6:12 第四殺し合い週間 【終幕】

衝撃操作ショックオペレーション…!」

創造貯蔵クリエイトストレージ!!」


 プリーデの創造力による斬撃と、ノアの能力による衝撃波が衝突し合う。戦況はややノアが優勢だが、プリーデの実力もそれなりのものでいくつか戦況が覆される場面もあった。


『ノア、聞こえる?』


 そんな彼の耳元にジュエルコネクトでブライトからの通信が入る。


「ブライト、どうした?」

『やっと繋がった! さっきから呼びかけていたのに全然応答しないから…』

「悪い。手が離せなかったんだ」


 戦いに集中しすぎていたせいでジュエルコネクトの通信を聞き逃していたとワケを述べてノアは謝罪をする。


『ディザイアをレインとリベロが倒したよ』

「…! ディザイアを倒したのか?」

「……ディザイアが倒されたか」


 その一言を聞いたプリーデは白銀の剣を下す。


『Bクラスは多分全員倒せたと思う。今は体育館でグラヴィスがディザイアたちのジュエルペイを解析してくれてるよ』 

「分かった。こっちも早いところ終わらせて体育館へ向かう」

 

 ジュエルコネクトの通信を切って、再びプリーデと交戦を始めようとした時、既にプリーデは白銀の剣とユメノ使者を消して、ノアへと背を向けていた。


「…戦わないのか?」

「戦う意味がなくなったよ。俺たちはあくまでディザイアたちの援護をすることが役目だ。ディザイアがやられたのなら俺たちの役目も終わりだろう」


 プリーデの役目はノアとルナを押さえること。

 その意味もなくなれば、戦う意味もなくなる。 


「お前が戦いを放棄するのなら願ったり叶ったりだ」


 ノアはプリーデを教室に残して、体育館の方角へと走り出した。天井が崩壊していたり、壁が粉々になっていたりと仲間たちが激戦を繰り広げていたことが一瞬にして分かる。


「ノア~!」

「ルナ?」

 

 後方を振り返れば、ルナが片手を振りながら全速力で走ってノアに追いついてきた。


「ミリタスはどうした?」

「ずっと逃げてたら『追う必要がなくなった』とか言って、どっか行っちゃったよ~」


 ミリタスもプリーデと同じように戦闘を放棄したのだろうとノアはすぐに察し、ルナと共に体育館の入り口を蹴り飛ばして中へと入る。


「おー…やっと来たかー」

「え~? みんな大丈夫~?」

 

 リベロたちは修羅場を潜り抜けた後のようで、その場に座り込みながらノアとルナを迎え入れた。穴が空いた制服や頬にある掠り傷、再生を使い過ぎてそこから一歩も動けない状態のようだ。


「…もう戦えませんね」

「すまないが俺たち二人も限界だな」


 壁に背を付けて座り込むティアと、一緒になって仰向けに倒れているウィザードがヴィルタス。それを横目で流しつつ、ノアとルナは体育館の隅で倒れているディザイアの元へと歩み寄る。


「よくディザイアを倒せたな」

「…運が良かっただけ」


 ディザイアが目を覚ました時の為に側で見張っているレインとリベロ。そんな二人もそれなりに顔がやつれている。


「これの能力がなかったら絶対に倒せなかった」

 

 レインはそう言いながら自身の右隣にいるリベロを片目で見た。


「おいおい? "これ"呼ばわりかよー?」

「ベロくん…嘘吐きライアーの力を上手く使えたんだね~」

「まぁなー、最初はどうなるかと思ったけどさー。"こいつ"がそれなりに時間を稼いでくれたから、作戦を考えられたんだよなー」


 リベロはレインに向かって指を差す。ディザイアとの一戦を乗り越えたレインとリベロ。この二人の距離が妙に縮まっているようで、ノアとルナは顔を見合わせて僅かに笑みを浮かべた。 

  

「あっ、ヘイズ!」


 体育館の入り口から姿を現したのは、ヘイズ・ステラ・ファルサの三人。ヘイズとステラはブライトたちが無事で安堵しているようにも見えたが、ファルサはどこか申し訳なさそうに俯いたまま入ってきた。

  

「もう大丈夫なの?」

「うん。痛みも感じないし、平気だよ」

「良かったぁ…!」


 ブライトは瞳に涙を浮かべ、ヘイズの手を握る。

 彼女の中で友人を失いかけた恐怖が込み上げてきたのだ。

 

