5:9 レインたちは夏祭りへと赴く

「お疲れ様です。今日の午前中もノアと特訓を?」


 制服姿のレインが祭りの会場となる地点へやってくると、同じく制服姿のティアが道路の脇沿いで待っていた。

 

「…そうだけど」


 夏祭りが開催する数日前。

 レインのジュエルペイにティアから個別で「夏祭り、一緒にどうですか?」というメッセージが届いていたのだ。最初は「何故私が?」と返信をし理由次第で断ろうかと考えていたが、


「…それより、どうして私を誘ったの?」


 ティアに「それは当日お話します」と言われたことで、仕方なく了承しこの夏祭りの日を迎えたのだ。


「それは屋台を見ながらお話ししましょう」


 レインは軽く頷き、ティアと共に屋台のある通りを並んで歩くことにする。顔に狐の面を付けていることで、ティアはこの夏祭りを楽しんでいると思われるだろう。そんな人物の近くで歩くのは勘弁願いたいなどとレインが考えていれば、


「レイン、あの屋台に寄りませんか?」


 ティアが林檎飴を売っている屋台へと視線を向けていた。


「…好きにして」

 

 微塵も興味がないうえにそれを断る理由もないので適当な返事をする。その返事を聞いたティアは「分かりました」と一目散に林檎飴の屋台へと歩み寄っていった。


(ティアとの関わりなんて私にはない。夏祭りへ行きたいのならノア辺りを必ず誘うはず。それなのにどうして…)    


 ティアが林檎雨を買いに行っている間、レインは彼女の背中を見て考察を始める。未だにティアという人物はレインからすれば謎そのもの。こうやってティアの誘いを受けたのも、赤の果実という同盟があることで関係を保てているからで、もしそれが無かったのなら警戒をするべき人物の一人としてみなしていた。


「お待たせしました」


 案外早く買えたのかティアは林檎飴を片手にすぐ戻ってくる。


「…食べないの?」

「ええ、食べませんよ」 


 その場で食べるのかと思いきや、一切口を付けることなく手に持っているだけ。レインは心の中で「何のために買ったのだ」とツッコミを入れながらも、再びティアと共に屋台巡りが始まるのだろうとお面が飾られている屋台を眺めていると、


「赤の果実――あなたはどう思いますか?」

 

 何の脈絡もなく、唐突にそんなことを聞いてきた。


「…赤の果実? それがあなたが話したかったこと?」  

「そうですね。二つほどあるうちの一つですよ」


 レインは赤の果実について改めて考えてみる。

 目標は無色のプレートのままこのエデンの園で生き残るというもの。それは殺し合いを主の目的としているエデンの園の中で異端な行為。それを目標として掲げている同盟など狂っているとしか思えない。彼女はありのままの意見をティアへと伝えた。

  

「私もその意見には同意ですね」

「…どうしてそんなことを?」

「平然と人を殺している生徒を見て、たまに考えてしまうんです。私たちがしていることに意味があるのかと」

 

 ティアは手に持つ林檎飴を見つめる。エデンの園に刃向かう目的は現ノ世界とユメノ世界での争いを食い止めるため。ノアは確かにそう言っていた。


「例えばBクラスに勝てたとして…Aクラス、Sクラスに勝てると思いますか? いえ、そもそも勝つことがエデンの園に一矢報いることなのでしょうか」

「…それは私にも分からない」

「そう、分からないんです。今やっていることが正しいのか、この先に何が起こるかなんて何も分からない。けれどノアとルナはそれが正しいと言わんばかりに、このエデンの園で同盟を組んで生き残ろうとしている」

「…何が言いたいの?」

 

 そう問いかける彼女に対して、ティアはその林檎飴をレインの顔の前へと持ってくる。


「あの二人は何を知っているのでしょうか?」

「何を知っているって…」

「あなたも薄々勘づいているのではありませんか? あの二人は私たちとは比べ物にならないほどの知識や実力を備え持っているにも関わらず、記憶喪失だと述べている。これが仮に真実だとして、どうしてユメノ世界と現ノ世界の争いが間違っていると言い切れるのですか?」 


