5:6 ルナは夢を見る

「あ、夢だ」


 ルナが立っている場所は紫黒町と呼ばれる自身の故郷。

 その景色に懐かしさを感じたことで、ルナは瞬時に夢の中なのだと気が付く。


「来たか」

 

 そんなルナを歓迎するようにブラックが前方から歩いてきた。その立ち振る舞いをどこかで見たような覚えがあるルナは目を瞑りながら、思い出そうと試みる。


「…思い出せないだろ」

「うん、全然」


 そんなルナに呆れたブラックは周囲を見渡し、


「順番に思い出していけばいい。俺のことを思い出すのは当分先だろう」


 景色を紫黒町から誰かの部屋へと変えた。

 そこは壁中にアニメの美少女キャラクターのポスターが貼られており、棚には漫画やゲームが敷き詰められているようだ。足の踏み場がないほど汚いというのが第一印象。明らかにそういう類・・・・・のタイプだ。


「…まっさーか」

「ここはお前の部屋だ」

「ウソでしょぉ!?」 


 ルナは部屋中を歩き回り、一つ一つの家具を物色していく。本当ならば間違いであってほしかったが、そんな期待もすぐに水の泡となり、脳内に様々な記憶が蘇ってしまう。


「私の部屋だぁ…」


 記憶を失う前の前世からここまで酷いとは思わなかった。ルナはがっくしとその場に腰を下ろす。確かにこの有様で一人暮らしをすることなどほぼ無理に等しいと彼女は実感させられたのだ。


「…汚いな」

「言わないでよぉ! 何で私の掘り返してほしくない黒歴史を映し出すの~!?」

「それがお前にとって必要な記憶だからだ」


 ほぼ公開処刑。

 ルナは高校生の頃に帰宅をした後や初代教皇としての活動が終わった後に、毎回自分の部屋でネットサーフィンをしたり、漫画やアニメを見たりして時間を潰していたということ。お気に入りだったネットゲームの名前も『Color Ling Online』だったことを思い出していた。


「何だこれは…? ザ・トゥモロー・エンド…?」

「そのノートはダメだってぇ!」


 ルナはブラックの手に持っていたノートを取り上げる。

 そのノートはルナが中学時代に授業の合間を縫って書いていた厨二病を拗らせているノート。様々な必殺技を思いつくたびに記していたもので、今のルナにとっては黒歴史の産物だった。ちなみにノートの表紙には『封印されしアポカリプス』と書かれている。


「でもおかげで思い出せたじゃないか」

「こんな痴態を晒して何を思い出せたの~!?」

「自分が真っ当に学校生活を送っていたことが分かっただろ」


 中学時代を確かに覚えている。これはルナがしっかりと中学生、高校生としての道を歩んでいたということ、そして初代教皇になる前に歩む人生としてはただの陰なる者だったということだ。 


「お、思い出したくなかったなぁ~…」


 幼気な一面を見せるルナに、ブラックは近くの本棚から一冊のアルバムを手に取り、


「これを見ろ」

「えぇ…」 


 見るように彼女へと手渡す。

 ルナは渋々そのアルバムを捲ってみると、幼い頃の自分の写真が何枚か見開きのページに飾られていた。


「私の子供の頃だね~」

「お前の家族の姿は見えるか?」

「家族…?」 

  

 母親と父親、そして少年らしき人物と共に写っている写真を見つけ、ルナは目を凝らす。


「お母さんとお父さんは分かるけど、この白髪の子って…」

「お前の弟だよ」

「弟?」

「高校生活三年目にして、引きこもりのお前を唯一気にかけてくれていた存在だ」


 ルナはその記憶が徐々に蘇る。

 彼女は中学生活までは何とか通っていたものの、高校生活に入ると周囲に疎まれている自分に嫌気がさし、不登校となってしまったのだ。そして毎日毎日部屋に引きこもる毎日。両親は最初の内は心配をしてくれていたが、いつの間にか声すらかけてくれなくなった。


 そんなルナを唯一気にかけてくれたのは歳が一つ離れた弟。彼女はその救いの手すらも払っていたことを思い出し、自分はとんでもない社会不適合者だったのだと自覚をした。


「そしてお前はついに家から追い出された。行く宛もないお前はたった一人で彷徨い続けて、ナイトメアに勧誘をされたんだ」

「…あ、そっか。私は両親に縁を切られたんだっけ」


 お金も帰る場所も失ったルナが出会ったのは黒色のスーツを着た三人組。社会不適合者のレッテルを貼られたルナにナイトメアに入らないかと勧誘をしてきたのだ。


「お前は快く、その勧誘を受けた。それがすべての始まり。初代教皇の誕生のきっかけだ」


 ナイトメアの本部へと連れていかれたルナはそこで様々なことを教えられた。DDOが原因で創造力という力が扱えるようになっていること、まだこの力を本格的に扱える者は誰もいないこと、そして自分たちはその力を研究して、世界を変えようとしていること。


