6:7『Militas』
「制裁する」
光で生成された剣が天井から降り注ぐ。
私はそれに掠りながらも回避をし、反撃の機会を窺っていた。
「どうした? 仕掛けてこないのか?」
「迂闊に飛び込んだら何をされるか分からないしね~」
私はミリタス相手にかなり苦戦を強いられていた。決して力の加減をするのが難しいというわけではない。何故ならミリタスは妲己よりも強くはないからだ。
(…正面からやり合うのは、あまり良くない気がする)
ならば、なぜ攻め込めないのか。
そのワケは修羅場を潜り抜けてきたからこそ身に付いている第六感が、ミリタスに攻撃を仕掛けることが愚策だと訴えかけてきているからだ。
「ふん、腰抜けめ」
ミリタスは手を振り上げて教室内の壁や床をすべて白色の光で覆う。私はそれに触れたらマズイと考え、第一キャパシティの
「このエデンの園から粛清してやろう」
ミリタスが手を下す。
その瞬間、教室内の四方八方から光で生成された剣が一斉に私へ向かって放たれた。
「ラミア…!」
私は創造武器である黒色の大鎌を召喚して、向かってくる剣を避けながらすべて斬り落とす。
「なるほど。厄介な相手だとは聞いていたが、その攻撃にも耐えるのか」
「あっはは~。これぐらいでやられたら面目が丸つぶれだからね~」
第三キャパシティ、
私は宙で漂いながらその能力を発動して、教室の半分を黒色の闇で覆う。
「汚らわしい」
闇から次々と生まれる妖怪たちはミリタスの元まで前進していく。彼はそれに対抗するため、光の剣を何百発と撃ち出して抹消を開始した。
「あなたは私を殺すつもりでいるの~?」
「そのようなことはしない。俺はお前を正義の元で裁くだけだ」
「殺し合いをするこんな場所で…正義なんてあると思う~?」
「正義がないのなら俺が正義となろう」
光と闇のぶつかり合い。
どちらも退かず、その激しい攻防は続く。光の剣は留まることを知らず、妖怪たちは歩まぬことを知らない。ミリタスと私はその攻防の最中に会話をしていた。
「あなたにとって、私たちはBクラスよりも悪とでも?」
「その通りだ」
「Zクラスの皆は、私たちの仲間はこのエデンの園で生き延びたいから戦っているだけなんだよ~?」
「それがどうした? 俺からすればお前たちは悪そのものだ」
腐りきった正義だ。
私はそう吐き捨てると、大鎌を構えて妖怪たちの隙間を縫ってミリタスまで接近する。
「やっと仕掛けてきたな」
ミリタスは自身の前方にいくつかの武器を光で創り出して私に振り回した。
「私はそんな攻撃じゃ止められないよ~」
「力任せなやつだ」
大剣、斧、レイピア…様々な武器が一斉に襲い掛かってくるが、その程度で足止めなど出来るはずもない。私はラミアの一振りで光の武器を一掃し、ミリタスの目の前まで迫る。
「だが俺の正義の前では――お前も無力となる」
しかしミリタスは大鎌を持った左手を掴み、逆の手で平手を私の頬に打ち込んだ。頬に伝わる鈍痛。本来なら大した痛みも感じないはずのその平手は、異様なほどに痛みを感じてしまっていた。
(創造力が上回っている…?)