中和作用カウントラクション

白霧ホワイトミスト


 その後、ヘイズとファルサの二人の第一キャパシティで怪我を完治できない仲間たちを治療し始めた。再生の使用限度を超えた際、二人の能力は絶大な効果を発揮する。


「おー…疲れた身体に効くぜー」


 ファルサの第一キャパシティ白霧ホワイトミストは身体の傷だけでなく、対象の疲労感も取ることが可能な能力。それとほんの僅かだが精神面においても効力があるため、


「何だろう? 少しだけ気分が良くなったような…」

「言われてみれば…」


 前向きになれるように使用相手の気持ちを上げてくれる。

  

「ファルサ。あなたに聞きたいことがあります」

「……」


 治療を終えたファルサにティアが声を掛けた。彼女の声の調子から感謝の言葉が続くとは思えなかった一同は、視線をその二人へと集中させる。

  

「あなたの中にいるもう一人の人格"ファルス"。彼女は何者なんですか?」

「…」

「彼女は敵味方関係なしに襲い掛かってきました。このまま見過ごすわけにはいきません」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ティアが敵意をむき出しにしている姿。

 それを見たグラヴィスはティアとファルサの間に割り込んだ。


「ファルサさんにだって話したくないことがあるんだよ! それを無理して聞く必要は――」

「グラヴィス、これは私とファルサの問題ではありません。この赤の果実に影響を及ぼす重大な問題なのです。このまま追求せずにこの先何か起きた時、あなたは責任が取れるのですか?」

「で、でも…!」

 

 反論しようとするグラヴィスの肩にファルサは優しく手を置いてそれを阻止する。


「ティアの言う通りだよ。私は自分の事をみんなに話さないといけない」 

「ファルサさん…」   

「…では教えてください。彼女は何者なのですか?」

  

 ファルサは静寂の中でぽつりぽつりと話を始めた。


「…ファルスは私が男だった頃の"過去"だよ」

「え…えぇ!? ファルサさんって元々男だったの!?」

「ごめんね、ずっと黙ってて」


 仲間たちが驚いている中、ノアとルナが表情を変えることはない。むしろ「そういうことだったのか」という何か納得をしている様子だった。


「どうしてファルサちゃんは女になったの~?」

「…分からない」

「分からない? もう一人のあなたは女になった理由を、過去の自分が嫌になったからと言っていましたよ?」

「それもそうだけど…。こうなってしまったワケをファルスは何も分かっていない」 


 ファルサは自身の過去をこう語った。女として生まれ変わる前、ファルサは男として小さな村でごく普通の日常を歩んでいた。少し変わっている点があるとすれば、ユメノ世界と現ノ世界のちょうど境目に住んでいたということ。


「私の村では"決してユメノ世界と現ノ世界の境界に立ってはいけない"という掟があったの。最初はちゃんと守っていたけど…そのうち私は遊び半分でその掟を破って…」

「…女になっていたと?」

「信じられないかもしれない。でも本当なの。境目に立った瞬間、頭が二つに割れそうなぐらい痛くなって…気が付いたら女に…」


 そのような話をすぐに信じられるはずがない。ファルサの言葉にその場にいる全員がどう反応すればいいかと口を閉ざしてしまう。


「…あなたは何か知らないの?」

「何も知らない、というわけでもないが…」


 レインにそう尋ねられたノアは、顎に手を当ててこんな話を始めた。


「現ノ世界とユメノ世界を分けるキッカケとなったDDOが起きてから…"解離性同一性障害"を患う人々が増えたという話は聞いたことある」

「どうして増えたの?」

「原因は不明。ただ"夢に見ていた理想の自分"をDDOがユメノ世界と共に実現させたから、なんて仮説はあった。その条件が現ノ世界とユメノ世界の境界に立つことかは分からないが」

 

 ファルサの理想の姿は女の子。だからもう一人の人格が具現化し、身体に大きな変化をもたらせた。そう考えれば、先ほどよりも多少は信憑性が増す。


「概ね事情は分かりました。ではあなたの中に潜在するファルスを消すことは?」

「…消せないと思う。私よりも"個"が強いから」


 普通すぎて気配を感じないのはファルスによって、個に偏りが出来てしまっているから。入学当初にファルサの気配を感じ取れなかったワケに納得がいき、ノアとルナは視線を交わす。 


「それでは彼女が出てこないようにするにはどうすれば?」

「普段は抑えようと思えば抑えられるんだけど…。私の意識が乱れて集中できなくなると、ファルスはその隙を突いて出てくるから…」

「極力戦わない方がいい…ってことだな」

 

