第137話 時間跳躍
「何を……言っている」
天敵?
伊佐奈紅蓮の記憶をみても思い当たる節はなかった。
燈太はゼフィラルテの様子をみて、何がおかしいのか声をあげて笑い始めた。
「そうだ……! 困惑するだろうな! ハハッ! だって紅蓮さんも知らないんだから!」
燈太は笑いをもらしながら、そう語る。
その笑いは、どこか狂気を感じさせるものがあった。
紅蓮の知っている燈太ではない。
――殺すか。
「待て、待て待て」
燈太は、こちらの意図を掴んだかのように手で制した。
「それをしたら死ぬのはアンタだ」
「……強がるなよ、貴様の能力は環境の把握。それだけだ」
それが記憶の全てだ。
「あぁ、アンタが
燈太はそう言うと大笑いし、口から血を吐いた。
「ハァ……ハァ……。は、ははっ」
血を拭うと、燈太は笑った。既に肩で息をしている。
まともな精神状態には見えない。
確か、腹部を銃で撃たれているのだ。
瀕死ではないか。
「アンタの言う通り、俺の能力は環境の把握だ。だが、あくまでそれは
「手前……側……?」
「そう。俺はずっと、コントローラーだけを手にしていた。例えば、リモコン、なんでもいい。とにかく本質じゃなかった。バカだよな!?」
燈太は血を吹きながら話続ける。
正気ではない。
狂ったのだ。
上階で木原という人を殺し、腹に穴が開く大けがを負い、信頼する仲間を殺され狂った。あり得る話だ。いや、そうとしか思えない。
「ずぅーーーーーーーーと勘違いしてたんだ」
だが。
――なぜ、我の言葉を先読みできた?
疑問が、静かにゼフィラルテの頭を巡る。その小さなコトが頭を離れない。何かにヒビが入ってしまったような。不吉な予感。
「俺の能力は
――ずっと覚醒しちゃいなかった」
燈太はそう言った。
「何もこれもアンタのおかげだ。その儀式のな」
燈太は祭壇を指さす。
ゼフィラルテは懸命に頭を回した。紅蓮の記憶を掘り起こし、考える。
紅蓮は情報を持っていた。加えてゼフィラルテは、魔術団側の情報も手にしている。加えて、今の燈太の発言。
ゼフィラルテの明晰な頭脳をもってすれば、いともたやすく正解は導き出せる。
「……『共鳴』……か?」
「正解」
燈太は指を鳴らした。
燈太の言ったことが本当で、能力と儀式に関係あるとするならば、『共鳴』が絡んでいるとしか考えられない。
ゼフィラルテは魔術団の動き、『黒葬』の動きを完璧に把握している。
確かに、『陣』生成と燈太の『UE』放出は完全にリンクしていることがわかった。となれば、燈太の能力は、「時を回帰させる儀式」に『共鳴』するもの。
――この少年は、「時に関する」能力を持っているのか……?
「アンタの考えてる通り、俺は『陣』の生成と『共鳴』していた。状況把握能力が目覚めたきっかけもそれだ」
燈太は話を続ける。
「だが、『陣』の生成ってのは結局『儀式』の、すなわち『時を戻す』前フリに過ぎない。俺の能力と『共鳴』する同種『UE』が出ていても、その質はあまりに希薄。カスのような『UE』だ」
「……」
「いくら俺から莫大な『UE』が出てようが、『陣』との『共鳴』程度じゃ能力を揺り起こすことはできていなかった。だからずっと、
――もし、それが本当なら。
今までの『陣』生成は「きっかけ」として弱く、燈太を覚醒させるに至らなかったとしたら。
既に、『儀式』が成功し、時は回帰した。
すなわち、燈太は純たる「時を回帰させる『UE』」を浴びている。
――それは、眠れる獅子を起こすに等しい行為。
「言ったろ? 天敵だって。アンタの儀式が
「……一度でも……?」
ゼフィラルテは、なぜかその言い回しに引っかかりを感じた。
まるで、
「俺は既に能力の使い方を完全に理解した。いや? 正確には
全てが事実だとしてら、燈太の能力は「時を回帰させる」ことに類するもの。
――まさか。
「き、……」
いや、そんなバカな。
「貴様の能力は……」
「考える通りだ。俺の能力は――」
燈太は、盛大に血を吐き、袖口で口を拭い、それでも笑いながらこう言い放った。
「――俺を中心として時間を巻き戻す。つまり『
「あ、あり得ぬ……」
バカな。魔術ですら、壮大な準備をせねば使えぬ時間回帰を。
「あり得ぬじゃねぇよ、ジジイ」
ゼフィラルテが、魔術における空前絶後の才を天より授かったのならば。
この少年は、ゼフィラルテに匹敵する寵愛を天より受けた。
――あわてるな……。
燈太はゼフィラルテの動揺をよそに話を続ける。
「今まで使ってきた環境把握はいわば『回帰地点』の決定。セーブポイントを作ること。……まあ、残念ながら、跳べるのは一番最後に環境を把握した地点だけだがな」
――であれば!