 ティアは今までノアとルナの二人に不信感を抱き続けていた。だからこそ、二人の言動の一つ一つを観察し、ひたすらにその中身を暴こうとしていたのだ。


「…あの二人が何かを隠しているってこと?」

「そうとしか考えられません。私たちの前では"真実"と"偽り"を混ぜた発言をしているのでしょう」


 歩きながら会話を交わしていれば屋台の並ばない静かな道が前方に続く。ティアとレインは話がしやすいように、海岸の近くにあるベンチへと二人で腰を掛けた。


「あなたはあの二人が何を隠していると思いますか?」

「私が分かるはずがない」

「そうですか。それでは先にこの数ヶ月で考え抜いた結論を述べさせてもらうなら――」 

 

 ティアは林檎飴を握った手を揺らし、



「――あの二人は前世の記憶を持っています」 


  

 虚空を見つめながらそう言い切った。


「前世の記憶?」

「ええ、考えてもみれば同じ記憶喪失というだけであそこまでの関係を築き上げられるでしょうか? 私にはあの二人が昔からの顔見知りだったとしか思えません」

「…それが前世からだという根拠は? 単にエデンの園に来る前から知り合っていただけかもしれない」

「私が脳裏に引っかかっていたのはあの二人の知識量です。特にノアは博学かと思われがちですが、蓋を開けてみればそれは何世代も前の知識ばかりです。戦いに関する記憶だけが残っているという発言が本当だとしても、彼はこの時代に見合う知識は備え持っていません」 


 狐の面の裏に隠される顔。

 それが一体どのようなものなのかをレインは自然と想像していた。赤の果実のメンバーの中では自身を除いて最も冷静沈着な人物だと彼女は印象を抱いていたが、この数ヶ月の間にここまで考察を固めているとは思いもしなかったのだ。


「あの二人は前世の記憶を持ったうえで私たちに何かを隠している――そうは思いませんか?」

「…何が言いたいの?」

「ノアとルナが隠している秘密によって私たちが後に追い込まれることになり…赤の果実が腐ってしまう・・・・・・んですよ」


 ティアは手に持っていた林檎飴をわざとらしく地面に落とした。林檎飴はコンクリートの硬い地面へと落下した衝撃により、乾いた音を立てて真っ二つに割れてしまう。


「私は"赤の果実"の名付け親。それを是が非でも阻止しなければなりません」

「……」


 彼女なりに悪い方向へ進まないよう考えている。

 それは話を聞いているだけでも十分に伝わってきた…が、並べられた言葉の中に負の感情が込められているようにも感じたレインは静かに落ちている林檎飴を見下ろしていた。


「…話を変えましょうか」


 言葉を発さなくなったレインを見兼ねたティアが、彼女へ話そうと考えていたもう一つの方の内容へと路線を切り替える。


「あなたは――自分自身のことを運が良いと考えたことはありますか?」


 胡散臭い質問。

 どこかの占い師が近寄る人に口車へ乗らせるために吐いてそうな言葉だ。レインは顔を上げてそんな質問をしてくるティアに向かって、


「…運なんて信じていない。結局は考え方次第ですべて変わるから」


 "運"そのものを否定する一言で返した。

 今日は運が良いと思えば運がいい、今日は運が悪いと思えば運が悪い。たったそれだけの違いで"運"というものは大きく左右されるあやふやなものなのだ。 


「そうですか。私からすればあなたは運が良い方だと思いますよ。逆に私なんか不幸者ですから」

「…そうなの?」

「ええ、今まであなたは"二人の救世主"に救われたのでしょう?」

「…!」


 "二人の救世主"という言葉にレインは過剰に反応してしまう。ティアはその二人が誰のことなのかは名を上げていない。けれど、それはきっと小泉翔とノアのことだとレインは心の中で察していたのだ。


