August Holiday

5:1 ウィザードはヴィルタスと衝突する

「あーつーいぃぃ!!」

「溶けねぇかなこいつ」


 季節は夏の真っ盛りである八月の上旬。

 その日はブライトによるメンバーへの招集が掛かり、俺とルナは外にある公園の時計台前まで歩いて向かっていた。


「ねぇー!? どうしてよりにもよって外に集合なのー!?」

「知らん、ブライトに聞け。後お前は少し静かにしろ。たまに手が出そうになる」

  

 時計台の前に到着すると、既に全員集まっている。

 やはり夏だからかメンバーたちもそれぞれ自分に合った夏服を着こなしているようだ。


「…あれ? ノアとルナは制服なの?」

「あ、あぁ…今日は少し学校に用事があってな」

「そ、そうだねー! ちょっと調べることがあってー」


 ブライトにそう聞かれた二人はもちろん制服だった。

 本当なら先月に私服でも買いに行こうとしたが、色々と事情があってその道を避けて通るしかなかったのだ。二人は何とか嘘をついて服装の件を誤魔化すと、


「それで~? 今日はどうして集合したの~?」


 すぐに話の路線を大きくずらした。

 

「えっと…もうすぐ来ると思うんだけど」


 ブライトがそう言って数分経つと、男子生徒らしき人物がノアたちへと近づいてくる。


「ヴィルタスか…?」


 ウィザードがその人物のネームを呼んだ。

 

「…」

 

 バツが悪そうに姿を現したのは私服姿のヴィルタス。

 ノアとルナはヴィルタスの仲間があの襲撃によって殺されてしまったと先月に話を聞いていた。これが表すのはこれからヴィルタスは孤独の道を貫かねばならないということ。


「ブライト、どうしてヴィルタスを呼んだんだ?」

「…あのね、みんなと仲良く出来ないかなと思って」

「おいおいー、仲良くってそいつはお前を殴った暴力男だぜー? 何で仲良くする必要があるんだよー?」

 

 リベロが真っ当な意見を述べる。

 要はステラのように孤立をしているから赤の果実のメンバーたちと仲良くさせたいというブライトの魂胆。だがステラとヴィルタスはまったくの別人。メンバーがヴィルタスに抱く印象も各々違う。


「そうだよ、わたしちゃんと見たもん! ブライトを殴っているところ!」

「現ノ世界の人間を殺したいと思っているんですよね? そんな物騒な方とご一緒はお断りしたいです」

「私も、ちょっと怖いな」


 レインを除いた救世主側のメンバーはヴィルタスの受け入れを断固拒否する。前科がある以上、そうなるのも当たり前。ノアは一切援護のしようがないと、口を閉じたまま事の行く先を見守ることにした。


「ん~、みんなの言っていることは普通の反応だと思うけど~…。どうしてライトちゃんはヴィルタスくんをそこまでして引き入れたいの~?」

「だって目の前で困っている人がいたら…放っておけないでしょ?」

「そういえば、あなたは助けられる人はすべて救おうする方でしたね」

「…あなたのその考えは仮にも仲間を巻き込むことになる。それを分かっているの?」

 

 レインがブライトに厳しい口調でそう口出しをする。

 彼女は小泉翔の件を何とか乗り越え立ち直ってはいるが、後遺症のせいか時々気分が酷く荒れるようでその度にノアが側でレインを落ち着かせることは何度かあった。そのことは周囲に言わないようノアは彼女に口止めをされている。


「…お前、俺を呼び出したのはこういうことだったのか」


 ヴィルタスは怒りを露にしながらブライトに詰め寄った。


「大事な話があると言われたから仕方なく来てみれば『みんなと仲良く出来ないかな』…だって? お前は良いご身分だな」

「ヴィル! 私はただ助けたくて――」

「俺の名前を気安く呼ぶなと言わなかったか…!? こんな計らい、余計なお世話なんだよ…!」

 

