4:10 エデンの園は襲撃される 後篇

「お前は…Sクラスの」

「覚えてもらえているなんて光栄なことね」


 ストリアは棒読みになりながらヴィルタスにそう述べると、銃剣を創造してその矛先を生き残っているナイトメアの兵士たちへと構える。


「七元徳だ! 全員気を引き締めろぉ!!」


 ――七元徳。

 ヴィルタスからすればその存在はこのエデンの園で最も厄介な敵となるはずだった。それが今は情けなくその厄介な敵に助けられている状況。


「再生を使えばそれぐらいの傷、どうってことないはずよ」

「…再生?」

「はぁ…? あんた再生も使えないの?」

 

 呆れた表情を浮かべつつも、ストリアは倒れているヴィルタスの右手を握る。


「これは貸しよ。いつか私にちゃんと返しなさい」 


 再生の強制発動。

 ストリアはそれを使用し、血がとめどなく溢れ出ているヴィルタスの右脚の怪我を一瞬にして治療してしまった。彼はそんな技を見たことがなかったため、目を丸くして自分の右脚を何度も見る。


「本校舎まで逃げなさい。ここは私が引き受けたわ」

「待ってくれ。ここから本校舎までかなり距離がある。その途中で別の兵士と出会ったら――」

「いや、私がいるんだけど? お前はどこを見てんの?」


 どこからか声が聞こえてきた。ヴィルタスはやや視線を下してみると、やけに背の低い白色の長髪を持った少女が自分を睨みつけていることに気が付く。


「わ、悪い…見えなかった」

「お前をここに置いていってもいいんだぞ?」

Entiaエンティア、早く連れて行きなさい」

「はいはい」


 エンティアと呼ばれたその少女は彼らと同い年でもあり、七元徳の一人でもある女子生徒。ストリアにそう言われた彼女はヴィルタスを連れて、来た道を引き返す。


「あいつ一人で大丈夫なのか? あの数は流石に…」

「お前は敵の心配をするんだな。私はその考えが信じられないよ」

「俺からすれば敵だがお前からすれば同じ七元徳だろ? 心配の一つもしないのか?」

「死んだらそいつが弱かったってだけだ。それにあの程度で苦戦をするのなら七元徳の恥。死んでもらった方がマシだよ」

 

 彼女が冗談を口にしているようには見えなかった。

 ヴィルタスはそれが七元徳の考え方なのだと息を呑む。


「はっ? こっち側の敵、全然始末できてないけど」 


 しばらくの間引き返してみれば、そこはネッドたちと別れた道。レーヴダウンの兵士たちが今か今かとヴィルタスたちのことを待ち構えていた。


「残念だけど…お前のお仲間は手遅れだったようだね」 

「……」 

 

 人間もユメノ使者のように死んだ後、光の塵となって消えればいいのに…とヴィルタスは心の中で独白する。そこにあったものは頭や身体に鉛玉を何百発も撃ち込まれたネッドたちの惨殺死体。ユーリの件で既に嗚咽を漏らしていたせいか、それを見ても何も感じなくなってしまっていた。


「いたぞ! あそこだ!!」  

「チッ、ほんとに使えないやつら」


 エンティアは舌打ちをしながら二本の曲剣を創造する。

 そしてレーヴダウンの兵士たちの一斉射撃によって撃ち出された弾丸をすべて華麗に斬り落とした。


「頭を下げていた方がいいよ。私はなんせお前より背が低いから・・・・・・ね」


 彼女はヴィルタスにそう忠告をし、曲剣で弾丸を弾き返して兵士たちの元へと前進していく。一切揺るがない表情と構え、それは幾千もの戦いを経験した者だけが振る舞える姿。ヴィルタスは言われた通り、エンティアの背後で中腰になって戦いの行く末を見守ることにした。


「お前たち、私が七元徳だと分かっていての行いなんだな?」

「申し訳ありません…。これは命令、ですので」

「あっそ、それならしっかりその兵器を構えるんだな。敵と交戦するときの三箇条をしっかりと思い浮かべて」


 レーヴダウンの兵士たちとは顔見知りなようで、エンティアに対する言葉遣いには敬意が含まれている。彼女はそんな敬意などどうでもいいようで、左手で三本指を立てて兵士たち一人一人の顔を見た。


「一つ、敵は確殺すること。二つ、慈悲は与えないこと。そして――」


 指折りが残り一本となった瞬間、エンティアは二本の曲剣を目の前で交差させて、



「――死ぬ覚悟を決めること」

 

 

 かつて共に戦ったであろうレーヴダウンの兵士たちに斬りかかった。躊躇も戸惑いも、一切することなく次々と確実に斬り裂いていく。もちろんそこに慈悲などはない。何故なら彼女にとって三箇条は当たり前のように守るものだから。

 

「…さて、クララ・・・もどこかにいるんだろうな」


 殺し切るまでものの数分。

 エンティアの白色の制服と長髪を返り血で真っ赤に染め上げる。彼女は動かなくなった兵士たちの死体に唾を吐いて、ヴィルタスの方へ振り返った。 


「何をぼーっとしてんの? さっさと避難所まで行くよ」

「あ、あぁ…」


 彼はエンティアにそう言われると我に返り、彼女の後に続いて血だまりを踏みながら本校舎の道を駆ける。これがSクラスの力、七元徳の力なのだと思い知らされ、ヴィルタスは唾を呑んでいた。


