5:2 ヴィルタスは赤の果実と向き合う
「おいルナー? 今日は何の用だよー?」
「昨日と同じ場所へ同じ時間に呼び出しなんて、何かありましたか?」
「うん~。少し話したいことがあってね~」
来る次の日。
今度はルナが昨日と同じ場所へ赤の果実のメンバーを集合させていた。ブライトは昨日のヴィルタスの件があったせいか、少々表情が暗い。
「…僕たちに話したいことって?」
「もうちょっと待っててね~。多分そろそろ来るはずだから…」
きょろきょろと辺りを見渡すルナを他所にレインがノアの隣に立って、
「…ねぇ、あの金髪女は何を考えているの?」
そう事情を聞き出そうとする。
ノアならルナが何を企んでいるのかを知っているだろうと考えたことで、そう尋ねたレインだったが、
「さぁ? 俺は何も聞かされていないからな」
どうやらまったく見当すらつかないようで、
「…ウィザードもここにいない。もしかして何かが――」
彼女が憶測を言いかけた時、周囲の視線が前方からやってくる二人組に集中した。
「…あれって、ウィザード君とヴィルタス君?」
ファルサの言う通り、その二人組はウィザードと昨日に揉め事を起こしたばかりのヴィルタス。ブライトは「えっ?」と驚きの声を発して、地面に逸らしていた顔をすぐに二人へと向けた。
「…悪い、少し遅れた」
「ウィザード。これはどういうつもりですか?」
ヴィルタスを当たり前のように連れてきたウィザードにティアが言及する。当然だがヴィルタスに向けられるメンバーの視線は痛々しいもの。ルナはそんな視線を送られるヴィルタスの顔を黙って見守っていた。
「また私たちと口論でもさせるためにここに連れて――」
「すまなかった」
「……え?」
不満をウィザードへと述べるティアの言葉を遮り、ヴィルタスがメンバーの前で頭を下げて謝罪をする。「あのヴィルタスが頭を下げている」という光景。それを目の前にした一同は呼吸をすることすら忘れてしまうほどに驚いてしまう。あのティアでさえも素の声を発してしまうほどだ。
「俺は、自分の意志が左右されていたせいで…お前たちに迷惑を掛けてしまった」
父親のこと、自分が路頭に迷っていたこと、ネッドたちのこと…。
様々な話をすべてその場にいるメンバーたちに洗いざらい伝える。その最中でルナは腕を組みながら「うんうん」と何かしてやったりの自信満々な表情を浮かべていたため、ノアはそれを半目で見つめていた。
「だけど俺はもう迷わない。過ちを繰り返さないよう、自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分なりの正しさを見つける。だから――俺も仲間に入れてくれ」
上っ面だけで語ってはいない。
そこには確かにヴィルタスの熱意と反省が込められていた。それを見抜けない者など赤の果実のメンバーにはいない。各々近くにいるメンバーと顔を合わせながらどうしようかと、判断を下す者を探していた。
「私はいいよ」
そんな中でブライトが率先して手を挙げる。
「ヴィルは自分なりに考えを改めてくれたんだもん。私たちはそんなヴィルタスに応えてあげるべきだと思うから」
「…お前」
「まっ、こんだけ反省してたらいいんじゃねー? 昨日まで人を殺しそうな顔をしてたのに、今はこんなにも穏やかだしなー」
リベロがブライトに賛同するように声を上げた。
今までは表面上で憎しみだけを抱きながら、心の内で迷いを見せていたヴィルタス。そんな彼の顔は何者も受け付けない険悪なものだった。
「…うん、私も今のヴィルタスくんならいいと思うよ」
「なんか今は怖くないし…ヘイズがいいならわたしもいいよー!」
しかしその顔は昨日の一件を終えてから、何事にも囚われていない澄ました顔へと変貌している。それにヘイズやステラも気が付き、賛成側に付いた。
「僕もいいよ…。最初は凄い怖そうだったけど、今なら少しぐらいは喋れそうだから…」
「私も異論はないかな」
グラヴィスとファルサも賛成側へと移り、いよいよ残りはレインとティアのみとなる。赤の果実のリーダーであるノアとルナの二人は最終判断。まずはメンバーたちがどのような結論を出すかが肝となるのだ。
「…レインとティアはどうなんだ?」
ウィザードは発言をしないティアとレインの二人に意見を求める。最も反発をするであろうこの二人。以前のヴィルタスのような性格を最も嫌うから二人だからこそ、変わろうとしている彼をどのように見るのかがブライトたちは気になっていた。