ゼフィラルテは紅蓮の記憶を探る。
こいつはいつ、最後に指を付け能力を使った?
――どこに『回帰地点』を作った?!
「俺はどこにいて、いつで、周りに何があるか。それを知るのが能力なんじゃなくて、それを
ゼフィラルテは目を見開く。
燈太が最後に指を付けたのは。
「ゼフィラルテ。アンタ、俺の『回帰地点』を聞きたがってるんだろ?」
ゼフィラルテの思考は、その答えに到達し、青ざめた。
「そうだとも、扉の前だ。アンタがここに
紅蓮の最後の記憶。
燈太は何度か番号を間違えた末、扉を開けた。
恐らく燈太にとって
すなわち、次の『
『黒葬』の奴らがすぐに扉が開けられるのならば、ゼフィラルテを回帰させる儀式は。
――わずかな時間の差で成功しない。
「俺が、この地下5階に付いたで時点で覚醒の兆しはあった。むやみやたらと環境把握を使うべきじゃないってことが感覚的に理解できたからな。……言うなれば『詰みセーブ』は免れたってことだ。わかるだろ? 現代の知識もあるんだもんな?」
燈太はくつくつと笑った。
対照的にゼフィラルテは青ざめ、冷汗が止まらない。
「アンタ、初めから詰んでたんだよ。どうあがいたって、アンタが生き返った時点で俺の能力は覚醒する。それ以降はやり直し続ければ、儀式は止められる。残念ながら不意打ちも効かない。意図してれば
「……ま」
「惜しかったのは、木原だ。魔術師でもないアイツにもっとアンタらが肩入れしてれば能力が覚醒する前に殺されてたかも。皮肉だな?」
「待て、燈太、いや、燈太殿」
ゼフィラルテの顔には大量の汗が浮いていた。
このままでは、全てが水の泡になる。
――いや、待て、燈太はなぜまだ能力を使わない?
もしかすると、ゼフィラルテに交渉を持ちかけようとしているのではないか?
「あんた、勘違いしてるな」
「な、……?」
「俺が、今こうやってべらべら喋ってるのはな」
燈太が手をゆったりと動かす。
「復讐なんだよ」
両手を近づけた。
「この扉の暗証番号を当てるまで俺は数千の
燈太は自嘲気味に笑う。
「でも、それは良い。俺はどうでも良い」
燈太は、笑うのは止めた。
その目は、今までと違いまっすぐにゼフィラルテを捉えていた。
「いいか、その
「……待て」
「紅蓮さんや、空さん」
燈太の両手の指が近づく。
「あの人達を何度も何度も、自分の都合で殺した。酷く残酷に」
両の指先同士はピタリと付くことはなく、
「そのあと、駆け付けた鑑心さん、幽嶋さん、玄間さん」
指同士がすれ違い、祈るように両の指が絡まった。
指を強く組んでいるのがわかる。
「あの人たちは、俺に暗証番号を打つ時間を稼いでくれた。その時もお前は何度も何度も、あの人達を嬲った」
「……や、やめろ」
人生を懸けて編み出した魔術と、受け継がれた意思と、奇跡に近い魔術の成功でゼフィラルテはここにいる。
「……次の
燈太の言いたいことを理解し、強い吐き気を催した。
あまりに長い眠りから覚め、こんなにも脆く。
――受け入れられぬ……。
「だから、俺は決めていた」
「わかった、お前ら『黒葬』は殺さぬ……!」
燈太は聞く耳を持たない。
「――お前が生き返り、現代に敵はないと確信し、理想郷を夢想してから、絶望に叩き落とすと」
「わ、わかった! それならば――」
「俺は真っ黒な絶望をアンタに与えて、『
「やめてくれ」
ゼフィラルテは縋るようにして、燈太の元へ。
消えるのか。蘇らず再び死へと戻るのか。同胞に殺された無念を抱えたまま。
今を逃せばもうゼフィラルテが復活することはない。
「わ、わかった! 魔術団が殺した人間達にも謝罪を述べる! それで良かろう?! それで報われるだろう? 我が、頭を下げると言っているのだぞ」
ゼフィラルテを冷たい目で燈太が見下した。
「何百年もの時間をかけたが、お前は消える。お前にとって、希望に満ちたこの世界はあと数秒で
「は……まて、ぇ」
ゼフィラルテの視界が歪んだ。
「お前が復活するは二度とない。永遠の闇に沈み続けろ」
「ああぁあああああやめてくれええええええええええええええええええええ!」
燈太は目を閉じた。
「『
世界は、およそ数分前へ巻き戻る。
扉を開ける正解の番号の記憶と共に。
______________________________________
~補足~
・【改稿について】
前話(137話)でゼフィラルテの『目視する記憶の
→ 『
・燈太の『
自死すると勝手に発動します。
・『
・勘の良い方は気づいたかと思われますが、134話で既に時が巻き戻っています。最初の方と最後の方を読み返すと、空の行動が変わっています。
・3話で燈太が能力を使って、一番最初に手に入れた情報は……。
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