エピローグ

想いは世界を変える

 世界の終わり。

 世界の終わり。

 世界の終わり。


 世界の終わりは……いつ?


 あなたの死?

 受け止めれない悲しみに裂かれた時?

 全てを諦めた時?

 生きる事を辞めた時?

 

 否。

 違う。

 違うわ。

 私は闇中、首を振る。

 誰にも知られない闇の中で私は考える。


 それは、

 想いが消えた時。

 物語が、忘れられた時だ。

 世界に流星が飛ぶように無限にある想い。

 煌めく、世界にただ一つしかない物語。

 

 生きている。


 想いは、……心は、生きている。

 だから繋がって行く。

 想いが想いを引き受けて繋いで生きて行くんだ。

 だから、

 想いが死んだ時、


 世界が終わるんだ。


 ——私は忘れていない。

 世界中の誰も覚えていなくても、私は想う。

 世界を救った物語を。

 彼の背中を思い出す。

 ボロボロで、だけど力強くて、カッコ悪くて……カッコいい……、


 英雄の事を。

 世界を救ったあの人を。


 ——二回目の世界。


 一度、消えて、神との契約に基づき復活した世界。

 私だけが知っている。

 今のこの世界が二回目だという事を。


 誰かの吐息が、

 誰かの涙が、

 誰かの叫びが、

 闇の中から聴こえきそうだ。


 忘れられた声が。

 声なき声が。


 私だけが覚えていた。

 二回目の世界に転生した、私だけが。

 正という名の勇者を。

 戦い続けた英雄を。


 彼は勝ちたいと願い、祈り、託し、勝利したんだ。


 だけど、覚えているはわたし、一人だけ。

 だから、世界は終わらない。

 想いは私が繋げる。

 私が想いを覚えている。


 想いは、消えない。







 □□□




 現実に帰る。




 □□□□□




 君の居る世界に。




 □□□□□□□□






 ——コトリ、……コトリと、音がした。


 部屋の窓を風が叩いているみたいだ。

 その音は、私の中にある何かを急かすように鳴っている。

 うるさい。

 小さな存在なくせに胸をザワザワさせる。


 音に目を向けて窓の外を見ると、星がおぼろげに点々と光っている。

 光の粒が闇のとばりに張り付いている様に見えた。

 それは、美しく……、美しくて、どこか悲しく見えた。

 目には見えているのに、決して手の届かない光り。

 湧き出てくる、このどうしようもない気持ちを飲み込む。

 諦めは私には似合わないから。

 物語の続きを集中し直して再開する。


 ——夜風が窓をまた、叩く。

 コトリと窓が揺れる。

 風の音がした。


 だから私は、書いている。

 それが想いを繋げると信じて。


 薄暗い部屋中、一人の少女がベッドにうつ伏せなり、枕にアゴに乗せて寝転がっていた。

 両手でスマホを持ち、ポチポチと打っている。

 目は真剣に、口は一文字にギュッとつむり、集中しているようだ。

 年は十七、八ぐらいだろうか。とびきりの美人ではないが、可愛らしいどこか愛嬌がある顔をしている……が、一つだけ異様に目を引くところがあった。


 それは……、


 ——真紅の目。


 紅い瞳をした少女。

 混じり気のない真紅。

 部屋の隅にある、机の上のスタンドライトの光が、寝転んでスマホを打つ少女の横顔を照らす。

 キラリと光る瞳。

 それは、まるで暗闇に光る紅い宝石のようだった。

 幻想的な紅い光がチラチラと流れるように動く。

 少女には、もう、風が時折揺らす窓の音など耳に入っていないようだ。

 闇に揺れる紅色は美しかった。


 が、ここで唐突に——叫び声。


 闇を切り裂き、少女の叫び声が響く。

 紅い瞳が一度、強く閉じられ——パチリと勢いよく開く。

 そして眉間にシワを寄せ叫んだ。


「あーっ! もう! 風がうるせーし! 必殺技の名前がー、う、か、ば、なーーいっ!! あぎょーー! もうっ、無理ー!」


 少女の大声が、それほど大きくない部屋の空気を震わせる。

 窓がビリビリと音を出す。

 そして、


 ——少女は上半身を起こし、いきなり枕にスマホを投げつけ、勢いよく後ろに倒れ、そのままゴロゴロと転がりベットから落ちる。


 『ゴンッ!』と、床で派手に頭を打っても転がり——その先、にある壁に……ぶつかった。

 また、頭から。


 ——ドンッッ!!


