
感情を持たぬ人形のような面でそう答えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ…はぁっ…」
殺し合い
Sクラスと赤の果実の戦いは膨大な時間を残して決着がついた。
「俺たちの勝ちだ」
勝利を収めたのは――Sクラス。ノアとルナは辛うじて戦える状態だが、他のメンバーたちは全員が立ち膝を付き、戦える力を出し切ってしまっていた。
「こりゃあ、やべーだろ…」
全体でも個別でも、その戦力の差は圧倒的。
この十二時間でSクラスの生徒に与えられたのは軽傷程度。それに対して、レインたちは再生が使えなくなるまでの甚大な被害を受けていた。
「どうするの? これがあなたの望んだ正面衝突?」
「…むしろ半日耐えれただけでも称えられるものじゃないか?」
ノアは二丁拳銃を逆手持ちにし、ルナは大鎌を両手持ちに変える。
「結果的に…何も変わらないじゃん」
Sクラスは戦える状態の人物が十四人。
赤の果実はノアとルナの二人のみ。二人で七人ずつ相手をするとしても、七元徳と七つの大罪はそこまで弱くはない。いくらノアとルナが強いからといって、Sクラスを全員相手が出来るはずもなかった。
「終わらないうちは変えられるだろう」
「こんな時に戯言吐かないでよ」
けれど戦うしかない。
ノアとルナは創造武器を構えて、プリーデとストリアの二人に突撃する。
「あなたたちは、私たちには勝てないわ」
ルナは両手で握った大鎌を回しながら横払いを繰り出すが、ストリアはそれを銃剣で受け止めてから、
「足りないのよ。何もかもが」
(合気道…!)
ルナの手首を握ってその場に押し倒す。
「あいつの心配はしないんだな」
「お前はその辺に落ちている石ころが蹴られるのをわざわざ心配するのか?」
攻め込まれているルナのことなどノアにとっては他所事のようで、ただただ目の前にいるスロースと近接戦を行っていた。ノアとルナは何かしらの事情で連携が最悪となっている、とスロースたちもそれを察している。
「そうだな。お前は斬られることを心配した方がいい」
「…!?」
だからこそ、ノアとルナに対してスロースはストリアは連携という分野で圧倒しようと考えた。その第一歩としてノアがスロースに注目している最中に、ストリアはルナを放置して彼の背後に回り込む。
「敵対同士なのにここまで息が合うんだな…!」
ノアは逆手持ちにしていた二丁拳銃の引き金に手を掛け、背後へと回り込んだストリアに発砲した。
「この距離は私の距離よ」
が、ストリアは身体に電流を纏い弾丸を消し炭にしてしまう。
(…厄介な能力だな)
ノアは銃剣に青色の火花を散らしながら斬りかかろうとしてくるストリアの方へと身体の向きを変えようした。これならば防御態勢が間に合う。
「――位置交換」
しかし瞬時に入れ替わるストリアとスロースの位置。ストリアがいるはずの場所にはスロースが、逆にスロースがいるはずの場所にはストリアがいた。
(まずっ――)
こうなれば防御態勢が間に合わない。
ノアはストリアの銃剣によって胸から腰にかけて斬り裂かれる。銃剣に纏わりついていた電流のせいで全身の筋肉が硬直し、激痛と痺れを感じるがまま彼はその場に倒れた。
「役に立たないなぁ…!!」
ルナは倒れたノアに対して一言そう述べる。そして創造武器であるラミアの特殊能力を発動し、小型の黒鎌を辺りに散布させた。
「そんなことをしたって無駄よ。私たちには当たらない」
ストリアは雷光の如く辺りに飛び回りその黒鎌たちの隙間を潜り抜け、スロースはルナの背後に飛んでいる小型の黒鎌と自身の位置を交換して接近をする。
「だったら、全力の力でこの付近ごとコワシテ――」
ルナは過去の教皇だった頃と同様の力を出そうとしたが、その瞬間に身体からすべての力抜けてしまった。スロースやストリアからの攻撃を受けたわけでもないのに、創造力を向上させられなくなり地面にひれ伏してしまう。
「…おれからの忠告だ。それ以上の力を出そうとすれば自滅するだけだぞ」
数字で表すのなら百を出そうとして、一まで無理やり下げられたような感覚。ルナはその原因が分からないまま、スロースの忠告を地面に顔をへばりつけ耳にするしかなかった。
「これで終わりか」
ミリタスたちはノアとルナが片付いたことを確認し、それぞれ目の前で弱っている赤の果実のメンバーたちへと自身の得物を突きつける。
「かつてない危機…ですね」
「いやだいやだ! わたしまだ死にたくない…!!」
負けた者には死の道しか残されていない。それを暗示させるようにSクラスは「トドメ」という言葉を無意識に得物と共に突き付けられているようだった。
(…万事休す)
頼みの綱であるノアとルナが敗北したことで、レインたちも生きることを諦めてしまっている状態。リベロでさえ絶望的な状況に思わずから笑いをして、創造武器を地面に落としているのだ。
(…兄さん)
そんな境遇時にレインの脳裏に過ったのは殺された兄の姿。とても悲しい過去だが、もうすぐ会えると思うと少しだけ嬉しさと死に対する恐怖心が薄れる。
(今、行くから)
プリーデの白銀の剣が彼女の首元目掛けて振り下ろされたとき、
「あれほど逃げなさいって言ったのに…どうしてあなたたちはバカみたいにぶつかるのよ?」
女性の声と共に周囲に白色の煙が焚かれ、レインの身体を何者かが持ち上げた。
「どこだ…!?」
煙の中、赤の果実のメンバーたちが次々と回収されていく。プリーデたちは口を塞ぎながらその正体を掴もうと試みるが、近づく気配をまったく察知できない。
「おいおい、この声って…」
けれどレインたちはその声に聞き覚えがあったため、姿は見ずとも誰なのかが分かる。
「――先生の言うことは素直に聞いておくものよ」
そうそれは、
「ウィッチ…先生?」
Zクラスの担任である――ウィッチだった。
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