「…何の才能もなかったお前は、そこで創造力の分野において絶大な力を発揮した」 


 創造、再生、ユメノ使者…すべてを叩き込まれたルナは、あっという間に組織の中でトップの存在へと君臨する。彼女はその力をナイトメアの為に大いに奮った。世界を変えるという行為がどれほど危険なモノなのかなんて当時のルナはどうでもよかったのだ。


「気が付けばお前は崇められ教皇・・と呼ばれていたんだよ」

「そんな教皇の私とナイトメアを止めに来たのがレーヴダウン、そしてノアだったんだね」

「そういうわけだ。その時はまだ救世主は誕生していなかった。誕生したのはお前と一戦交えた後だろうな」

「そうなんだ…。私のせいで…」


 それを境に本格的に戦争が始まった。自分が戦争を始めたのだと思い込んでいるルナ。しかしそれを否定するようにして、ルナが手に持つアルバムを取り上げた。


「だがお前は何も間違ったことはしていない」

「…え?」

「お前を社会不適合者として追い出した親が悪い。もっと悪いのはお前が通いやすい学校にしなかったこの世界だとは思わないか?」


 ブラックがルナに向かって言い放つ言葉はすべて無茶苦茶なもの。彼女はそんな問いかけに対して、否定するように首を振った。


「違うよ。私が少しでも自分で行動しようとすれば…」 

「行動したじゃないか。住みにくい世界を変えようと、初代教皇としての役目を果たそうとしただろ」

「それは…」

「それを邪魔したのは初代救世主。間違っているのはアイツの方だ」 


 座り込んでいるルナにブラックは手を差し伸べる。


「人間一人が変わったところで大して何も変わらない。それこそ世界を変えなければ周りも変わろうとはしないんだ」

「…」

「次こそは成功をさせる。その為には…まず初代救世主を殺すこと・・・・が先だろ?」


 ルナは自分の頭で考えた。このエデンの園で殺し合い週間を生き延びて世界を変えられる可能性。そして自分がもう一度だけ世界を変えようとした場合の可能性。どちらが大きいか、それを考えたときルナの瞳の色が変わり、

 

「……」


 ブラックが差し伸べていた手を掴んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「この端末のファイヤーウォールやけに頑丈だ…」


 グラヴィスは小泉の端末に保存されていた文書の文字化けの解読をノアに頼まれていた。自作パソコンと端末をケーブルで接続し、カタカタとデータを抜き出そうと作業を進める。

 

「…ファルサさんの水着姿、可愛かったなぁ」

 

 そんな独り言を呟きつつ、端末からデータを引っこ抜いて自分のパソコンにその文書を表示させた。


「うわ…これは破損具合が酷いかも…」 


 文書を一枚一枚眺めながらどう修復しようかと考える。

 すべてを修復し切るのは無理かもしれない。グラヴィスは最善だけは尽くそうと一枚目の文書へと戻った時、


「あれ?」 


 その文書の隅に文字化けとは違うテキストが刻まれていた。

 グラヴィスはその部分にカーソルを合わせてみる。


「…これ、どこに飛ばされるんだろう?」

 

 クリックが可能ということはどこかへ飛ぶように設定をされていること。グラヴィスは大して警戒をすることもなく、流れるようにそれをクリックした。


「……え?」

 

 そこに表示されたのは別の文書ファイル。グラヴィスは息を呑みながら、そのファイルを読み進めることにした。


「…真実?」

 

 文字化けは一切していない。ちゃんと読める文体で書かれたその文書のタイトルは『真実』というもの。


「あれ、でもこれ関係者が二人しかいない」


 数枚あるページの一番最後を見てみると、そこにはレーヴダウンとナイトメアの研究者の名前が一人ずつしか書かれていなかった。グラヴィスはそれに疑問を抱きながらも、そこに書かれている名前を読み上げる。


「…レーヴダウン代表 雨氷雫うひょうしずく、ナイトメア代表 月影村正つきかげむらまさ?」


 耳にしたこともない名前。

 グラヴィスは一番最初から読み進めようと文書の最初へと飛ぶ。


「これって――」  


 『真実』と書かれたタイトル。

 グラヴィスは呼吸を整えながらその文書を読み進めることにした。

 

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