 ブライトを軽く突き飛ばし、そのままどこかへと去っていくヴィルタス。

 後を追いかけようと彼女は立ち上がり救いの手を伸ばすが、それすらも振り払われてしまう。


「感じ悪すぎだろー。アイツは愛想よくできないのかー?」

「ベロくんが言えたことじゃないと思うけどね~」

「確かに…リベロ君もそんなに愛想よくはないよ…」

「おいおいファルサとルナは分かってないなー? オレはいつも愛想よく振る舞ってるつもりだぜー」


 ヴィルタスの後姿を悔しそうな表情で見るブライト。

 それをウィザードは何かを思い詰める様子で眺めていた。

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 夕陽がショッピングモール内の透明な天窓を突き抜け、ヴィルタスの足元を照らす。歩けば歩くほど、生徒の人数が減りつつあるせいか、酷く寂れているようにも見えてしまう。


「…ネッド、ユーリ、サリー、アイク。俺は…お前たちの分まで生き残れないかもしれない」


 五人でショッピングモール内を歩き回った思い出。

 それをしみじみと噛みしめながら、そんな独り言を彼は呟いていた。


「――ヴィルタス」


 背後から聞こえた男の声が彼を呼び止める。


「お前は、ウィザードだな?」


 ショッピングモール内で最も人気が少ない隅の路地、そこで声を掛けてきたのは赤の果実の一員であるウィザード。ヴィルタスは振り返りウィザードときちんと向かい合ったうえで、 


「…失せろ。俺の前に姿を見せるな」

 

 そうハッキリとウィザード自身を否定する言葉をぶつけた。

 しかしそのような言葉をぶつけられたところで、ウィザードはピクリとも表情を動かさない。


「俺はお前を説得しに来たんだ。ここで引き下がったりなんかしない」

「ずいぶんと勇ましいな。これも全部"アイツ"の為か?」

「…ブライトの為でもあり、お前の為でもある」

「ハハッ…俺の為だって?」


 何が可笑しいのかウィザードは顔を右手で押さえながら笑い始める。


「仲良しこよしのお前たちと違って、俺には譲れないものがある。それが何か分かるか?」

「…知らないな」 

「自尊心だよ自尊心! お前たちにあれだけ敵意を向けたのに、独りになったから仲間に入れてくださいだって!? そんなことしたら…ネッドたちにどう顔向けをすればいいんだ!?」


 声を荒げ、ウィザードに接近し胸倉を掴んだ。

 ウィザードは怒りに身を任せているヴィルタスの胸倉を掴み返す。


「そんなもの捨てちまえばいいだろうがっ!! ブライトは本当に救いたくて、俺たちの前にお前を呼び出したんだ! お前が抱えていた事情を打ち明けてくれるとブライトは考えたんだよっ!」 

「うるさいっ!!」


 ヴィルタスはウィザードの頬に右拳を打ち込んだ。

 その一撃で火が付いたウィザードも仕返しにと左拳でヴィルタスの顔を全力で殴り掛かる。


「お前は何度ブライトの優しさをふいにした!? このエデンの園に来てから、あいつは何度もお前に声を掛けただろうが!」

「それが、どうした…っ!? 信じられるはずがないだろう!! 俺の父さんを、尊敬する父さんを殺した現ノ世界の人間なんかっ!」


 お互いに武器を創造せずにひたすら拳を振るう。

 その光景は傍から見れば殺し合いとは程遠い…ただの喧嘩だった。


「俺たちの同盟は誰も殺さない…! ブライトも、俺も、他の皆も…絶対に誰かを殺したりしないんだよ!!」

「そんな言葉をどう信じろと…!? 根拠も、証拠も…何もないだろうが!!」

「だったら俺のネームプレートを見ろ!」


 ウィザードはネームプレートをポケットから取り出して、ヴィルタスに見せつける。彼の目に入ったのは綺麗なまでに無色な色のネームプレート。一人も殺していないことを示す、唯一の証拠だ。


