3:5 救世主は夢を見る

「おかえり。ノアお兄ちゃん、ルナお姉ちゃん」


 フリーズたちと別れた後、俺の部屋へルナと戻ってこれば、ノエルが玄関まで出迎えてくれる。俺とルナは「ただいま。ノエル」と軽く頭を撫でてやり、夕飯の準備に取り掛かった。


「ノエル。今日は何をしていたんだ?」

「えっとね…きょうはお絵かきしてた」

「どんな絵を描いてたの~?」

「これ」 


 ノエルが見せてくれたのは、眼鏡を掛けた男の子と金髪の女の子が手を繋いで野原を歩いている絵だった。


「とっても仲良しなノアお兄ちゃんとルナお姉ちゃんを描いたの」

「おー…じょ、上手だなぁ」

「そ、そうだね~」


 ノエルほどの歳の子にしては上手く描かれている。

 しかしなぜ俺たちがここまで動揺をしているのか。その理由はノエルの前で無理をして仲良くしてるから。この部屋でノエルを保護したあの日以降、俺とルナが喧嘩を始めようとするとノエルが今にも泣き出しそうな表情でこちらを見てくるのだ。


「あはは~、それじゃあノエルちゃんとお風呂に入ってくるね~」

「あぁ、任せたよ」


 ルナがノエルを風呂場まで連れていく。

 二人の姿が見えなくなると同時に、俺は大きな溜息を吐きながら夕飯の準備に取り掛かった。


「…何でアイツと仲良くしないといけないんだよ?」

 

 今までは仲良くしていたというよりも、ルナとは手を組んでいたような関係。それこそCクラスのように一時期的な協定を結び、お互いの為に戦っているようなものだ。たまに喧嘩をして、やっと保てるような関係だというのに、それを抑制されてはどうも調子が狂う。


「今日は、ハンバーグにするか」


 考え事をしながら、冷蔵庫から朝に拵えておいたハンバーグのタネを取り出して調理を始めた。


(…不思議なのは、ノエルが徐々に言葉をハッキリと喋れるようになっていることだな)


 初めて出会った日、ノエルはとても口を動かしにくそうに喋っていたが、日が経つにつれて小学生でいう高学年まで知能と言語能力が発達をしている。急激な成長を遂げたことで、ルナは驚きのあまり「ドユコト?」とカタコトになってしまった。


「上がったよ~」


 ルナとノエルがお風呂から上がってくると、俺は椅子に座る。


「あ、ハンバーグだ」

「ハンバーグキタコレぇぇぇ!!!」

「何でお前の方がテンション上がってるんだよ?」


 並べてあったハンバーグを目にした途端、ノエルよりもルナの方が気分が舞い上がっていたため、俺は苦笑いをしながらツッコミを入れる。


「「いただきまーす!」」

「はい、いただきます」


 普段はルナと二人で食卓を囲んでいた。

 ルナのせいで元々賑やかだった夕食の時間は、ノエルが加わったことで更に賑やかとなる。


「ノアお兄ちゃんとルナお姉ちゃんって…」

「…ん? どうした?」

「わたしのママとパパみたいだね」

「ぶ…っ!?」

「へっ!?」


 俺は呑み込もうとしていたご飯が喉に詰まり、胸を何度か叩く。向かい側に座っているルナは、麦茶を口からダラーっとこぼしていた。


「ノ、ノエルちゃんったら~! 私たちはまだ結婚してないんだよ~?」

「まだってことは、いつか結婚するの?」

「え、えーっと…ノア、そうなのかな?」

「俺に聞くな!!」


 やはり調子が狂わされる。

 こっちは恋人ごっこや夫婦ごっこをしているわけじゃない。ノエルは悪気があるわけではなく、本当にそう見えているから純粋な心で聞いたり話したりしているだけ。それが尚更、やりにくい。


「わたし、パパとママはノアお兄ちゃんみたいに優しい人がいい」

「…ノエルを私たちの養子にしない?」

「ルナ、俺たちは何のためにここにいるのか。それをよく考えろ」

 

 このエデンの園で平和ボケなんてしている時間なんてない。現実を突きつけられても、それを受け止めて、生き残ることだけを考えなければ、背後から刺されてしまう。


「…ノアお兄ちゃんたちは、この場所で人を殺したことはあるの?」

「いいや殺していないよ」

「ほんとうに…?」

「ああ、このプレートが透明なのが一人も殺していない証拠だ」

「それにこれからだって私とノアは誰も殺さないよ~」  

「…そうなんだ。やっぱりノアお兄ちゃんたちは優しいね」


 ノエルが今まで何を見てきたのか、それを俺たちは追求しようとしなかった。どこで生まれ、ゼルチュたちに何をされたのか、それを聞けばノエルが悲しむと考えたからだ。ノエル自身から話さない限りはこちらからは何も聞かない。ルナとはそう決意していた。


「おやすみ。お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ああ、おやすみ」

「おやすみ~」


 ノエルの寝床はルナの布団。少女であるノエルを床に敷いた布団で寝かせ、自分だけベッドで寝るのは外道だ。流石にそんなことは出来ないと、ノエルにベッドを譲ろうとしたのだが、


(床が落ち着く…か)

 

 床に近い布団で寝たいと言い出したため、ルナにノエルと一緒に床で寝てもらうことにした。もし真夜中にゼルチュたちが連れ戻しに来たとしても、ルナの手の届く範囲にいれば必ずノエルを守れる。