「まず一人目は、故郷が七つの大罪に攻め込まれたあの日に出会いましたね」

「…それって」

「七代目救世主様です。あなたは声を上げて瓦礫の上で泣いていた。そんなあなたに右手を差し伸べてくれたのは七代目様。両親を失ったあなたはそこで一度救われたのです」

「待って…! どうしてそこまで詳しく――」 


 明かした覚えのない細かな描写を次々と述べるティア。一度喋り出したら止まる様子も見せることなく、レインを無視して話をこう続けた。


「二人目はノア。あなたは病を患い死を迎え入れようと考えていました。それを目の当たりにした彼は『七代目様の代わりになり、救ってみせる』とあなたに約束をしましたね」

「――!?」 


 ノアとレインの二人しか知らぬことをすべて知っている。

 そんなティアに対してレインは思わず「どうして…」と呟いた。


「見ていたんですよ―――ずっとそばで」

「そばで…見ていた?」

「私はあなたが救われる姿を眺めていたのです。襲撃を受けた日も、あなたがノアと過ごしたあの日も」


 レインの脳裏に微かな記憶が蘇る。

 故郷が襲撃を受ける前、自分の家の隣には同い年の少女・・がいたことを。 


「まさかあなたは――」

「気づきませんでしたか? 私はあなたの隣に住んでいた隣人・・。同じ一軒家同士のご近所さんだったんですよ」


 襲撃を受けて家族を失った境遇が似ていたのは、同じ日に、同じ町に住んでいたから。レインもノア伝いにティアの事情を聞かされていた時はそこまで気にはしていなかった。


「ここで少しあなたには考えてもらいます。私があなたに"運がいい"と言ったのは何故なのかを」

「……分からない」

「惚けないでください。襲撃を受けたあの日、あなたではなく私が救われてもおかしくなかったんです。七代目様が右へ行くか左へ行くか。そこで私たちの命運は決まるんですから」


 ティアはレインの近所、すぐ隣の家に住んでいたのだ。

 それならば七代目救世主である小泉翔が手を差し伸べる相手はほんの少しの行動で大きく変わる。


「だけど七代目様はあなたの方へと行ってしまった。私は"運勝負"であなたに負けたせいで救われなかったのです」

「…っ」


 運勝負に勝利したのはレイン。ティアにとってそれが地獄の道を歩むことになるきっかけとなっていた。


「私はただ見ていました。あなたが七代目様と歩いていく姿を、あなたが救われる姿を」

「…どうして声を掛けなかったの? 少しでも声を上げれば――」

「なら――あなたが私の立場だったとして、両親を失った悲しみに浸る状態ですぐに追いかけられますか? 精神的に追い込まれている少女が、そんな自主的な行動を起こせると思いますか?」


 救われることを待つことしか出来ない。レインは口には出さなかったものの、どこかでそれを自然と理解して口を閉ざしてしまった。


「そして二人目の救世主もあなたを救いました。私ではなくあなたの方へと行ってしまったのです」

「……」

「あなたがいなければ私が救われていました。あなたがいなければ私は身体を汚すことがありませんでした」


 ティアは地面に落ちている真っ二つに割れた林檎飴を、片足でゆっくりと踏み潰す。 


「私はこのエデンの園で赤の果実として生き残り、救世主としての座に就いて自分自身を救います」

「…あなたも救世主に?」

「そうですよ。だから、他の生徒にもあなたにも負けられない」


 考え込んでいるレイン。

 そんな彼女に対し、ティアはその場に立ち上がるとレインへ背を向けて、



「あなたが私のことをどう思っているのかは知りません。ですが、私は運だけで生き長らえてきたあなたのことが――嫌い・・です」



 キッパリとそう言い切り、再び屋台のある方角へと歩いて行く。


「…ティア」 


 レインは小さな声で呟きながら、足元で踏み潰されている林檎飴を見ていることしか出来なかった。

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