第三十九話 夢をあきらめないで
静かにいつのまにか、部屋に現れた男は……俺によく似た顔をしていた。
髪がボサボサと伸び、前髪が目にかかっている。
髪の隙間から感じる視線。
そして、気づく。
男の目と髪は……黒色。
一切の赤色はなかった。
『魂のカケラを使って創ったコピー』
男の言葉が、頭の中に染みが広がる様に漂い落ちていく。
俺には記憶がない。
それは、創られたから……、だったら?
もし、そうならば、俺は……。
混乱する思考を抑えて、見る。
男は、腕を組んで俺を見ている。
そして、
「コピーと言っても、普通の人間と……変わらない」
汗が額から流れる。
思考がまとまらない。
状況について行けれない俺に、構わずにそいつは……、話し出す。
「時間をナビが止めているけど、ずっと止めれるわけじゃないからな……何から話せば……そうだね」
「……ナビ? 時間?」
無意識に言葉を返し——俺は思い出す。
災厄に頭を掴まれた、最後に見た景色。
「——リリーはどうなったんだ!? ここはどこだ!?」
「彼女はまだ大丈夫。ここは……君の魂の中さ。僕は魂の部屋と呼んでいる。唯一、あいつの干渉をうけないんだ」
魂の中? 部屋? あいつ? 何を言っているんだ?
俺に似た男は、語り出す。
「一から全部話していたら、いつ終わるかわからないからね、君には——見てもらう」
「あの日に起きたことを」
男は、俺の頭に手をゆっくりとかざした。
俺は再び——意識を失った。
□□□□□□□□□□
ここは? どこだ……。
なんだ? 空……? 浮かんでいる?
不思議な感覚だ。
俺は空に浮かんでいた。
手を見ると……半透明。
向こう側が透けている。
周りを見ると、柱? だろうか? 黒い紐が何本も繋がっている、不思議な石柱が何本も立っていた。
下を見る。
その間にある黒い道を、二人が歩いている。
デコボコしていない、綺麗な道だ。
男と女。
二人は、黒い服を身につけ、鞄をもって歩いていた。
何故か、懐かしい気がした。
仲睦まじく歩く二人。
それは、まるで……恋人に見えた。
『あの日、凄まじい揺れが世界に生まれる。
突然、視界がぶれる。
——激しく揺れ出す大地。
道の両側に立っている柱が倒れる。
唸りをあげ、たわわむ道。
二人はお互いを守る様、抱きしめ大地に飲み込まれる。
大きな見たこともない建物が、崩れ、倒れるのが見えた。
崩壊の音が、耳の奥にある脳を揺らす。
『なんでもない日常は、地獄に変わった』
『死が、当たり前の世界に』
景色が変わる。
——ガッキーンッ!
金属が打つかる鋭い音が耳をつく。
何かと戦う男の姿。
男は、鉄の棒だろうか……、を握り緑色の鬼? 魔物だろう、それと戦っている。
魔物は錆びた剣を無茶苦茶に動かして、男を殺そうと動く。
——バギャ!!
魔物の頭に落ちる男の一撃。
何度も何度も振り下ろす。
飛び散る赤色。
『あれは、僕が初めて倒した魔物』
男は動かなくなった魔物を見下ろしている。
息切れしながら、上下する肩と震える足。
後ろの物陰から出てくる姿がある。
一緒に歩いていた女に見えた。
また変わる景色。
流れる景色。
それは、夜空を流れる星々のよう。
死ぬ間際に見る走馬灯のよう。
息もするのも忘れて——景色が、視界を流れていく。
黙ってそれを見ていた。
——人が倒れ、戦い、戦い、敗れ、勝ち、失い……生き残る。
赤い色。
血の色が何度も咲く。
閃光が煌めき、闇が包み込み、光が押し返す。
長い長い戦い……。
ある時は、小さな少女が楽しげに野営地で料理を作り、振舞っている。
笑いながら男が、仲間が楽しそうに食べているのを見た。
ある時は、ギリギリの戦いの末、倒した魔物の上に座り、放心している男……、その肩を抱き、大声で笑う大男を見た。
大男の笑顔は、どこまでも強くて、眩しく見えた。
ある時は、朽ちた教会で未来を誓う二人を祝福する男と仲間を見た。
見た、見た、見た。
見た、見た、見た。
見た、見た、見た!
俺は……透明になって感じない拳を握りしめた。
あるはずの、ない拳を握る。
拳の感覚はない、だが、そうせざる得ない。
俺は……知っている……。
いつだったか、これを見ている……。
そして——
景色が変わる。
男は、最後のダンジョンに挑む。
高さは十メートルはあるだろうか、巨大な白い扉。
装飾は一切なく、ただただ、白い扉。
そこに……八人の人間が、立っていた。
『僕たちは……、負けた。最初から決まっていたのさ。ただの思いつき、偶然。勝つとか負けるとか以前の話。神を殺す事は——人には出来ない』
『神は……神にしか、殺せない』
景色変わる……。
走っている。
走っている。
走っている。
白い世界を。
あてもなく。
二人が走っている。
男と女が手を繋ぎ走っている。
俺は、声なき声を上げる——
くそったれの、この世界を怨んで。
あ、あ、あ、ああ、あ、あーーーーっ!
□□□□□□□□□□
目を開けると、元の白い部屋に帰ってきていた。
男が俺の前にいる。
じっと、立って俺を見ている。
俺は、俺は……、こんな悲しい表情……、顔をした人間を……見た事が、ない。
男が口を開く。
「僕は何処にでもいる高校生だった」
「みんな、消えた。世界も消えた。最愛の人も消えた」
「神を殺せるのは神だけだ」
「最初から決まっていたんだ」
「君には、今から僕の全ての力をあげるよ……」
「神の血に初めて覚醒した135番目のコピー、それが君」
「もう、僕も……長くはない」
「だから、君に賭けると決めたんだ」
一歩踏み出し、
「これは、ただのきっかけさ。……もちろん、君は君のままだ」
「奴は……、神は言ったんだ」
「ペット……災厄を全て倒したら——世界をもとにもどすって」
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