 

(…今日も疲れたな)


 目を閉じて、深い眠りへと落ちていく。明日もレインたちを鍛えなければならない。大変な毎日が続くので、疲れは取っておかないといけない…と考えた矢先、


「……何だここは?」

 

 自分の部屋ではなく、街の交差点のど真ん中に立っていた。


「ねぇ」 

「…何だ?」 


 俺は背後から声を掛けられ、すぐさま振り返る。

 

「…お前は?」   


 そこに立っていたのはおそらく女性…だろう。

 なぜ明確に出来ないのかはその女性の身体が真っ白に、白い影となっていたから。目の前に立っている白い影の髪が長さ、声の高さからするに女性だ。


「私はあなたの"……"」

「なんて言った?」

「…聞こえないの?」

「ああ、最後の部分だけまったくな」


 目の前に立っている彼女は考える仕草を見せる。

 服装は輪郭からして制服のようなものを着ているようだ。


「あなたはもしかして記憶を失っている?」

「…その通り。覚えていることは戦い方だけだ」

「私のことは?」

「全然知らんな。そもそも姿がまったく認識できない時点で、見当もつかない」


 だが声だけは聞き覚えがある。つい最近よく聞いた誰かの声と似ている。俺はそれが誰なのかを思い出そうとすると、急に頭痛が襲い始めた。


「無理に思い出さなくていい。月日が経てばそのうち思い出せるから」

「それで、ここはどこだ?」

「ユメノ世界」

「ユメノ世界、だって? 俺はエデンの園にいたはずだ」


 彼女は首を横に振って、俺の言葉を否定する。


「それは現実世界。私が言っているのは、本当のユメノ世界・・・・・・・・の話」

「…本当のユメノ世界?」

「それも覚えていないの…?」

「…悪いか」


 ――本当のユメノ世界。何を言っているのか微塵も理解が出来ない。彼女の口ぶりからするに、俺は記憶を失う前はソレを知っていたらしい。


「…とにかく、ここはあなたの夢の中。本来あるべきユメノ世界」

「じゃあ、この街はどこなんだ?」

「ここは真白町ましろちょう。あなたが守ろうとしていた町の一つ」


 俺とそいつが立っている場所の周囲にはマメダという喫茶店や、ニュアンスというデパートが建っている。特徴的な店の名前だが、脳内でピンと来ることはなかった。


「っ…!」


 その途端、俺の頭の中で様々な光景が流れ始める。

 周囲の建物が崩壊し、火災に見舞われ、人々が泣き叫んで逃げ惑う光景。上空には、それを高みの見物しながら見下ろしているルナがいた。 


「…思い出した。この町は、俺の故郷で…ルナに襲撃をされた…」

「そう。初代教皇が最初に標的にした町。そして…現ノ世界、ユメノ世界との戦争の火種を切った一件」


 真白町は現ノ世界で核とも言える場所。

 ルナはそこへ攻め入り、人々を殺し、残虐の限りを尽くしていた。


「確かここでルナと初めて会って――」


 面影を感じさせないほどまで数多くの建物が瓦礫の山となっている。そんな瓦礫の山を踏みつけ、ルナと俺が面と向かい合って火花を散らしていた。


「この日から本格的に戦争が始まった。最初に手を出したのはアイツ」 

「確かに町を襲っているのはルナだ。だが、ルナにそう指示を出していたのはナイトメアの…」

「あなたやアイツが勝手にそう思い込んでいるだけ。この夢の中で映し出される光景、私の言葉、それらはすべて紛れもない真実」 


 ルナは何故こんなことをしてしまったのか。

 殺意と共に、哀れみの感情が芽生えてしまう。


「…忘れていると思うけど、アイツはあなたにとっての敵。戦争を始めたきっかけもアイツが作った」

「今は違うはずだ。ルナもルナなりにエデンの園で努力をしている」

「それは記憶がないからでしょ? アイツは気が狂っていたから、戦争を引き起こしていた。もし記憶が戻れば…」

「…敵になるとでもいうのか?」


 彼女は俺の問いかけに答えなかった。

 いや、答えるつもりがないのだろう。


「…今の私にはそれを判断できない。でも、こうやってあなたの夢の中に現れることが出来る。何度か記憶を取り戻すための助言は与えられるはず」

「それは助かるが…お前を何て呼べばいい?」

「…? 呼び方なんて何でもいい」


 そのうち真の名前を知れる。

 それまで仮の名を付けて、呼ぶことにしよう。


Whiteホワイトでいいか?」

「ホワイト?」

  

 彼女の特徴は白いこと以外何もない。

 この呼び方ならセンスがないだとか、センスがあるだとかの判断も出来ないはずだ。


「これからよろしくな。ホワイト」

「よろしく、ノア」

「…俺はお前にネームを教えた覚えはないが?」

「私はあなたの夢の中に住んでいる。だから、あなたがどんなネームを付けているのかも知っている」


 目の前の視界が徐々に黒くなりつつある。

 どうやらそろそろ目を覚ます時間が近づいているらしい。


「――アイツに気を付けて」

「…? おいそれはどういうこと―――」


 意識が戻る感覚。

 それを身体全体で感じながら、彼女は俺の耳元で掠れた声でそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る