「こっちだー! こっちにいるぞー!」

「はぁ…また新手が来たの?」


 前方から新たに援軍が到着する。エンティアは「…仕方ないか」と両手に掴んでいた曲剣を交差させて、再び兵士たちを皆殺しにしようとしたその時、


「ぐあぁぁぁああ!?!」


 空から炎の塊が何十個と降り注ぎ、援軍を火炎が包み込んだ。

 兵士たちは消火器を創造して消火しようと試みるが、炎は勢いを増すばかりで次々と兵士たちを見るにも耐えない焼死体へと変えていく。


「ちょっと…!? もう少しで私が突っ込むところだったんだけど!?」 

「なんや? まだ突っ込んでなかったんか」


 近くにある浜辺から姿を現したのはキノコヘアーの男子生徒。

 エンティアはその人物に向けて怒りを露にした。


Wrathラース。やっぱりお前を先に私が殺してやろうか?」

「そう怒るんやないチビ・・。わいはお前たちを助けてやろうとしただけや」

「誰がチビだって!? この単細胞!」

「おおん!? なんやてこのチビ!?」


 二人して喧嘩を始める。

 七つの大罪の一人であるWrathラース。エンティアとは敵同士の関係だったはずが、不思議と仲がいいようにヴィルタスの目には見えた。


「全員構えろぉー!」

「おい、まだ部隊がいるみたいや。わいが相手をしたるからお前はそいつを連れてはよ逃げんか」

「言われなくてもそうする。お前の散華・・を心待ちにしてるよ」

「ぬかせっ!」


 その場をラースに任せてエンティアと共に走っていれば、本校舎の見える位置までやっと辿り着く。


「…止まれ」 


 前方に見えてきたのは誰かが交戦している光景。

 それも本校舎に入るための入り口付近で殺り合っている。


「…あれはノアか?」


 ヴィルタスはその人物に見覚えがあった。

 Zクラスとは思えない実力を兼ね備えている男子生徒、ノアだ。


「あーあ…七代目とクララを二人を相手に戦ってるよアイツ」


 エンティアは金髪の女性のことをクララと呼び、もう一人の方を七代目と呼ぶ。ヴィルタスは彼女のその言葉を聞いて、どういう状況なのかを尋ねようとした。


「裏門から回ればいいのではありませんか?」

「…ローザ」

「何ですか? その『此方と出会ってしまったことを悔いる』ような反応は?」

「私がお前に会いたくないからに決まってる」


 銀髪の少女ローザが背後から声を掛けてきたことで、ヴィルタスは開いた口を閉じる。エンティアはローザと対面しただけで露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。


「今回の主犯。七代目救世主と七代目教皇らしいですよ」

「そんな話をどこで聞いた?」

風の噂・・・ですが…信用性の高い情報なのでご安心を」

「お前のそういうところが気に入らない。私たちをからかっているのか?」

「七元徳を侮辱するだなんて…。此方はそのような無礼を働くはずがありません」


 ローザはワザとらしくそう返答する。

 エンティアはそんな見え見えの演技に苛立ちを隠せず舌打ちをした。

 

「彼は先ほどからあの二人を相手に奮闘しています。どちらが勝つんでしょう?」

「先ほどからって…。ローザ、お前は私たちが来る前からずっと見ていたのか?」

「ええもちろん。此方は彼に興味がありますから。何か文句でもあります?」

「好きにすればいい。私はとにかくこいつを本校舎の中まで連れていく」


 ローザのことなど微塵も興味がないようで、エンティアはそう答えると裏門のある場所までヴィルタスと迂回しながらその場から去っていく。


「…それでは、もう少し観察を続けるとしましょう」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「デコード、エデンの園の被害状況は?」

「現在SクラスのメンバーたちがCクラス以下の生徒を保護しているが…数人Zクラス内で死者が出てしまった」


 ゼルチュは学園長室で椅子に座りながら、デコードから現在の状況を聞き出して把握する。


「このエデンの園へ奇襲を仕掛けるよう水面下で動いていたのは誰だ?」

「現在ノアが七代目救世主に加え四色の蓮の一人と、そしてルナが七代目教皇と四色の孔雀の一人と交戦中。それから予測するに主犯格は救世主と教皇の二人だろう」


 その情報を聞いたゼルチュは拳を握りしめて「あの二人か…」と静かに怒りの声を上げた。


「Sクラスにはそのまま保護活動をさせる。戦ってくれている二人の戦況はどうだ?」

「…少しだけ不利に見える。おそらく"殺さないこと"を意識しすぎて、本来の力を発揮できていないのかもしれないな」

「…そうか。なら――」


 ゼルチュは自身の両脇に控えているペルソナとアニマに向かって、こう命令を下す。



「――ペルソナ、アニマ。あの二人に手を貸してやれ。七代目たちは殺しても構わない」



 その命令を受け取ったペルソナとアニマは、その場から瞬時に姿を暗ました。

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