 部屋が揺れるほどの衝撃音があがる。


「いったーー!」


「いたっ! いたたた……」


「はーー、痛い。痛いけど……、浮かばない。なーーにも、浮かばない……」


「なによ、漫画ならこう、頭に衝撃をあたえたりしたら……、アイディアが浮かぶなんて、よくある話じゃない……」


 少女は頭を下に……、逆さになって背を壁に預けて腕組みをしている。足は胡座だ。

 器用にバランスを取って止まっている。


「……うーーん、まいった。浮かばんね」


 ふーーと、ため息混じりに、「ダメだなこれは、気分転換に……お茶でも淹れよかな。お父さんとお母さんが家にいなくてよかった、……なっと!」


 ——逆さまから何事もなかったようにスッと立ち上がる少女。


 「二人がいたら夜中にこんな音だしたらすぐ様、あかね! 何してるーーっ! うるさい! って、ドアを叩いてくるからね」


 「二人でラブラブ旅行中……、今、私はこうして好きな事ができる」


 首をコキっと鳴らし、ブツブツと独り言。


「……たくっ、そりゃスランプにもなるでしょ……。なんにも書けない時もあるでしょ。だいたい、JKは色々忙しいのよ……PV全然伸びないし……泣くわよ! いいの!?」


 うーんと背筋を両手を上げて伸ばして、それから枕に投げつけたスマホを拾う。

 薄闇にディスプレイが光る。


「世界五分前仮説か……、あながち間違ってはないのよね、だって……」


「——この世界って二回だし」


 少女はベットに腰をかけ、顎に手をあて考える。


 いつ、この世界が創られたかは分からないけど……、あの災厄にせいは勝った。だから、二回目の世界が創られた。


 神との契約に基づいて。


 でも、……その事を誰も知らない……。

 お父さん達なんて、呑気そうに旅行に行ってるし。

 一応、世界を救った本人のくせに! 


 ……うん? 元本人? になるのか。


 『あーーあ、』と、……盛大にため息を少女は吐きだし、声を出す。


「想いは消えない」


「セイとリリーが世界を変えたから今の私がある」


「でも……、」


「私だけが覚えているなんて……」


 私は、言葉を吐き出し、スマホを操りお父さんにメールを送る。

 きっと隣にはお母さんもいるだろう。

 ご飯は食べたよ……と、後は寝るだけって簡単な文章を打つ。

 おまけに、さっき撮った私の写真も付けて送る。私がピースサインをしている絵がこっちを見ている。

 ピースをしている自分と目が合う。

 嘘くさいなって思う。

 この世界も安全じゃない。

 まだ、神は暇を持て余している。

 

 ——セイとリリーが最後の災厄を倒し、今の世界が創られた。

 おねーちゃんと私は一瞬に戦った。

 危ない場面もあった。

 でも、それを知っているのは私だけ。

 この世界を救ったヒーローはいない。


 ——ん? 


 私?

 私のこと?

 誰かって。


「ひどいなー忘れたの? まあ、いっか、許るそう!」


 少女は、軽く笑い話しだす。

 

「何話だったかな? 私の事を書いた話があったんだけど……、一応、このお話の作者。自称ライトノベル作家JK! あかね!」


 うーーん、と背伸びをしたあかねは、


「今はね、五体目の災厄との戦いを書いてるんだけど……アイディアが枯渇してね、大体、セイとかリリー意味わかんないだから! 神血をゼロにして、そこから新たに血を創造して全く違う神になるとか……あのくその呪縛はとけるけど……よく、考えつくよ」


「彼の想いを繋ぐ、なかなか難しいけど……終わらせない」


 ニカっと笑うあかね。

 そんなあかねに聴こえてくる、声が。


「『サイクーン! 助けてくれ! セイとリリーが、将来設計と子育ての考えの違いに夫婦喧嘩を! 私だけでは止められーんっ!』」


「……おねーちゃん、私を呼ぶ時は、あ、か、ね、でしょ? で、何? 召喚?」


「『ああ、頼む! おわっ! やめろー! リリー、隣の家のおじさんが屋根ごと吹っ飛んでいったぞー! 空にキラリと光ったぞー!』」


 サイランおねえちゃんの猛烈に慌てている声を聴きながら、なんだか可笑しくなって、笑ってしまう。

 悩んでいる自分が馬鹿らしくなる。

 私は言う。


「想いは、物語は、君のもの」


 ——世界を取り戻したヒーローがいた。


 だけど、誰もそれは知らない。

 でも、いいんだ、きっと。

 悲しみも絶望も、想いが塗り替える。

 何度でも何回でも。


 この物語の主人公は君なんだ。

 神なんかに、負けないで。

 偶然と必然は降り注いで時にはそれに涙を溢すけど。


「『あかねー! 早くー!』」


「はいはい、行きますよ」


 だから、私は飛ぶんだ。

 異世界に。

 物語を、想いを繋げたいから。

 生きること。

 ベットに横になり、大きく息を吸って吐いて目を閉じる。

 小さな声で、だけど、はっきりと言う。


「きっと世界はきみのもの」


 想いは世界を変える。

 あの二人が変えた様に。

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きっと世界はきみのもの 〜目が醒めたら、裸の女の子にボコボコにされて死にかけました〜 ねこのゆうぐれ @kannnazuki

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