第四十四話 涙の強さ

 生きるってなんだ?


 ——他の命を殺して食って、また殺して……。

 繋がりの連鎖。

 横方向に立つ、縦方向の線。

 どうしようもない衝動のうえに成り立つ叫び。

 どうにもならない惰性の下にうずくまって鳴く、声なきこえ。

 消えない意志。


 死ぬってなんだ?


 ——いつかいなくなること、決まっていること。

 偶然の上にある、必然。

 最後の日。

 唯一の平等。

 みっともない事。


 魂ってなんだ?


 ——存在? 自分? ……わからない。

 もっとも大事な所?

 場所? いや……、そのものか。


 俺は、誰だ?


 ——俺は……セイ……コピー、偽物。

 創られた魂。

 生きている。


 お前は、誰だ?


 ——知らない知らない知らない。


 忘れたのか?


 ——思い出せない、何かを置いてきた様な……。

 思い出? そんな物があるはずが無い。

 この、俺にあるはずが無い。

 全て、作り物なんだから。

 俺は、コピー。

 偽物なんだから。


 真っ赤な血が広がる。

 ひとつの小さな、吹いたら消えそうな意識を覆う様に。

 静かに赤色に抱かれれ、つつまれる。

 ……このまま、眠れたらどんなにいいだろう。

 目を閉じれたら……。


 だが……、最後の抵抗なのか、抗おうと男は目を開ける。

 濃い赤がそれを飲み込もうと覆いかぶさってくる。


 ——約束したから。


 紅い紅い血が全てを包む。

 覚悟を上から塗り潰そうと、全てが紅く染まる。


 ……ただひとつ。

 それが、あるから。


 男は想った。


 紅い血の海に沈みながら、男はただひとつを掴んでいた。


 ただひとつ。


 此処にはいない、誰かのことを。



 ——マス……マ……ター……起きて……目を……マ……起き……——


 なん……だ……誰だ?


 ——マス……! 起きてっ!——


 声が……聴こ……える。


 ——起きてください! 血が……とま——


 誰だ? どこか聞き覚えがある、懐かしい声。


 紅に染まった手を声の方に伸ばす。


 全てが重かった。

 だけど、そうせずにはいられなかった。


 ——また、貴方を死なせはしないっ!——


 ああ、そうか……。

 思い出す。

 紅い手を握りしめる。


 いつも泣いていた彼女が浮かぶ。

 誰かの為に涙を流していた彼女。


 ……思い出すのは……泣き顔。


 こっちを振り向いて笑う彼女、楽しそうな笑顔。

 長い黒髪が揺れている。

 だけど、何か悲しい事があると、決まって泣いていた。


 ……君の涙は透明だった。


 僕は、どこか、それが怖かったのかもしれない。

 純粋が。

 僕を責め立てるようで。

 醜さが暴かれそうで。


 あの日だって……、自分も大怪我している癖に、僕を泣きながら心配していたな。

 青い、青い空だった。

 どこでも目を刺す綺麗すぎる青だ。

 君が、最後に見た空。

 僕が最後に見た君は……、


 やっぱり泣いていた。

 誰よりも強くて優しかった君。


 「ありがとう、さよなら」と言う彼女に……僕は、『創造』を使って……、スキルに——


 僕が……ナビに……


 ——マスターッ!! 起きてください!! 早く!! 体が……体を再生してっ!——


 したんだ。


 ——消える魂を使って。


 分かっているよ。

 君を守りたかったんだ。

 でも、出来なかった。

 僕は倒れ、君は血を流しすぎた。


 佐々木……。

 ともちゃんって下の名前で呼んだら、恥ずかしそうに俯いて、笑った。

 分かってるよ。

 もう、どうしようもない話だ。

 昔話だ。


 俺は生きたい。

 生きたい。


 紅い手を伸ばす。

 答えはない。


 ——目を開けて……くだ——


 戦いは終わってない。

 血塗れの手を握りしめて、起き上がる。

 ここは、どこでもない。

 戦場だ。

 息をしろ。

 腕を掲げろ。

 涙を拭いて、歩き出せ。

 命を燃やせ。


 彼女が、涙を拭いて笑っていたように。




 □□□□□□□□□□




「うるせーよ」


 一言、なんとか、口にしながら薄っすら目を開ける。

 最初に視界に入ってきたのは白い光。

 どうやら、この光は俺自身から放っている様だ。


 無音。


 俺は……、どうなった……。


 起き上がろうにも……手足が無い。


 —— マスターッ!! しっかりしてくださいっ! いったじゃないですか、気合いでどうにかすると! 気合いどころか! ただのヘナチョコやろーじゃないですか! 早く、起きてください! このままじゃ……——


 頭に響く声に、思い出す。


「ごめん」


 なんとか、それだけを吐く。


 ——マスター! 早く!——


 現状を確認する。

 左手と両足が無かった。

 吹き飛んだのか、根元から無い。

 血は、止まっている。

 地に倒れ転がり、意識を失った様だ。

 力の代償か、まずは……、


 無きに意識を持っていく。

 再生とは、つまりは無を有に生み出す事だ。

 簡単な事だ。

 一瞬にして失くした四肢を元に戻し、立ち上がる。

 今なら分かる。

 肉体が爆発しようが関係ない。

 神とは……そうか、勝てないわけだ。


 死なないのだから。


 ——マスター!? 光に包まれたらいきなり、手足が吹き飛んで——


「大丈夫だ。俺はどれだけ意識を失っていた?」


 ——『サンマル』です——


「そうか」


 俺はゆっくりと見る。

 災厄を。

 あいつは、じっとこっちを見ていた。

 何かに抗うようにじっと俺を見ていた。

 それはまるで、立ち上がるのを待っていた様だ。

 その目は意識のない目ではない。

 生あるものの輝きを宿していた。

 戦う生き物の目だ。

 生きる目だ。


 ——ガアアアアーーーーーッ!!


 叫び声は悲しみを孕み、ビリビリとえる。


 聴こえる、『殺せ』と。


 俺は笑う。

 抗う奴に。

 神に。


「待たせたな」


「正々堂々殺してやるよ」


 俺の体から発する白い光が一段と強く輝いて、消えた。

 手から離れて落ちている大刀を見る。

 息を一つ吐き、


 「違うよな」


「絶血——めい


 全身を貫く紅。

 拳にまとう血の色の光。


「やっぱり、最後は……男は、拳だな」


 一方は成り立ての神。


 一方は死にたい災厄。


 世界を何度でも壊せる力を持つふたつが、構える。


 殺す為に。


 殺される為に。


 全身全霊をぶつける。


 ——ッカ!


 それはお伽話のようだ。


 今、この時、世界『スレイトラッド』は、揺れた。


 初めてだった。


 千年いく年、神が創った世界。


 本当の意味で、


 神の暇潰しを叶える事が出来た。


 の、だから。


 大地は抉れ、大木は吹き飛び空は割れた。

 世界は揺れた。


 それは、歓喜か絶望か知らない。


 だが、何処かで聴こえた。


 「面白い」と。




































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