「このネームプレートが証拠だ…っ! 俺がここに立って、お前を救おうとしていることが根拠だ!!」 

「っ…!!」


 やけくそになったヴィルタスが右拳を握りしめ、ウィザードも反撃しようと左拳を握りしめる。


「絶対にお前を力尽くで連れ戻してやる!」

「やって…みろぉ!!」

 

 そしてお互いに助走をつけてから、勢いよく拳を突き出したが、



「はいストップ~!」



 その間にルナが突然現れ、二人分の拳を両手で軽く受け止めた。


「お前は…」

「…ルナ」

「若さ特有の血が煮えたぎるのは分かるけどね~。もう殴り合いは十分でしょ~?」


 ルナは二人の拳に込められた力が弱まるのを感じ取ると、すぐに両手を手離す。再生を使用していなかったせいで、ウィザードもヴィルタスも顔中あざだらけ。ルナはそんな二人の顔を見て「アハハ~」と軽く笑い飛ばした。


「私は赤の果実のリーダー。あなたと同じ教皇側で、あなたが恨む救世主側と一緒にここまで協力をしてきた」

「…」

「あっ、もちろんプレートも無色だよ~」


 ルナはヴィルタスに自身のネームプレートを見せながら、


「えいっ!」

「おい!? 何をして…」


 さりげなく彼のポケットに入っているネームプレートを抜き取った。


「やっぱり、あなたも無色だったんだね~?」

「…それがどうした?」

「私はエスパーだから心が読めるよ~。だから分かるんだけど、あなたって強がっているわりにいざ殺し合いになると躊躇して殺せなくなることが毎回なんだよね~?」

「――!?」


 図星を突かれているのかヴィルタスの表情が一変する。

 今まで見せてきたのは威勢だけのハリボテ。ルナは第一キャパシティを使用してヴィルタスの心を読んだからこそ、その本心が分かった。


「あなたは確かに現ノ世界の人間を殺したいという憎しみはあった。でも抱いていたのはそれだけ。実際は殺してやりたいという領域までは到達していなかったんでしょ?」

「…まさか」


 深層心理を抉るようなルナの一言にヴィルタスは思わず俯く。その真相を聞いたウィザードはそう呟くと、何も聞けてやれなかった自身に自責の念を感じ小心となってしまった。


「…ヴィルタス、そうだったのか?」

「気持ち悪いエスパーだが、その話は本当だ…。憎しみを抱いていても、頭の中でずっと父さんの言葉が離れなくて、一人も殺すことが出来なかった」 


 ――やられることがあっても、やり返してはいけない。ヴィルタスが子供の頃から何千回と言われてきた言葉。それが彼を抑制し、憎しみを抱くという段階以上に動くことがなかったのだ。


「俺は馬鹿だ。どっち付かずで逃げることも、殺すことも出来ないまま…ネッドたちを見殺しにした。冷静な判断も下せず、ナイトメアが自分にとっての正義だと思い込んだせいで…」

「うん。確かにあなたは強がりの馬鹿かもね」

「おいルナ…」

「――でもあなたは成長しているよ」

 

 ルナはヴィルタスの右手を自身の手で優しく握る。


「過去の過ちを認めることって、本当に難しいことだと思う。だって今までの自分自身を否定することと一緒だから」

「…認めたところで、俺はこれからどうすればいいんだ」

「その答えを私たちと探そう? あなたが私たちに心を許せば、誇りをほんの少しだけ捨てれば、みんなきっと受け入れてくれるよ」


 その呼びかけにヴィルタスは応じない。

 彼女はそんな彼にもう一度、

  

「――私を信じて、ヴィルタス」


 そう呼びかけた。

 自身の中で固まる決意。ヴィルタスは少しの間、目を瞑って思い詰める。


「俺は――」


 そして口から出した答え。

 それを耳に入れたウィザードとルナは、互いに顔を見合って軽く頷いた。

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