いやそんなはずがない。
私は一旦距離を取って、自身の頬を手で触れる。
「俺の第一キャパシティは
ミリタスの第一キャパシティは"正義"。
この世界には『正義は必ず勝つ』という言葉が存在する。彼の能力はその言葉通りの力、つまりは『絶対的な勝利』を"必ず"掴み取ることが可能な能力。
「その能力少しずるすぎない?」
第六感が攻撃を仕掛けるなと告げていたのはこの能力が理由だった。ミリタスにいくら攻撃を仕掛けたところで『正義は必ず勝つ』という言葉を捻じ曲げない限り、こちらの勝利はあり得ない。
(能力の弱点を見つけないとね…)
――正義。
こんな無茶な力を持つ能力には必ず大きな弱点が存在するはず。私はそれを見つけるために、近くに転がっている椅子をミリタスへと蹴り飛ばした。
「小賢しい」
ミリタスはその椅子を素手で掴むと、教室の隅へと放り投げる。
(…創造力が通っていない椅子を破壊しないってことは)
私はとあることに気が付き、今度は何度も側に転がっている椅子をミリタスへ蹴り飛ばしてみた。
「馬鹿にしているのか?」
やはり破壊はせず、回避したり掴んだりするだけ。光の剣などで破壊すれば手っ取り早いというのに、何故そのようなことを行うか。そのワケは私の長年の勘で何となくだが分かっていた。
「あはは~! その能力大したことないんだね~」
「…何が言いたい?」
私は大鎌を仕舞うと、ロッカーの中から箒を一本取り出して構える。
「――椅子は"悪者"だって言えないもんね~」
「ほう、それに気が付いたのか」
ミリタスの"正義"の弱点は単純。
"善悪が付けられないモノ"…つまりは"人格を持たぬ物質"には効果がないということ。もっと言えば"自ら悪や正義と名乗れないモノ"にも効果がない。
「だが残念だ。お前がその穴に気が付いたところで、俺には"もう"勝てない」
「その言い方だと相手に触れて発動するタイプだね~?」
だから第六感が攻撃を仕掛けるなと警鐘を鳴らしていたのだと納得する。
「でもあなたは一つだけ大きな勘違いをしているよ~」
「勘違い?」
触れられたら即相手の勝利が確定する戦い。
私は「そんなものがあってたまるか」と独白し、ミリタスに向けて箒を向けた。
「あなたにとっての勝利は私を倒すことかもしれない。でも、私にとっての負けが"あなたに倒されること"だと思ったら大間違い」
「…何が言いたい?」
「――逃げるってことだよ~!」
箒を放り投げて、私は教室から飛び出す。
能力の欠点は見つけたものの、このまま正面から衝突し合ったところで私の勝ちは見えない。私が関与する創造は使えない。能力も使用したところで効果はない。頼れるものは箒や椅子だが、こんなものでどうやってミリタスを押さえろというのだ。
「ユメノ使者――メタトロン」
ミリタスは逃げ出そうとする私を追いかけようと、洋風な格好に羽の生えたユメノ使者を呼び出す。
「あの者を仕留めるぞ」
ユメノ使者であるメタトロンにそう指示を出せば、両翼を羽ばたかせてこちらに高速で向かってきた。包帯が巻かれた両手には、遠距離攻撃を仕掛けるためか杖が握られている。
「危な~い!」
杖から放たれたのはやはり光で生成された巨大な槍。
私はそれを壁や天井を走り回って、何とか回避をし続けた。
「コバエのようにちょこまかと…。メタトロン!」
ミリタスがメタトロンへ続けて接近するように指示を出す。
「能力なしの近距離戦なら…」
メタトロンがこちらに杖を振り下ろしたと同時に、私は半身を動かしてそれをひらりと避け、
「負ける気がしないんだけどね~」
その杖に片足を乗せながら、逆の足でメタトロンの顔へと蹴りを叩き込んだ。その一撃はかなり効いているようで、メタトロンもその場で大きくよろめいてしまう。
「…ドヤぁ」
「っ…! 調子に乗るな!」
ミリタスは少しだけ表情を険しくさせ、私を追いかけようと自身も走り出す。
「"逃げるが勝ち~"」
メタトロンではなくミリタスが走り出した途端、私も全力で逃げ始めた。逃げるが勝ちという言葉通り、ミリタス相手にはこれが最も有効だろう。
(だけど、これは単なる時間稼ぎにしかならない…。本当なら他のみんなの助けに行きたいけど…)
これはただの鬼ごっこ。
戦いでも何でもない。ミリタスはひたすらに追いかけ、私はひたすらに逃げるだけ。こんなことをしている間にも、他のメンバーたちは苦戦を強いられているかもしれない。
「お前は本当に小賢しいことばかりを…!」
だがそれはミリタスも同じ。
逃げ回る私を野放しにしていれば、他のメンバーを増援として向かうことを知っている。だからこそこうやってしつこく私の事を追いかけ回しているのだ。
「あはは~! もう少し私との追いかけっこを楽しんでもらうよ~」
先ほど東の方角から感じた膨大な創造力。私はそこへ向かい何が起きているのかを確かめたかったが、そういうわけにもいかないようで、
「メタトロン。あいつを制裁する!」
メタトロンに先回りさせて、私を階段前で挟み撃ちにした。
「当たらないよ~」
ミリタスとメタトロンによる連携攻撃を、私は身体を回転させながら空中で回避する。
「じゃあね~」
そしてスライディングでミリタスの股下を華麗にすり抜けて、再び走り出した。
(私が無理でも、ノアならもう救援に向かってるよね)
相手が厄介な能力を持つミリタスだから私は救援に向かえない。けれどノアの相手はプリーデだ。ここまでチート染みた能力じゃないはず。
(…多分だけど)
私は窓の外に広がる暗闇を見て、心の中でそう呟いた。
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