 ノアの言葉に対して、ファルサは小さく頷いて肯定する。


「けどよー? そんなの無理じゃねー? これから更に強敵が待ってるんだぜー?」

「それは間違いないね~。もう一人のファルスちゃんとやらを出さない方法としては私たちがファルサちゃんを守るしかないけど~…」


 そこまでの余裕が果たしてあるのだろうか。

 今回のBクラスでさえも、各々がそれぞれ余裕もなく戦うしか他ならなかった。この先に待ち受けているのはAクラスとSクラス。余裕どころか死人が出るかもしれないのだ。


「馬鹿な…やつらだ」

「――!!?」


 ディザイアの声。

 彼は目を覚ますと、その場に立ち上がりノアたちを見つめる。


「グラヴィス…! 早くディザイアの名前を密告するんだ!」

「えっと…それが…」


 ウィザードに叫ばれたグラヴィスはおどおどするだけで、密告システムを使おうとしない。


「何をしてるの…!? 密告システムで――」

「な、名前が無いんだ!」

「……え?」

「ディザイアには名前が無いんだよ!」


 グラヴィスの返答にその場にいる全員が言葉を失う。


「名前が無いだって? それは本当か?」

「本当だよ…! ジュエルペイの個人情報に名前が書かれていないんだ! 名前だけじゃなくて、住所も親の名前も、何もかも書かれていなくて…」


 ノアはディザイアを冷ややかな視線で見た。 姿が鬼として変貌していることで、彼もディザイアを人間として接することはできないのだ。


「安心しろ。事前に個人情報を消した、なんて小細工はしていない。そこに載っていることはすべて嘘偽りのない真実だ」

「ならディザイア。お前は何者だ?」

「おやおや、これはすまないね」


 壇上から体育館内に響き渡る聞き覚えのある声。

 それを耳にしたディザイアは、すぐに視線を壇上へと移した。


「どうやらディザイアくんのジュエルペイに不具合があったらしい」


 そこにいたのはゼルチュ。

 両脇にはいつも通りアニマとペルソナがいる。


「ゼルチューーーー!!!」

「……!?」


 憎悪に浸る声で彼の名前を呼びながら、突進を仕掛けるディザイア。

 突然のことでノアも理解が追い付かない。


「ディザイアくん、殺し合い週間中に私へ攻撃を仕掛けることは」


 ゼルチュが両手を上げれば、アニマとペルソナがディザイアの側へと接近し、



「――"校則違反"だ」



 アニマは振り下ろした左拳で頭部を、ペルソナは振り上げた膝蹴りで腹部を狙って、殴打を叩き込んだ。


「…あの硬い皮膚に素手で」

「どういう仕組みをしてやがる?」


 鋼鉄の身体に格闘技を叩き込み、平然としていられるアニマとペルソナを見て、レインとリベロは表情を曇らせる。ディザイアはその場にうずくまり、顔だけ動かしゼルチュのことを見上げた。


「本当ならば校則違反を犯した時点で処分されるが…君は成績優秀者だ。特別に指導だけで許してあげようじゃないか」


 アニマとペルソナに両脇から抱えられ、体育館の外に連れていかれるディザイア。ノアたちはそれを眺めたままでいれば、ゼルチュの視線が彼らへと移される。


「君たちの活躍は目まぐるしいよ。最近は何度も私を驚かせてくれる」

「ディザイアをどうするつもりですか?」

「ディザイア君はこの殺し合い週間でエデンの園から退場させる。本当ならば密告システムを使われて、君たちに負けているからね」


 ゼルチュは自分のジュエルペイを操作してどこかへと連絡を入れ、


「それじゃあ、引き続き頑張ってくれ。私は君たちに期待をしているよ」

  

 壇上から舞台袖へと消えていった。その場に残されたノアたちはしばらくの間、呆然としていたが、

 

「…やけに間抜けな顔をしているわね?」

「何か問題でも起きたのか?」

「ストリアとスロース、か」 


 体育館の入り口から姿を見せたスロースとストリアの声で我に返る。二人は周囲を見渡しつつ、何者かの服の後ろ袖を引きずりながらノアたちへと近づいてくる。


「こいつらを頼んだ」

「この二人は、ビートとアウラか?」


 スロースはビートを、ストリアはアウラを連れてきた。

 二人とも気を失っているようだが…。


「どうしてこの二人を連れてきたの~?」

「唯一の生き残りだからよ」

「…唯一の生き残りだって?」

「そのままの意味だ。Zクラスはこの二人以外、ローザによって殺された」

「――!」

 

 ノアとルナは眉をひそめた。ローザがこのタイミングで動き出した理由。それが二人には見当がつかなかったのだ。


「なぜ俺たちに手を貸した?」

 

 それも含めて、スロースたちが手を貸してくれた理由も見当がつかなかった。プリーデとミリタスが敵対したにも関わらず、この二人は一切敵対心を見せてこない。


「…そのうち分かる」

「そのうちって~?」

「"その時"はもう近いのよ」


 ストリアとスロースは口を合わせて、ノアとルナにそう伝える。「どういうことか」と追及をする前に二人はさっさとその場から去っていった。




 

   

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