「…私は別にいい。ただ私たちの足は引っ張らないで」
ウィザードに対し、レインが素っ気なくそう返答する。
それを聞いたノアは彼女の隣でわざとらしく視線を逸らした。
「……ティアは?」
「私は賛成でも反対でもありません。彼がこれからどのようにして変わっていくかを見てから考えます」
(こういう時も…ティアは変わらないのか)
後一人で全員が賛同するところで、ティアは自身の意見を躊躇することなくハッキリと述べる。ティアは周囲の意見に流されず、自分の考えをしっかりと持つ。それは捉え方次第で長所ともなり、短所ともなる。しかしノアはこのような話し合いの場で、ティアのような存在は必要不可欠だと考えていた。
「…と言いたいところですが、この票の差ではどうやっても受け入れ確定のようですね?」
ティアに狐の面越しで視線を送られたノアは、閉ざしていた口をやっとのことで開いてこう判断を下す。
「まぁ、票数の差で仲間として迎え入れることにはなる」
「ほんとにっ!?」
「だけどなブライト。レインも同じことを言っていたが、俺たちの足を引っ張られたらたまったもんじゃない。ヴィルタスにもそれなりに訓練は行ってもらう」
ノア自身はヴィルタスを仲間として迎え入れることに反対はしていなかった。ただ他の仲間が戦うのに邪魔となる存在となれば話は別。これから損害を被ることがあれば、すぐに切り離すしかない。そんな事態が起こらないように、ノアは自分の命を守れる程度には戦えるようになってもらうという条件を出した。
「私はもっち賛成だか――」
「ルナ、お前は後でお説教だ」
「エ"ッ!? ナンデ!?」
カタコトになりながら叫んでいるルナを宥めるノアを他所に、ウィザードはヴィルタスの背中を軽く叩く。
「リーダーからの条件が呑めるか?」
「当たり前だ。俺がお前たちを守れるぐらいにまで強くなってみせる」
「その言葉、忘れるなよ」
ウィザードとヴィルタスはお互いに握手を交わす。
それを見ていたブライトの曇っていた表情は晴れ、二人の側に歩み寄った。
「前はすまなかった。お前を殴ったりして――」
「"ブライト"、私のことはちゃんとネームで呼んでよ、ヴィル」
「わ、分かった…"ブライト"」
「…ヴィルタス、まさかお前照れてるのか?」
「ここでお前のその口を開けなくしてやる」
三人が仲睦まじいやり取りを交わしている光景を見ていたステラは、ヘイズの顔を見上げる。
「ねぇヘイズー。わたしって戦わなくていいのかな?」
「えっ? えっと…ステラちゃんはいいんだよ?」
「ふーん…そっかー」
ふと自身の脳内に浮かんだ疑問。
そう聞いたからといってその疑問はステラの中で重要な部類ではなく、本当にふと思いついたから尋ねただけのどうでもいいような会話の一部分に過ぎない。
(…ヘイズがそう言ってるんだから、大丈夫だよね)
ヘイズとステラの信頼関係は親友と呼び合えるほどまで築き上げられていた。そんな親友であるヘイズの返答をすぐに信用したステラは、すぐに今日の献立について考え始める。
「そうだ! 今度みんなで近くの海にでも泳ぎに行こうよ!」
ブライトの思い付きの提案。
それを聞いて「ゲッ」という声を上げたのは、ルナ、リベロ、グラヴィスの三人。インドア派な三人にとって、そのようなアウトドアは苦手中の苦手だった。
「べ、べつに泳ぎに行かなくてもいいと思うな~?」
「あっれ? ルナさんはさ~? ずぅぅっと俺の横で暑い暑いって叫んでたよね~?」
(ノアーーー!!)
ルナがノアに煽られ焦る。
「ほら、あれだぜー! この辺は遊泳禁止区域かもしれないだろー? 」
「でもこの前ウィッチ先生が言ってたよ。この辺は波も穏やかだから好きに泳げるって」
(お前は何でそんなこと知ってんだよー!?)
リベロがヘイズに抑え込まれ、心の内で叫ぶ。
「僕は、そ、その…」
「グラヴィス君も行こうよ?」
「え? う、うん…」
グラヴィスがファルサに誘われ、了承する。
(最近ずっと食べてばっかりだから太ってるかも…!? もしそれを見られたら…)
(おいおいおいっ! 冷房が効いた部屋で新作のゲームをプレイさせてくれー! 大体塩水に浸かって何が楽しいんだよー?)
(ファルサさんが誘ってくれるなら…行ってもいいかな。今日から筋トレ始めよ…)
三人の内に秘めるそれぞれの想い。
それらはすべて言葉として象ることもなく、白波の音に攫われてしまった。
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